第5話 模擬戦は見逃せない!

 目を覚ましたのは、見慣れた医務室だった。

 ぼんやりとしながら、やってしまったと声にならない思いが脳裏をかすめる。


 視界を巡らせると、医務室の担当魔術師マルヴィナ先生と視線が合った。


「無理しないで。魔力枯渇で気を失ったのよ」

「うー、恥ずかしい」


 駆け寄る先生に助けられながら体を起こし、くらくらする頭を片手で支える。下級生を前にして魔力枯渇だなんて、恥ずかしすぎるわ。ブランケットを頭からかぶってしまいたいくらいだ。


 魔力枯渇に思い当たる点はふんだんにあった。

 ロンマロリー学校長が求めたのは「復元」であったのに、デザート大盛に舞い上がり、大盤振る舞いで復元した巨石を加工までして石像を作ったのだ。それも、石像が掲げる杖の先に光る石を魔力で磨いて輝かせるおまけつき。その前に攻撃魔法を数種類披露していなければ、あるいは倒れるまでいかなかったかもしれないけど。


 自分の魔力管理が出来ないなんて。未熟者が! と、ロン師の叱る姿が思い浮かんだ。


「もう、お祖父様も無理をさせるんだから」


 ぷりぷりと怒る先生はロン師の孫でもあり、教職員の中でも数少ない、学院長に直球でものを言える魔術師だったりする。魔術師の最高峰である”賢者”の称号を持つロン師だけど、孫には弱いらしい。


「大丈夫? お祖父様には反省してもらわないと」

「マル先生、違うの! ロン師は復元って言ったのに、調子に乗った私が余計な魔力を使っちゃったの」

「ミシェルちゃんの性格を分かっていて、ああ言ったのよ。あんな石、いくらでも山から運んでこれるんだから。ほんっと意地悪だわ」


 用意しておいた果実水をグラスに注いだ先生は、それを差し出すと私の首筋に触れてきた。


「体温も、脈も正常ね。回復薬は微量だから、今日はゆっくり休んでね」

「はーい……」


 果実水はベリーとミントの香りがするだけでなく、ほんのりと魔力が漂う。先生特性の回復薬だ。と言っても、魔力の回復を促進する程度の効果しかないから、今日はもうほとんど魔法を使えない。

 一口、二口と口をつけ、ふと窓の外へと視線を向ける。太陽がわずかに西に傾いている。どうやら数時間気を失っていたようだ。


「マル先生……もう、模擬戦終わっちゃった?」

「午後の模擬戦? そうね、もうすぐ終わるころかしらね」


 壁掛けの時計を仰ぎ見た先生がそう返すのを聞き、私は残りの回復薬を一気に喉に流し込んだ。そうして、ベッドを飛び出し、横に掛けられたローブと杖を手にする。


「ミシェルちゃん?」

「行ってくる!」

「休んでって言ったでしょ!」

「模擬戦が終わったら、休む! ありがとう、マル先生!」


 医務室のドアを勢い良く開けてお礼を言う。手を大きく振ってもう元気だよと主張すると、もう一度呼び止めようとした先生には悪いけど、医務室を飛び出した。


 重い足を前に出し、やっとの思い出辿り着いた演習場の扉を押し開くと、歓声が沸き起こった。

 まだ終わってなかったようで、ほっと胸を撫で下ろした私はそのまま演習場を眺めようと、観客席を仕切っているフェンスに走り寄った。


 今まさに行われているのは、模擬戦の三位決定戦。冒険者ギルドと神殿の協力の下に行われ、より実践に近づけた催しだ。


 在学生の中でも実力の差は歴然なため、春の模擬戦に先駆けて冬に出場選抜が行われる。私も模擬戦に参加したかったんだけど……選抜の時に、上級生を完膚なきまでに叩き潰してしまい、稀代の魔術師みたいな噂が広がってしまったのよね。おかげで、ロン師から説教をされた上、出場は認められなかった。


「……あれ? いない」


 フェンスの向こうにいるのは決勝戦に出る控えの学生たち。それを眺め、私はある人物を探していた。

 あんなに、楽勝だって言ってたくせに。敗退したのかしら?


「てことは、賭けは私の勝ちね」

 

 にんまりと笑い、思わず喜びを言葉に出してしまった。拳を握ったその時だ。

 爆音と悲鳴が上がった。

 演習場中央で土埃が上がり、抉られた土壁が弾かれ、瓦礫が勢いよく飛び散る。その勢いは凄まじい。

 ここまで、瓦礫は飛んでくる!──咄嗟に杖を構えたが、魔力枯渇を起こしていたことに気付いた。


「先輩、避けて!」


 悲鳴が上がったのと、頭上を見上げたのは同時だった。直後、逃げ出そうとした私の体は、意識と反対の方向へと引き寄せられた。

 何が起きたのか確認する間もなく、ちょっと前に私が立っていた場所を、大きな瓦礫が穿った。

 砕け散った瓦礫がパラパラと足元に散らばる。


「あっぶねぇな。怪我ないか?」


 聞き覚えのある声はの主は、私のウエストをしっかりと抱え、覆いかぶさるようにして顔を覗き込んできた。

 綺麗なエメラルドのような瞳が、私を見つめている。


「……キース?」

「おう、元気そうじゃないか。魔力枯渇、もういいのか?」

 

 にっと笑った彼が首を傾げると、さらさらの金髪が揺れた。

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