第8話 仲間に、身分とか種族は関係ない


「この時期だと、シトラスが鉄板よね! 桃も外せないわ」

「メロンもそろそろ出回るんじゃないか?」

「やっぱり、果肉を楽しむならタルトよね」

「桃はコンポートもいいな。チーズケーキにも合うしな」


 廊下を歩きながら甘いフルーツケーキを思い浮かべ、口の中に溢れてきた唾をごくんっと飲み込んだ。


「ほら、急いで!」

「そんな急がなくっても大丈夫だろ?」

「誰かが食べ尽くしちゃうかもしれないでしょ!」

「お前くらい食うやつがいたら、なくなるだろうな」

 

 けらけらと笑うキースだけど、彼だって相当食べるわ。

 二人で満足するだけのケーキが残っていますようにと祈りながら、キースのマントを引っ張って足を速めた。


 廊下を曲がり、職員室に繋がる通路を歩いていると、ふと視線を感じた。

 校舎を剣士が歩いていたら、さすがに目立つか。でも、どこかでキースを待たせるのもなんだしな。そんなことを考えていると、彼が私を呼んだ。

 

「……なー、ミシェル」

「なぁに?」

「お前って、やっぱ人気なんだな」

「なんのこと?」

「んー、ほら、午前中のパフォーマンスで倒れたじゃん?」

「……恥ずかしいから思い出したくない」

「派手でよかったと思うぜ。うん。で、その時さ、お前医務室に運んだの、俺なのよ」


 唐突な告白に驚き、私は足を止めた。


「お前の親友が運ぼうとしてたんだけど、意識ない人間運ぶのって結構大変だからさ。俺が手を貸したのよ」

「……ちょ、まって、運んだって……」

「他の学生も協力するって言ってくれたんだけどさ。俺ってば、倒れたお前運ぶの慣れてんじゃん」

「そういうことじゃなくて! どう抱えたのよ!?」

「ん? 担いじゃ周りから石投げられそうだったから、こう、ちゃんと横抱きにしてだな」


 さも当然のように身振り手振りで説明するキースを見て、全身がカッと熱くなった。

 だってそれは、どう想像しても、所謂お姫様抱っこというやつなんだもの。


 公衆の面前で倒れただけでも恥ずかしいのに、そんな醜態を晒すだなんて。なんで、担架で運んでくれなかったのよ!


「いやー、次の演目も残ってるだろうと思ってさ、さっさとその場から退散はしたのよ。でも、なんか校内歩いてると、さっきから敵意ある視線ばかり感じるからさ」


 苦笑をこぼし、キースは少し尖った耳をポリポリと引っ掻いた。


「やっぱ、お前の熱狂的ファンってやつは、素性の分からないハーフエルフがお前に近づくの面白くないんだろうね。あ、もしかしてマーヴィンはこのこと言ってたのか?」

「……何よそれ?」

「ほら、俺らを嫌うやつって多いじゃない? マザー家のご息女様にして、魔術学院のアイドルに、変な虫がついたらと心配してんだろ」


 一人納得をしたように手を叩いたキースに、むかむかと腹が立ってきた。


 キースはすごくいい奴だけど、一つだけ気に入らないところがある。ハーフエルフであることを卑下して、突然、私と距離を取るようなことを言い出すことだ。


 私たちが仲良くて何が悪いのよ。何で、どこの誰とも分からない奴が面白くないからって、遠慮しなくちゃいけないのよ。もう一年近い付き合いなのに、今更家のこととか言い出さないで欲しいわ。


「バカじゃないの?」

「ん?」

「あんた、家柄とか気にするちっちゃい男だったわけ?」

「いんや。気にしてたら、お前とケーキなんて食いに行けないだろ」

「なら、周りの視線とか関係ないじゃない!」


 言いたいことを言い切って、私は歩き出す。キースは、特に言い返すこともなくついてきた。

 分かってはいるのよ。いまだに半妖精への偏見があることだって、私がマザー家の令嬢である意味だって。でも、それを仲間につきつけられるのは、嫌なの。これって、私の我が儘なのかな。

 

「おーい、ミシェル? 怒ってる?」

「……別に」

「いや、怒ってんだろ、その声」

「私はキースがハーフエルフだろうと、ホビットだろうと、仲良くしたわよ」

「うん?」

「あんたが私の家柄を気にしないように、私は種族を気にしたことなんてないの!」

「──うん、そうだね」

「また同じこと言ったら、魔法弾叩き込むからね」

「え、ちょっ、それは勘弁……」

 

 顔を引きつらせたキースを睨み、大きくため息をつく。本当に、分かってくれてるのかしら。

 職員室が見えてきた。


「ここで待ってて。鍵、返してくるから」

「おー、いってこい」


 ひらひらと手を振るキースを残し、私は小走りに職員室へと向かった。この時、彼が私から視線を外し、物陰を睨むように見ていたことなど知る由もなかった。

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