第6話 胸ときめく魔法合戦?

 周囲からざわめきが上がる。

 私をしっかり抱きしめる男──半妖精ハーフエルフのキースはそのざわめきを気にもせず、私の髪に触れてきた。


「ぼーっと突っ立ってちゃダメでしょ」

「な……なんで、あんたこそ、ここにいるのよ!?」

「ははっ、元気そうじゃん。せっかく、心配してあげたのに」

「ちょっと、質問に答えてよ。負けたチームは即解散のはずでしょ? なんで、控えチームにいないあんたが、ここにいるのよ!」

「なんでって……」


 きょとんっとするキースは、私の髪についていた瓦礫を払うと闘技場を振り返った。釣られて私もそっちを見る。

 三位決定戦が幕を下ろしたらしく、控えていた決勝戦進出チームが入れ替わりに登場し始めた。片方のチームは一人足りないようだけど。


「まだ、勝負の途中だからね」


 にっと笑ったキースはぽふぽふと私の頭を叩くと「大人しくしてろよ」と言い、軽い身のこなしでフェンスを越えていった。

 濃緑のマントがばさりと翻る。

 走り去るその姿を目で追い、彼が出場チームの一人であることをやっと理解した。


 遅れて現れたキースに、ロン師から小言がいくつか言い渡されたみたい。だけど、お咎めはなかったようだ。

 開戦の合図となる鐘が鳴らされた。

 再び、会場は歓声の渦に飲み込まれていく。

 

 牽制の魔法弾が両チームから放たれ、主力となる剣士たちに強化の魔法をかけあう。

 眩い魔法の光が闘技場の上を飛び交った。

 

 この模擬戦で使うことができる魔法には制限があり、新入生が一年かけて磨く初期魔法のみとなっている。

 武器、防具の強化、基本属性火、水、土、風の魔法弾。あとは妨害要素のある魔法が数種類。上級生ともなれば、それらを組み合わせて術式を組むことも出来るため、単純な魔法合戦とはならないのが模擬戦の面白いところよね。


 基本の習得が実際の戦闘では大いに求められる。そのことを新入生に教えるの目的らしい。

 戦いの勝敗を決めるのは、戦闘に長ける冒険者ギルドの戦士とも言えるわ。


 ぶつかり合う魔法弾の煙幕の中、動いたのはキースだった。


「──先手必勝!」


 キースの足を止めようと出現した壁をものともせず、彼は魔術師の作り出す風に押し上げられ、闘技場を無尽に駆けていく。


 叩き込まれる石の礫が白い頬に裂傷を作り、赤い筋が滴りを見せた。

 だけどキースは痛みを気にもしていないのか、怯むどころか笑って間合いを詰めていく。


 いつもの顔だわ。その痛みすら楽しんでいるような笑顔。


 楽しそうに走る姿を、私はどうしてこんなところから見ているんだろう。

 フェンスに手をかけ、眺めていたキースの後方がふと気になった。そこにいるのは、彼とチームを組んだ魔術師の女の子──私が予選でコテンパンにしちゃった上級生だ。


「あそこに立ってたのは、私だったのに……」


 不満に唇が尖り、ちょっとだけ胸の内がもやもやとする。

 

 ガキンッと剣のぶつかり合う音が空気を震わせた。すると、飛び交っていたつぶての魔法はやみ、膠着こうちゃく状態が訪れた。

 剣士の技量は同等のように見える。だけど、私には分かる。キースはまだ本気じゃないって。


 ここからでも見えるけど、相手の口元が歯を食いしばって真一文字なのに対して、キースは口角を上げて楽しんでいるようだ。時折何か言ってるし──相手を煽ってるわね、あれは。


 呆れてため息をつくと、後ろの席からもため息が聞こえてきた。


「あーあ、こうなると魔術師は何もできないよね」

「そうそう。下手したら相手を強化しちゃうし」

「攻撃したら、仲間に当たっちゃうし」


 新入生たちから、ツマラナイ展開だと声が上がり始める。それは、不満の声がざわざわと波を作っていようだった。


 そうね。見ているだけじゃ、ツマラナイわ。

 私だったら。キースの足を止めない。あの戦闘バカは、ちょっとやそっとじゃ怯まないもの。


 杖をぎゅっと握り、埃っぽい空気を胸に吸い込んだ。

 

 私だったら、魔法弾を相手の周囲に叩き込み、隙を作る。あるいは一点狙いで相手の足か腕を捉えて引き離すのも良いわね。引き離せなくても、意識を逸らせるわ。


「キース! 負けたら、分かってるわよね!!」


 辺りの視線が、何事かと私に注がれる。だけど、そんなことはどうでもいい。


「負けたら、ベリー祭りのケーキ食べ放題は、あんたの驕りよーっ!」


 負けるなんて許さない。

 私がいなくても楽勝って言った言葉、証明してみせなさいよ!


 キースの腕が相手を押しやり、バランスを崩したその足を払う。だけど、相手も剣を振って間合いを詰めさせようとはしない。

 とんとんっと軽い足取りで後退するキースが、ついっと視線をチームの魔術師に向けた。

 そう、仕掛けるなら今よ。

 

 辛うじて倒れることをこらえた相手の戦士は、一瞬視線を外したことを後悔しただろう。


 瞬間、後方の学生から影が伸びていき、それは対戦相手の足にまとわりついた。さらに、もう一人が地面を叩けばいくつもの壁が現れ、影にからめとられた戦士の後ろで詠唱に入った学生の視線を遮る。

 

 いくら呪文を唱えようと、対象者を正確に定めなければ、的確な発動は望めない。

 魔術師に求められるのは呪文の記憶ではない。瞬間的な観察眼と判断力だ。


 もがく剣士を前にキースは口角を上げる。

 剣の切っ先は、相手の胸に取り付けられた紅い魔晶石を真っ二つに割り砕いた。


 会場に歓声が上がり、勝敗が決したことを告げる鐘が鳴り響いた。

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