第7話 剣士に怪我はつきものです
模擬戦の優勝授与式が終わった後、私は医務室にいた。キースの顔に傷薬を湿布し、その頬をぺちんと叩く。
「いてっ、ちょ、もう少し丁寧にできない?」
「嫌なら神殿に行って、マーヴィンに回復してもらいなさいよ」
「そのマーヴィンが怒ってるから、こうしてお願いしてんじゃん?」
「また怒らせたの?」
「俺は身に覚えないんだけど……」
首を傾げるキースは眉間にシワを寄せている。マーヴィンと仲が悪いわけじゃないけど、厳格な司祭様からしたら、自由人なキースの言動に腹をたてることが多いらしい。
「最近、それ多くない?」
「そうなんだよ。俺も困っててさ」
「あんたが自由人すぎるのよ、きっと」
「そうか?」
ため息をつきながら、薬瓶を片付けていると、背中にビシビシと視線を感じた。
「何よ。マーヴィンが怒ってるの、私には関係ないと思うけど?」
「いやぁ、そうじゃなくてさ……普段、お前の魔法の偉大さ分かってたつもりだってけどさ。やっぱ凄いな」
「はぁ? 何よ、突然」
予想外の言葉に、薬箱を滑って落としそうになる。
「なに、照れてんのよ? 俺、日頃からお前の魔法はすげーって認めてんじゃん」
「本気じゃないくせに」
「本気だけど? ま、ちょっと派手だけどな。俺はそっちの方がやりやすくて好きだな」
「……今日の模擬戦の話?」
「ああ。今日のチームも悪くなかったぜ。結構好きに走らせてくれたし」
「あー、そうね。楽しそうに走ってたわね」
「けどさ、相手を牽制するなら、もう少しギリギリ狙ってほしくってさ。俺は避けるからって伝えておいたんだけどな」
「そんな一か八かみたいなこと、普通はやらないわよ」
「だけど、お前はやってくれんじゃん」
「それは……何となく、キースの動きは分かるし。ほら、癖とかも慣れてるって言うか」
知り合って一年近い。何度も一緒に魔物退治やダンジョンの探索にも出向いている。回数が重なれば、慣れるものだ。
「それに、ちょっとくらい怪我しても、あんた笑い飛ばすじゃない」
「痛みに泣いてたら剣士は務まらねぇからな!」
「と言うか、変態並みに楽しそうに笑うじゃない?」
「褒めてねぇだろ」
「ほめてる、ほめてるー」
「別に痛くない訳じゃないぞ。司祭の回復は当てにしてるし」
「まぁ、回復は司祭の十八番よね」
「そうそう。で、今回のチームの子にもマーヴィンみたいに回復ついでに戦わせようとしたら、泣かれてさ」
「はぁ!? バカでしょ」
突然の言葉に、私は開いた口がふさがらなくなった。
マーヴィンは探索に出る時、力を貸してくれる武闘派な司祭だ。中間管理職な立場で、こういった催し物の時は何かと協力もしてくれる。と言っても運営の方だけど。模擬戦に出る司祭は新人の子で、育成も兼ねての参加らしい。彼も今日、その引率で来ていたわ。
キースだって、その辺りの事情を事前に聞かされていた筈なのに!
「マーヴィンは特殊枠でしょうが!」
「分かってるって。だから、回復に全振りを頼んだって」
「もう!……あ、その子を酷使してマーヴィンに怒られたのね!」
ピンと来て、マーヴィンの怒りの形相を思い出した。口元は笑っているのに、その目は一切笑わない。当然、怒らせてはいけない人物ナンバーワンだ。
思わず身震いをしてキースを見るが、彼はそれが違うんだといって首を振る。
「ね、俺もそう思ったよ。けど、違ってさ」
「じゃぁ、何をやらかしたのよ」
「分かんねーから、ここにいんじゃん。ミシェルちゃんに謝りなさい! の、一点張りなんだもん」
首を傾げるキースに「可愛く首傾げてもだめですよ!」と怒るマーヴィンを思い浮かべる。
「……私?」
「俺、なんかした?」
そんなこと訊かれても困るわよ。
二人で顔を見合って唸って考えるけど、さっぱり分からない。
マーヴィンには時々、理解のできないところで怒る癖があるのよね。馴染みの冒険者たちは「おっさん過保護だからな」と笑い飛ばすけど、よく怒られるキースと、その原因らしい私は、結局理解が出来なかったりする。
まさに今回がそれね。
「てことで、謝っとく。ごめん」
「中身のない謝罪なんていらないわよ」
「ですよね。……じゃぁ、これからタルト食いに行かない?」
にっと笑ったキースは懐から折りたたんだチケットを一枚取り出した。それには『新装開店一時間食べ放題!』の文字が書いてあった。
「行く!」
「そうこなくっちゃ」
「早く行こう!」
「おい、先生戻ってこないけど良いのかよ」
「医務室の鍵を職員室に戻せば問題ないわ!」
医務室に鍵をかけ、外出中の札を下げる。
いつ戻ってくるか分からない先生を待っているなんて、時間がもったいないじゃない。だって、早くいかないと、ケーキがなくなっちゃうかもしれないもの。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます