第4話
時間は少し回ってまだ陽が暖かい中、道路をバイクが走る。形状としては普通のものより滑らかで大きいサイドカー付きのバイクだ。
もちろん、サイド部分に乗っているのは…
「アイ……さん? で、いいのか?」
「アイで結構です、シカバネさんでよろしいですか?」
なんでお前もそのあだ名で………いや、アンテイラが吹き込んだのか?
「…できれば鹿羽で頼む…アイ、これってどこまで行くんだ?」
「? スマホに情報があるはずでは?」
…そうだな。まず、共にバイクに乗ったのはいい。アンテイラに情報の詰められたスマホを渡された、というのも、まぁいい。だが、ここにきての問題があった。
それは、普通ではおそらくありえないような問題で…
「俺はスマホの使い方がよく分からない」
「………………は?」
思わず出たというような、気の抜けた声が返ってきた。
「いや、今までスマホなんて縁遠くて……もちろん存在は知ってんだよ! どういう用途なのかも分かる! だが! 使い方については今まで聞いたことがない!」
「あんたジジイですか!?」
「あぁ…おれの非常識さについては、高齢者と同等かそれ以上だ…!」
「自慢したように言わないでくださいよ…………しょうがないですねぇ」
俺がアンテイラに対して呆れた時に出るような声がアイの喉から出る。どうにも苛立ちよりも面目なさが勝る…
「いいですか? 私達は行方不明となった魔女…『氷の魔女』イヒカさんの捜索のため、その使い魔のもとに向かっています」
氷の魔女という名前は初耳だが、ここまではアンテイラから聞いた内容だ…
「使い魔の名前は
「んな…!」
…アイドル!?一番人気の!?そんな特別なやつが使い魔なんてな…普段の暮らしとどう両立してるんだ?
アイは俺の疑問をよそに、バイクを走らせながら説明を続ける。
「今向かっているのはその握手会…ライブ後に開催でチケットはすでに入手済み。 接触して、近場の人のいない港に招待し、話を聞きたいのですが………まぁ、今から行けば間に合うでしょう」
「チケット持ってるのか………アイはそのアイシンユー? ってのが好きなのか?」
「いえ、これはご主人様の作戦に必要かと愚考して…」
何かを言い終わる前に、アイは何かに気づいて口を止めた。
俺もアイの向いてる方角を見ると、端も見えないような長蛇の列ができていた。最後尾らしきものにはスタッフらしき男が列を整頓させるようにあたふたと走り回っている。何分待ちかを示す看板さえも用意できないほどに忙しいらしい…
「……なあ」
「……………はい」
「これって、何分待ち」
「言わずとも結構…! まあ、案外待ってみれば、早いかもしれませんし…」
…早い…………だろうか。
_________________________
現在、街の時計がさす時刻は7時に近い。とっくに陽も落ちきっていて、そこらじゅうの明かりがつき終わっている。
「とりあえず最後尾にはならずに済んだみたいだが……何時間待った?」
「4時間くらいでしょうか?」
4時間か………カップラーメン100個は出来るな。
「…つーかアイさ………アイ、お前全然疲れてないみたいに見えるけど?」
「別に鹿羽さんも使い魔なのですし、疲労はほとんどしないのでは?」
「いや、確かに体力はまだ余裕あるけど、精神も消耗品なんだぞ…?疲労するだろ」
「?」
いや、なんでそんな分からないって顔してるんだ…?
というか、大声を出す気力もない。アイドルもアイドルで、こんなに待つのはすごいよなぁ…その苦労も俺の想像を超えているものだろう。まぁ、三日間寝ずにバイトよりはマシだろうが…
実際そういうことを体験すれば耐性がつく!と、夜勤の工場の先輩に聞いたが、実際は精神というコップの容量を超えるほどの疲労という水を入れられてるだけで、コップの大きさは変わらないどころか、水の圧力によっては、穴さえ空いてコップは壊れてしまう。
俺は壊れかけたし、一度壊れたようにも思う……穴ばっかりだ。
しかし、流石にゴールも見えてきて、ついに建物のドアを通ることができた俺たちは、なんとか気力を保って進んでいく。
よし…やっとだな……んで、なにを伝えればいいかなぁ…とりあえず、時間はないわけだし………目的は……そう、目的が……
ゴール目前にして安心感が来たのか、一気に来た精神的な疲労を抱えつつ、俺は奈木 画楽の前に立った。実際に会ってみると………なるほど、二重の瞳に柔らかい表情…確かに人の目を引くものがある。
だが……今は……伝えるのは……
「おにいさん! 応援ありがとう!」
「…氷の魔女はどこにいる? 近場の港に来い」
…うん、そうだな。確かこれで……
「…」
奈木は、一瞬目を見開いた後、おおよそ先ほどとは比べ物にならないほどの鋭い目つきを俺に向けていた。
解放感と、やってしまったという焦燥が、一気に身を支配する。
「あっ、えっと、違」
「ハーイ、時間押してるからご退館願いまーす」
無理矢理にスタッフに押し除けられて、俺は出口に向かって行く。
えぇ〜…どうしよう…いや!流石に察してくれるはず…
だ、よな?
「アンタ! なにやってんですか!?!?」
後ろからすごいスピードで、冷や汗をダラダラと出しながら、アイが追ってきている。どうやら、本当にポカをやってしまったらしかった。
アイは勢いをそのままに、俺に身を寄せて耳元で小さく声をかけ始めた。
「遠目から見て、奈木の顔めちゃくちゃ険しかったですよ…!? 私との握手の時は笑顔でしたが…!」
「いや…そのまま『氷の魔女はどこにいる? 近場の港に来い』って言って…」
「怪しすぎるでしょ…! せめて自分の所属を伝えて、ちゃんと敬語で……!!」
自分の声が大きくなっていっていたことに気づいたのか、アイは一度口を閉じて、また俺の耳元に口を近づける。
「敵と思われたにしろ味方と思われたにしろ、接触はしてくるはずです…! 港に向かい、代わりに私が要件を伝える……ので、とりあえず余計なことはしないこと…!」
声色から怒りが伝わってくる。アイは無理矢理俺をバイクのサイドカーにぶち込んで、ヘルメットをぶち被せてきた。あまりに無理矢理だったためか、ポキリという異音が俺の耳に響く。
そうしてすぐに夜の道路を飛ばすわけだが、俺は体に風を感じながら、あることに気づいた。明らかに被せられたヘルメットの位置がおかしく、前方が見えないし、首も曲がらない。
「ふぁあ《なあ》へふへっは《ヘルメット》はふへへふはへほ《はずせねんだけど》」
「はぁ!? あー、それも鍛錬ですよ鍛錬! 黙っててください!」
「ほんははんへんははっへははふは!」
「なに言ってるか分かりません!」
息が苦しくなる…!一度脱がないと…!
キュッポンッ!!!
被り物を脱いだだけだとは思えないような音が鳴って、吹っ飛んでしまったヘルメットが道路に転がっていく。
マズイッ!後ろに車があったら最悪事故に……
後ろを見ると、宙を舞うヘルメットにバイクが突進してきている。
「くそっ…! おい後ろのバイク!! 頭を下げ…!!!」
パキパキパキパキ…
目を疑うような事が、その時起こっていた。確かにバイクに向かって飛んでいたヘルメットは、無数に凍り割れていた。
「あいつは…」
目をよく凝らすと、その冷徹としか言えないようなその顔は、あのめちゃくちゃに可愛い……いや、可愛かった……あの…
「握手会すっぽかすなよおおお!!!!」
奈木…画楽だった。
シカバネガーデン・ウィッチファミリア~妥協ばかりの人生はもうやめました。これからは魔女の力で好き勝手にやらせてもらうから~ @31mume60
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