第3話 窮屈な社交界は似合わない
立ち止まった私は、自分の小さな手をじっと見つめた。その右手の人差し指に光るのは、母の形見の指輪。
幼かった私に魔法を見せてくれた優しい母の叶えられなかった夢がある。それを母に代わって叶える為、今まで頑張ってきたし、これからも頑張るって決めてる。
でも、貴族子女は学院を卒業したら結婚するのが当たり前って思われてる。だから、女の子たちは婚約者の話や結婚の話ばかりするし、私にもそれが求められるのだろう。
彼女たち視線はまるで、見えない棘のようだった。
「……私、魔術師になって良いのかな?」
「どうしちゃったの?」
俯く私の顔を、アリシアが覗き込む。
「解明されていない古代魔法の調査や発掘に行きたいんでしょ? 合成魔獣の研究もするんだって言ってたじゃない!」
「そうだけど……」
「ねぇ、相談って、もしかしなくっても、進路のこと?」
「……家から手紙が届いたの」
「手紙?」
「婚約の申し出があるって」
鞄の中から封書を出してアリシアに渡すと、彼女は見て良いのか聞いてきた。それに頷くと、封蝋が施された封筒から上質な一枚の紙を取り出した。
手紙に書かれているのは、いたって簡素な内容だ。
私の体を気遣う言葉から始まり、婚約の申し出がいくつか来ていると書かれ、名だたる貴族の名が記されている。中には、王族にもかなり近い家まで。
読み終わって顔を上げたアリシアは、きょろきょろと周囲を見渡すと、ほっと胸を撫で下ろした。
「ミシェル、これは自宅の引き出しにしまっておきなさい。誰かに見られでもしたら大変よ」
「そうかな?」
「そうよ。噂好きな子たちが大騒ぎするに決まってるじゃない」
「……うん」
返された手紙を鞄に戻し、私は小さくため息をついた。
どんなに家柄が良い相手だったとしても、結婚してしまったら社交界で生きることが決まってしまう。適齢期があるだろうと言われても、私は、そんな気持ちを微塵も抱けない。
だって、まだ何も成してないもの。
「返答は卒業まで待ってもらうよう伝えてあるって書いてあるし、まずはお父様に、素直な気持ちを返事したらどうかしら?」
「そうだけど……侯爵家の娘としたら、やっぱり、結婚が当然なのかなって」
「私は商人の娘だから、貴族と考えが違うのかもしれないけどね。これからは、才能のある女性も前に出るべきだと思ってるわ」
「アリシア……」
「貿易が盛んな商業国家メレディスでは、活躍している女性も多いのよ。女性ならではの視点で商機を掴んだ貴族だっているの!」
私の手を両手で掴んだアリシアは自信に満ちた笑顔を見せた。
大商会の娘である彼女の夢は、父や祖父を越える偉大な商人になること。その為に、様々な人脈を作ろうと学院へ入学したそうだ。ちょっと変わっているけど、素直で優しくて、私の自慢の親友だ。
「あなたの才能は、私が保証するわ。結婚して社交界で微笑んでるだけなんて、もったいない! まずは、自分がしたいことを伝えましょう」
「……うん。そうしてみる」
「それに、ミシェルが社交界で、すまして微笑んでるとか無理だと思うのよね」
そう言われて、ちょっと社交界を想像してみた。
窮屈なドレスに身を包み、家のために情報を集めつつ微笑み合う。敵を作らず、距離を保ちながら腹の探り合いをするのは、きっと息が詰まるに違いない。
アリシアもその様子を想像したのか、お互いの顔を見合うと、同時に噴き出して笑ってしまった。
「絶対無理!」
「でしょー!」
「アリシアなら、上手くやりそうじゃない?」
「まぁ、商機は掴めそうね」
「アリシア夫人」
「何かしら、ミシェル夫人」
ふざけ合い、もう一度顔を見合わせると、また可笑しくて、二人で恥ずかしげもなく声を上げていた。
アリシアが私の手を引き、歩き出した。
「我がバンクロフトの新作スイーツを食べながら、ミシェルのお父様をうならせる作戦を立てましょう!」
「新作スイーツ!?」
「ふふっ、きっとミシェルも喜ぶわよ。学院のスイーツなんて目じゃないんだからね」
胸を張って微笑んだアリシアは、静かな廊下を蹴った。
逸る気持ちに、自然と足が前に出る。
笑い合って階段を駆け下りた私たちは、柱の陰から一人の青年がこちらを見ていることに、全く気付いていなかった。
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