恋に悩む後輩女子にアドバイスをしたら、なぜか不機嫌になった

つめかみ

本編

「はぁ~……」


 後輩の女子が大きなため息をついた。

 ここは文芸部室。今は俺と後輩の二人だけで、それぞれが読書をしているところだった。長机を挟み、向かい合って座っている状況だ。


「どうしたんだよ、ため息なんかついて」


 俺が訊くと、後輩はジト目でこちらを見つめてくる。


「今ちょっと、悩んでることがありまして……」

「はははっ。お前が悩みごと? らしくねえな」

「なんですかその言い方! 私だって悩みくらいありますよ!」

「いつもカラッとしてて元気なのが、お前の取柄だろ?」

「残念ながら、今はジメっとしてますよぉ」


 後輩は読んでいた本を閉じた。頬杖をついて、また大きく息を吐く。

 うーむ、これは本当に悩みを抱えているようだな。

 しゃーない。ここは先輩として一肌脱いでやるか。


「一人で抱え込んでないで話してみろよ。なんでも聞いてやるぞ。俺とお前の仲だからな」

「え? どういう意味ですか?」

「同じ文芸部の仲間だろ。後輩を助けてやるのも先輩の役目だからな」

「ああ、そうですか。文芸部の先輩として、ね……」


 後輩は俺から目を逸らす。


「いやです。話しません」

「なんだよ? 俺に言えないのか?」

「結構デリケートな話なんですよぉ」

「ははは。お前にもデリケートな部分があるんだな」

「またそうやって! 先輩、さっきからデリカシーないですよ!」

「ああ、ごめんごめん。お前はいつも元気で強いってイメージがあったからさ、弱いところもあるんだなーって親近感を覚えたんだよ」

「……私は強くなんかありませんよ」

「そうだな。人間誰しも、弱い部分があるもんだ。だけど、お前の笑顔はいつも周りの人間に元気を与えてくれてるんだよ。俺にもな。そのお礼として、今回は俺にお前を助けさせてくれないか? 俺にできることなら、なんでもするからさ」


 無言で俺を見つめていた後輩は、しばらくして口を開いた。


「……わかりました。言います」

「おう」

「私今日、告白されたんです」

「え? 告白ってのはつまり、愛の告白か?」

「そうです」

「ほう。誰から?」

「同級生の男子です」


 まあ高校生ともなれば、こんな話はいくらでも転がってるだろう。……残念ながら、俺には全然縁がないけどな!


「よかったな、おめでとう!」

「……なにがおめでとうなんです?」

「だってお前、前から彼氏欲しいって言ってたじゃんか。念願が叶ったんだろ」

「早とちりしないでください。私まだ、告白をオーケーしてないんです」

「え? 振ったのか?」

「そうじゃないですけど、保留というか……」


 ふむ、保留しているとな。

 つまりこいつは、告白してきた同級生のことを嫌ってはいないけど、付き合うほど好いてもいないってことか。


「つまり、その男子と付き合うかどうかで悩んでるのか」

「まあ……概ねそんな感じです」

「付き合っちゃえよ」

「なんでそんなに軽く言うんですか!?」


 後輩は机をバンッと叩き、眉を吊り上げてにらみつけてきた。なんでそんなに怒るんだ?


「いや、俺はお前がなんで悩んでるのかわからないんだよ。振ってないってことは、その男子が嫌いなわけじゃないんだろ?」

「まあ、そうですけど……でも……」

「微妙なのか? どんな奴なんだ?」

「うーん……」


 あごに手を当てて、目を上に向ける後輩。


「彼は演劇部に所属していて、なかなかのイケメンなんですよ。それに学業成績も優秀で、性格も優しいんです」

「なんだよ、最高じゃんか。付き合えよ」

「先輩は!」


 後輩はまた机を叩き、怒号をあげた。


「私がその男子と付き合ってもいいんですかっ!?」

「なぜ俺に許可を求める!? お前の好きにしたらいいだろ!」

「それができないから悩んでるんですよ!」

「だから、一体なんで悩んでるんだよ?」

「……私は」


 急にしおらしく、もじもじし始める後輩。


「他に好きな男の人がいるんですよ……」

「そういうことか……」


 後輩には好きな人がいるが、その人には手が届かない。そんな中、スペックの高い男子から告白された。好きな人を想い続けるべきか、それとも好きな人をあきらめて男子の告白を受け入れるか、それを悩んでいるわけだ。


「その好きな男とは、脈がなさそうなのか?」

「うーん……」


 後輩は、なぜか俺を見つめる。上目づかいで、かわいらしい表情だった。


「正直、脈はありそうな気がするんですよ。でもその人には、ちょっと問題があるんです……」

「問題?」

「くっっっっっっそ鈍感なんですよ!」


 後輩は苦悶の表情を受かべ、握った両手を机にバァンッと叩きつけた。おい、さっきから机が悲鳴をあげてるぞ。もっと優しくしてやれ。


「私は! その人に結構! アピールしてるつもりなんですけど! でもその人は! 全っ然! 私の好意に気づいてくれないんです!」

「アピールって、具体的にはどんなことを?」

「えっと……その人の前で『彼氏欲しいなー』って言ってみたり、調理実習で作ったクッキーをあげたり、『優しい』とか『髪型似合ってる』とかさり気なくほめてみたり……」


 それってアピールになるのか? こいつコミュ力高いから、誰にでもそういうことしてそうだぞ。実際、俺も全部経験あるからな。


「生ぬるいな。そんなアピールするより、告れよ」

「そ……それができれば苦労はしませんよ」


 シュンとうつむく後輩。さっきから表情が忙しい奴だな。


「ねぇ先輩、私はどうしたらいいんでしょう……?」


 手が届かないかもしれない憧れの人を想い続けるべきか、自分を好いてくれている同級生と付き合うべきか。

 うーん、難しい問題だが……。


「お前が好きな男の人柄次第ではあるな……。さっき脈はありそうだと言ってたが、もうちょっと詳しく教えてくれ。どんな奴なんだ?」

「……二年生です」


 つまり俺と同学年ってことか。誰だろうな。


「他には?」

「えっと……」


 後輩は、なにやら遠慮がちに俺を見た。なんだよ、その意味ありげな視線は。


「……優しい人です。私が困ってたらそっと手を差し伸べてくれるような、そんな人です。あと、私とすごく気が合うんです。好きな小説とかも似てて……。なので、話してて楽しいと思える人なんです」

「へえ、お前と小説の好みが似てるのか。なら、俺とも気が合いそうだな」


 俺と後輩は、二人ともミステリやホラー小説が好きなことで意気投合した仲だ。文芸部には幽霊部員が多いが、俺と後輩は毎日出席していた。話が弾むからだ。


「俺もぜひ、そいつと話してみたいな」


 俺がそう言うと、後輩はなぜかため息をついた。


「なんだよ、浮かない顔して。話を聞く限り、好きな人とはお似合いそうじゃないか。告ってみたらどうだ?」

「か、簡単に言わないでください。告白する勇気なんて……持てません」

「なんでだ? 自信がないのか?」

「そりゃそうですよ。私なんて……」

「お前は魅力的な女子だと思うぞ?」

「えっ?」


 後輩は両目をまんまるにする。頬がどんどん紅く染まっていき、リンゴ飴みたいな顔になった。


「え? えええっ? 先輩、私のこと……み、魅力的……って?」

「そう思ってるよ」


 実際、俺は以前から後輩のことを憎からず思っていた。

 明るい性格で話していて楽しいし、ルックスだって、愛嬌があってかわいらしい顔をしている。

 もしもこいつが自分の彼女になったなら、正直かなりうれしいと思える。


「……そうですか。私って、魅力的ですかね……?」

「ああ。だから思い切って告ってみろって。相手も悪い気はしないはずさ」

「で、でも……やっぱり告白なんて恥ずかしくて……」

「そんなこと言ってたら、一向に仲は進展しないぞ」

「だ、だからアピールはしてるんですよ。相手がそれに気づいて、向こうから告白してくれないかな~なんて……」


 煮え切らない後輩の様子に、さすがにイラッとした。


「……じゃあ、同級生からの告白をオーケーすればいいだろ」

「え?」

「相手から告白してほしいんだろ? 同級生はそうしてくれたんだから、それを受ければいいじゃないか」

「で、でも……」

「好きな人をあきらめきれないって? だったら、同級生の告白にはきっぱり断りを入れるべきだ。それとも、同級生はキープするつもりか?」

「い、いえ。そんなつもりじゃ……」

「だったら、なんだよ? お前はどうしたいんだ?」

「どうしたいか……」

「お前が本当にしたいことをするべきだと思うぞ。中途半端な気持ちのまま、いつまでも返事を保留しておくのは、同級生に対して失礼だろ?」

「それは……そうですね……」


 ばつが悪そうにうつむく後輩。

 俺は努めて優しい声で言った。


「責めてるわけじゃないぞ。ただ、一度自分の心と向き合って、本当にやりたいことを確かめてみたらどうかなと思うんだ」

「先輩……」

「お前が本気で同級生と付き合いたいと思えるなら、付き合えばいい。逆に、やっぱり好きな人への想いを捨てきれないというなら、その気持ちを大切にしたほうがいいんじゃないかな」

「そう……ですね」


 後輩は神妙な面持ちで、両手を胸に当てた。


「自分の気持ちに素直になって、悔いのない決断をしてほしいと思うな。いずれにしても、俺はお前を応援するよ」

「本当……ですか? 先輩は、私を応援してくれるんですか……?」

「もちろんだ」


 後輩は、しばらく無言のままうつむいていた。

 やがて彼女は両手で机をバンッと打ち鳴らし、勢いよく立ち上がる。


「先輩、ありがとうございます! 私、吹っ切れました!」

「おう」

「同級生からの告白は断ります。好きな人と恋人同士になりたいので!」

「ああ、それでいい」

「でも、やっぱり私、相手の方から告白してもらいたいです! あのくそ鈍感男に、もっともっと私の気持ちと魅力をアピールして、しまくって、絶対振り向かせてみせます! それが私のやりたいことです!」

「そうか、がんばれよ!」

「はい! 先輩、覚悟してくださいね!」

「お、おう……?」


 ん? なんで俺が覚悟しなくちゃいけないんだ?

 後輩は俺をジト目で見つめたあと、ため息をついた。


「やっぱり気づいてないんだ……」

「あ? なんの話だ?」

「いえ。先輩はいつもどおり先輩だなーって話です」

「なんだよそれ?」

「べっつにー? なんでもないですよ?」


 そうこうしているうちに部活終了の時間になったので、この日は解散した。


 次の日から後輩がやたら俺にベタベタしてくるようになるとは、この時の俺には知る由もないのだった。

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恋に悩む後輩女子にアドバイスをしたら、なぜか不機嫌になった つめかみ @Nail_Biter

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