第4話 公開演習の青い空

 学院の敷地内にある演習所は、階段状の観覧席が囲むように設けらている。これは、上級生の演習や模擬戦、研究発表などを下級生に披露する催しを、年数回執り行うためだ。


 晴天に恵まれたその日、演習場の最前列で緊張を見せる新入生の後ろには、多くの下級生が上級生の披露する魔法に湧き上がっていた。


 広い演習場の中央に、地鳴りと共に石の塊が現れる。その大きな標的の前に私は歩み出た。


「深淵の冷たき水、蒼き光。この手に集まりて我が声に応えよ」


 高らかに唱え、使い慣れた杖を振りかざせば、頭上に出現した水の矢が眩い輝きを発する。


「立ちふさがりし、敵を貫け!」


 無数の矢が轟音を放って空を切る。的は見事に打ち砕かれ、蜂の巣どころか粉砕された。

 一拍置いて、ふうっと吐息をつくと、観客席から空気を震わせる歓声が上がった。


「ミシェル先輩、凄いよね。憧れる!」

「すげーっ、やっぱ、実践積んでるだけあるな」

「俺、学院長の愛弟子って聞いたぜ!」

「ミシェルせんぱーい! あ、手、振ってくれた!」

「本当だ! やーん、可愛い!」


 照れながら歓声に応えるように手を振れば、また黄色い声が上がった。

 今日の演習は新入生歓迎会を兼ねている。呆気にとられる学生もいれば、どうやら私の噂を知っている子もいるようだ。

 お気に入りの真っ赤なローブを翻し、さっさと控えの席に戻ろうとしたその時だった。

 

「こらーっ! ミシェル! あれほど演習だと言ったではないか。本気でやるでない!」


 観覧席の最上部にいた学院長の怒声が、広い演習場でこだました。


「や、やばっ……」


 思わず声が零れ落ちる。

 恐る恐る振り返った大きな画面には、学院長の怒りの形相が投影魔法によって映し出されていた。

 

 まずい……ますいまずい! ロン師、めっちゃ怒ってる!!


「罰として、壊したものの復元は自身で行うように!」

「えーっ! 簡易魔法がダメって言ったの、ロン師じゃない!」

「それとこれとは話が別だ。そもそも、お前はコントロールが下手すぎる!……追加課題が必要なようだな」

「ひぇっ……そ、それはいりませーん!」


 ぶんぶんっと全力で首を振ると、横にいたアリシアが肩を叩いた。

 その顔は、諦めなさいと言っている。

 

 演習場のざわめきが波のように押し寄せてくる。


「錬成は苦手なんだよね」

「倒れたら、医務室に連れて行ってあげるから遠慮なくどうぞ」

「ちょ、面白がってるでしょ、アリシア!」


 横で笑うアリシアを恨めしそうに見て、深い息を吐く。そうして、ぐっと両手のこぶしを握ると一歩前に出た。

 再び大きく息うと、心地よい春風が頬を撫でて通り抜けた。


 追加課題なんてまっぴらごめんよ。


「ロン師、ちゃんと修復したら、ちょっとはご褒美くださいね! 錬成は苦手なんだから!」

「修行の身で我がままを言うな。まぁ、出来が良ければ、夕飯のデザートを大盛にぐらいしてやっても良いがな」


 ロン師がにやりと笑った。それに釣られて、私も笑う。

 ご褒美のデザート、しっかり用意してもらおうじゃないの!


「よっし、俄然がぜんやる気出た!」


 ぶんっと杖を薙ぎ払い、地面と平行になるように持ったそれを突きだす。

 杖に嵌め込まれた緑色の魔晶石が煌々こうこうと光を放った。


「我が血潮の雫をもって乾坤けんこんの力を呼ぶ。我が声は絶対なり」


 全身を魔力が廻る。

 あお陽炎かげろうが立ち上がり、その輝きは帯となった。さらにそれは文字を形作りながら地表に一つの円陣を描いていく。

 

 浮かんだ魔法陣の上で、砕けた石造りの的は碧い陽炎をまとい、ガラガラと音を立てながら宙に浮かんだ。


磊塊らいかいより生まれし要石かなめいしよ」


 円陣の中に浮かぶ文字は美しい正方形を描き、ひときわ大きな塊がその中央で碧く輝きを増す。


いしずえとなりて、我が敵を防ぎたまえ! 展開!」


 高らかに唱え、杖の先を地面に突き立てる。

 魔力を流し込んだ魔法陣から光が吹き上がり、さらなる円陣が重なると、そこに八芒星が浮かび上がった。その中で、集められた石塊いしくれが激しい音を立ててぶつかり合う。


 魔力のぶつかり合いが火花を生み、その度に、身体が振り回されそうになる。


 ぎぎぎっと奥歯を噛んで耐える。その度に、首筋を汗が滴り落ちた。


「もっと……もっと!」

 

 魔力を流し込み、耐える。

 杖の食い込む地面がパキパキと音を立て、赤毛が弄ばれるように揺らいだ。


「いうことを、きけってば……こんにゃろーっ!」


 杖を握りこみ、さらに力を込めて叫ぶと、激しい衝撃音を立てて石塊が眩い光に包まれた。直後だ。ドンッと音を立て、出来上がった新たな的が演習場の中央に出現した。

 風が巻き上がり、一瞬足がふらついた。

 堪えきれずに、どたんっと尻もちをついた私はそれを見て、にいっと口角を上げた。


 これで満足かしら?


「ロン師! デザート大盛、だよ!」


 どっと歓声が沸き上がる。大きな画面に映し出された学院長は唖然とした。

 そこに出現した石造りの的は、厳格な学院長ロンマロリーの石像。意図して作ったその石像はピッカピカに輝いている。

 歓声の中、立ち上がった私はどうだとばかりにロン師を振り返って破顔した。すると、視界がぐにゃりと曲がった。

 真っ青な空が視界を埋め尽くす。


「あ、やばっ……枯渇だ……」


 震える声が耳の奥で響く。小さな体に衝撃を感じる前に、私は意識を手放した。

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