6

目を覚ますと、そこは清潔な白いシーツが敷かれたベッドの上だった。意識を失った後、おそらくアステルが抱き上げてベッドに寝かせてくれたのだろう。


「頭痛い……。それよりデネボラは……あれ……?」


慌てて隣のベッドを見るが、かろうじて誰かが寝ていた痕跡が残るのみでデネボラの姿はどこにもなかった。アステルとミラの姿も見当たらない。


「まさか、何かあったんじゃ……?」


ハルカは呆然と呟きながら、恐る恐る床に降り立つ。多少ふらつきはしたが問題なく歩けそうだったので、覚束ない足取りで治療室の外に出た。

点々とした常夜灯を頼りに廊下を進んでいくと、アステルがデネボラを抱いて角を曲がっていく姿が見えた気がして慌てて後を追う。


(今のって、王子様よね?こんな時間にデネボラを連れてどこへ……)


疑問に思ったが、なんとなく声をかけることは躊躇われ、こっそりと後をつけていく。やがて彼が立ち止まったのは、他よりも豪奢な雰囲気がある両開きの扉の前だった。

アステルは曲がり角に隠れて様子を伺うハルカに気付く素振りはないまま、まるで騎士が主君にそうするかのように跪く。


「貴女様をお救いする手立てもないまま、このような願い事、無礼であると重々承知しております。しかし私はデネボラを救いたいのです。どうかお力を貸していただけませんか?」


アステルは神妙な面持ちで扉に向かって語りかける。しばらくして重々しい音を立てて開いた扉から伸びてきた華奢な白い手。それを見た瞬間、ハルカは反射的に飛び出していた。


「月穂っ!」


産まれてから十四年間、ずっと共にあった最愛の妹の手だ。見間違えるはずもない。今のは紛れもなく、月穂の手だった。


「ハルカ様!?ここ一帯には他よりも数段強力な結界魔法が張られているはず……。どのようにしてここへ」

「そんなことより、今のは月穂の手ですよね!?その部屋の中にいるんでしょう!会わせてください!」

「いけません、ハルカ様……っ」


アステルの静止を振り切って部屋に飛び込むが、部屋の照明は点いておらず真っ暗で、常夜灯ではかなり広いらしい部屋の隅までは照らせない。だが何かが蠢く気配だけは感じて、じっと目を凝らしたその時。

突然こちらに向かって飛んできた何かが、べチャリと嫌な音を立てて絨毯の上に転がった。


「え……?」


恐る恐る拾い上げ、感触を確かめる。

すべらかで、柔らかい、成長途中の少女の手。それが何かを理解した途端、ハルカの体は後ろにぐらりと傾いた。その背が、壁の照明レバーをゆっくりと押し上げる。


「見てはいけません……っ!!」


緊迫したアステルの声。

しかし時既に遅く、ハルカの目はしっかりと“それ”を映してしまっていた。

もう幾度となく夢に見た、愛しい妹との再会。多少髪が伸びているが、あの頃と変わらない姿。だがそれも上半身に限っての話だ。


「ぁ…………」


まともな言葉も紡げずに後退る。目を閉じて動かないツキホの体からは無数の腕が生え、さらにその腕からまた別の腕が生え、まるで絡み合うようにして部屋中に広がっていた。うねうねと蠢く腕の中心部で淡い光が瞬いたかと思えば、また新たな腕が生み出され、そこにあった古い腕が弾き飛ばされてボトリと絨毯に落ちる。あまりにも異常な光景に、思考が追いつかない。


「月、穂……」


絞り出すように妹の名を呼び、またしてもハルカの意識はそこで途絶えた。

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ふたつぼしの召喚聖女 三五かなで @honeyrolfee

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