第2話

 弟子の私が無事に土瓶を浄化したのを見て、名主さんも満足したらしい。

 廃屋の浄化という追加の仕事も決まって、師匠もご機嫌だ。


 家の浄化には、少し大きめの枝も必要になる。山に入って、木々を見て回る日が何日か続く。

 木を弱らせないように、根から上がってくる水の大きな流れを断ち切ってはいけない。萌え出でようとする芽の勢いも読み取る必要がある。

 そして何よりも枝構え。

 師匠の言葉を借りると、それは枝の意志だという。


 花盛りが触れることで、木は切られることを察知するらしい。その時、一部の枝は私たちの行為を受け入れてくれる。

 それは弱っている枝の諦観だったり、若い枝が混み合った樹間からの解放を望んでいたり。枝によって事情はあるらしいけど。

 枝の発する声なき言葉を聞き取って、枝に刃を入れなければならない。


 これが寿命の短い花や葉の場合は、さほど難しくはない。

 ただし、活け込む時には花や葉の方が自己主張をしてくる。

 仲間とワイワイ飾られたい花もあれば、一人で凛と立ちたい葉もある。しどけなく籠と一体化したい蔦や木の実も。

 枝構えを理解し、彼らの意に沿う事によって浄化に必要な力を得ることができる。

 花盛りには必須の技なのだ。



 材料を揃えて、廃屋に植物を活けていく。

 破れた屋根には、梁にくくり付けた手桶から天に向かってコウクビヤナギを伸ばす。ほっそりとした枝が長く屋根から覗く様は、三年前に見かけたコウノトリの巣を思い出す。

 タメンジュの枝ーー新しく私が切ったーーは、家の真柱を飾って。

 桟の折れた雨戸や、ヒビの入った手水鉢。置き去りにされたボロボロの布団にも、花を、枝を、葉を、添えていく。

 廃屋も残っている道具も。一切合切をまとめて一つの品を作り上げる。

 ここまで大掛かりな品は、年に一度、あるか無いかの貴重な体験だった。




 こうして私は師匠と共に旅を続けて。

 いつしか、二十年近くを過ごしていた。


 苦手だった枝構えも、師匠に小突かれ怒鳴られしながらなんとか読めるようになってきて。頭領が住む御山で試験を受けて、一人前の花盛りとしての鑑札も授かった。

 本来なら、いい加減独り立ちをしなければならない頃合ではあるのだけど。なんとなく踏ん切りがつかないまま、助手のような位置に甘えている。


 元々が短身痩躯だった師匠は、歳を経て更に細くなってきた。そのうえ、去年の冬に山道で捻った脚の具合もなかなか良くならず。

 そろそろ鋏終いが近い……と、気弱なことを口にするようになった。


 そんなある日のこと。

 仕事を終えた村で、名主さんから茶飲み話で森の奥に『鬼の手水鉢』と呼ばれる大岩があると聞いた師匠は、見に行くと言い出した。

 翌日、朝早くから出発して。目印の川を遡るように進んでいく。


 やがて、ぽっかりと開けた広場に、私の胸元ほどの高さの大岩が鎮座していた。

 僅かな窪みに手足をかけて、よじ登る。

「なるほど。こりゃぁ、確かに手水鉢だな」

「師匠! その脚で登ってきたんですか?」

「まだ、お前にゃ負けんぞ」

 降りる時に、また脚を傷めたら……と心配している私を尻目に、師匠は岩に穿たれた窪みを真剣に観ている。

 窪みの深さは私の腰くらい。広さは、私が辛うじて横になって手足を伸ばせるほど……か。昨日の雨水が溜まっているので、実際に横たわってはいないけど。


「これを品に仕上げたら、俺は鋏終いだな」

 花盛り人生の総仕上げだ、と師匠が片頬で笑う。

 その言葉を否定したい気持ちを、喉元で押し殺したのは。

 師匠自身の“枝構え”を感じたからかもしれない。


 廃屋の浄化に比べれば、決して大きな品を作るわけではない。とはいえ、器そのものが、今までに経験した事がない大きさで。

 そこそこ大きな枝も使う必要性が出てくると、大仕事に対する緊張で身体が震える。

 切る枝を間違えると、木への負担が大きくなる。


 師匠はまず手始めに、と、軽いウロスギを五本ほど切るように言った。軽いとはいえ、大枝。岩まで運ぶには苦労をする。

 さらに小枝を落として。岩の上へと持ち上げる……のは、さすがに名主さんにお願いして、人手と道具を貸してもらった。

 お礼には、後日、浄化を伴わない花飾りをいくつか作ることで折り合って。


 ウロスギは蔦で結び合わせて、窪みに控えめな櫓を組む。これは花や枝を活けるための土台なので、土を運びこんで足元を固める。

 下準備が整ったところで材料を集め、活け込みが始まった。


 少しだけ枝の根元に傷を入れることで、枝構えが変わる。櫓に寄り添う位置を探って、細い楔で両脇を留める。枝元を保護するための水苔を巻き、濡れたサラシで固定する。

 枝から落ちた葉は、筵に広げて乾かす。充分に軽くなったら、蔦の結び目にフワリと被せるらしい。

 硬い皮を持つゴウヤナギは、川の水で丸一日 晒すと中の髄が抜ける。自然の物とは思えない白さが、誇らしげに櫓から聳え立ち、残された樹皮を細く割いて巻きつけると、薄衣のように風にたなびいた。


 毎日が師匠が持つ、ありとあらゆる技を一度に見せてもらうような、総ざらえの日々で。 

 途中、追加の材料を切るため、師匠の代わりに森へ向かう時間がもったいないと焦れる。

 これが師匠の最後の品になるとわかっているから尚更に。



「お前だったら、この四本。どう扱う?」

 師匠から尋ねられたのは、比較的弱い花も水揚げをして活け込んだ後のこと。

 コウマウメの細い枝が四本、残っていた。

「お前が切ってきた枝だからよ、最後、なんとかしてやんな」

 『この花に合う枝構えの物』のような指示で、枝を切りに行っていたから、どうしても使い所がない物が残ってしまったらしい。


 手に取って、じっくり眺めて。

 思いつきで二本、軽く縒り合わせてみると、構えが変わった。

 もう一本には黄色い実が所々に付いているので、落とさないように気をつけながら掌の温もりでゆっくりと矯める。

 これは……高さを変えて逆向きに添わせる、か。

 三本を纏めて左手で握ると、残りの一本の入るべき隙間が見えた。

 横で見ていた師匠が手渡してくれた細縄で枝元を三重に括る。


「おい。いい構えになったじゃねぇか」

 夕焼けの残り日を受けた師匠が、破顔する。

「使えそうですか?」

「上等、上等」

 と、櫓の真ん中近く、ウロスギを組む蔦に挟み込んだ。


 岩から降りて、二人で並ぶ。

「いいか、これから鋏終いの仕上げだ」

「はい」

 わかっていても、涙が滲んでくる。嗚咽が漏れないように、奥歯を噛み締める。

「多分、お前には最初で最後だ。鋏終いを見るのは」

 “次の機会”は自分の時、だ。

「よっく見とけ。覚えておけ」 

 そう言って師匠は、胸元の合わせから取り出した自分の鑑札を私に握らせた。


 師匠の乾いた手が四つ、柏手を打つ。

 山の木霊を意識したように、間隔を開けて打つ。 

 次に、脚を。悪い脚を庇うようにしながら、左右二回ずつ地を踏んで。

 再び柏手が鳴る。今度は八つ。


 星が流れてきたかと思うような光の粒が、櫓へと降り注ぐ。

 枝から新芽が萌え出る。蕾がふくらみ花が咲く。枯れ葉が散り、実が熟す。

 時の流れが狂ったように、活け込んだ植物が成長しては枯れて……を繰り返す。


 何周、何十周分の年を重ねたのか。

 辺りがすっかり暗くなってから、私は我に返った。

 横に居たはずの師匠の姿は無く。

 微かな月明かりで見た、師匠の鑑札は“花盛り”の文字が“花守”に書き変わっていて。

 夜半を過ぎた頃、私の手の中から淡雪のように消えてしまった。



 昔、師匠から聞いたことがある。

 鋏終いの品が、殊に優れていた場合。

 どこかで新しく世界が生まれるための基礎構造となるらしい。

 そしてその品を作った花盛りは、“花守”となって、鋏を置くことなく品の手入れをする仕事に携わるという。


 この世の理から外れる覚悟がない者は、鋏終いの品には敢えて、誤った枝を入れるものらしい。もしくは、最後の一枝を入れないとか。


 師匠は、私が渡した四本の枝にどんな構えを見たのだろう。


END.

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師匠と鋏終い 園田樹乃 @OrionCage

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