第9話 学生は何かと忙しい

 ある日の放課後。

 私たちは魔法物質の専門教員マレイの準備室で作業に追われていた。

 新入生歓迎が終わったばかりだけど、次は、グレンウェルド国立魔術学院附属初級魔法学校への訪問行事が控えている。訪問先で、魔術学院への特別進級と実施試験の説明を行うのは先生たちだけど、その準備を行うのは私たち学生だ。


 紐で綴じられた資料の部数を確認しながら、親友のアリシアが私を呼んだ。


「ね、ミシェル」

「ん? あ、これ確認できたよ。落丁もなし!」

「はい、じゃぁ次はこれ。っと……ねぇ、にいったでしょ?」


 次の紙束を受け取りながら、思わず動きを止めた。きょとんとしていると、アリシアはその青い瞳を意味深に細めて笑った。

 六花りっかの雫──キースと行った、新装開店で一時間食べ放題イベントを開催していたお店がそんな名前だったかも。


「どうだった? としては、すごく気になるのよね」

「あー、そういうことね!」


 アリシアはこのグレンウェルド国有数の大商会バンクロフトの跡取り娘だ。そもそも魔術師になるのは商売の幅を広めるのと人脈作りの為って言う、商売根性が逞しい子なんだけど、入学当初から私と仲良くしている。

  

「うーん……価格帯は庶民向けだったよ。季節のフルーツケーキは限定販売みたい。常にあるのはクッキーやスコーン、焼き菓子と合わせたジャム。それとハーブティーの種類も多かったよ」

「味はどうだった?」


 手が疎かになりながら、アリシアは身を乗り出して興味津々に尋ねてきた。

 お店のこととなると、いつもこう食い気味に聞いてくるんだよね。一緒に作業している子たちも、ちょっと呆れ顔になっている。これはちゃんと返事をしておかないと、いつまでも食い下がるパターンだ。


「んー、ケーキの種類は少ないし小さいけど、味は良かったよ。でも、価格に見合った感じかな。バンクロフトのティールームのような特別感はないかも」

「お店の内装は?」

「女の子が喜びそうな可愛い調度品で……て、気になるなら自分で行けばいいじゃない」

「そんな堂々と敵情視察できないわ。うちはいわゆる老舗。私の顔もバレてるし。だから、ミシェルの報告は助かるのよ!」

「気にしないで行けばいいのに。うーん……あ! 今度、お持ち帰り用のお菓子買ってこようか?」

「焼き菓子となれば、使っているバターや小麦の質が分かるわね……」


 ぶつぶつと言いながら考えるアリシアの手は、すっかり停まっている。こうなったら、周りの忠告は耳に入らなくなっちゃうのよね。

 やれやれと思っていると、横からすっと手が伸びてきて、アリシアの前にある紙束を掴んだ。


「こうなったら、梃子でも動かないからね」


 そう言ったのは、アリシアの幼馴染でもあるパークスだ。彼の父親はバンクロフト商会の傘下で商売をしている。彼は、所詮自分は下僕の一人だから、とか言ってるけど、何だかんだでアリシアのことを誰よりも分かっている。アリシア自身も、パークスを凄く頼っているんだよね。


「ミシェル!」

「──ん?」

「スコーンとジャムが食べたいわ」

「あ、六花の雫の?」

「ええ、そうよ! バンクロフト商会のスコーンが負けることはないでしょうけど、確認は必要だと思うの!」


 鼻息も荒く、拳を握りしめたアリシアは私に同意を求める。

 バンクロフト商会は郊外で養鶏や牛の放牧などを行う町と大きな契約を取り付けている。特に卵やバターは高品質のものを提供していることで、各方面でも評判なのよね。そのバターや卵を使ったスコーンは比較的低価格で販売している。だから、庶民からもバンクロフト印のそれらは長年愛されている名物だったりする。

 

 だからと言って、他店の商品を侮ることはしないのが、アリシアの凄いところよね。多分、代々そうやって商会を守ってきたのだろう。


「とっておきの紅茶を用意するから、買ってきて!」

「分かった。任せて!」

「ありがとう。とっておきって言ったら──」

「ティベル産!」


 それは、私が幼い時に亡くなった母が好きだった思い出の紅茶でたり、アリシアのお母さんも大好きだったものだ。バンクロフト商会の看板商品の一つでもあり、私たちを出会わせてくれた品でもある。

 

「言うと思ったわ。リーディス産も入荷したばかりなのよ」

「リーディスも良いな……ミルクティーにするなら、リーディスだよね」


 真剣に悩んでいると、横から「手が止まってるよ」と呆れた声がした。パークスだ。


「君らが紅茶好きなのは知ってるけど、今は手を動かしなよ」

「もう、ちょっとくらい良いじゃない」

「さっさと終わらせたら、いくらでもどうぞ」

「そういうパークスだって、手が止まってるじゃない」

「俺は、担当分終わったから休憩中」

「じゃぁ、私のも手伝いなさい!」

 

 そう言って、アリシアは残りの半分をパークスに押し付けた。さっき、パークスがアリシアの束をもっていったことに、彼女は全く気付いてないみたい。


「何だかんだ言って、パークスはアリシアに弱いよね」

 

 私がぽろりと溢せば、他の級友がぷっと噴き出して笑いながらと同意してくれた。そうして、一人の子が何かを思い出したような顔をして、私の方を見た。

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