第5話
「やばいぞ。早く」ホルチは、地平線の裏に潜り込みそうな太陽を見て走り出した。
彼らは喘ぎながら、山の頂上に上がった。見ていると、赤い太陽が地平線へ滑り込み、最後の一辻の光までが消えた。その瞬間、空があっという間に暗がり、大地がふらふらと揺れ、雷のような轟の声とともに、先まで真上に聳えていた山が、いきなり横に倒れた。その勢いで、シラフとホルチは、空へ投げ出されたが、次の瞬間真下に落ちていった。
「ア…」と悲鳴を上げながら、地面にぶつかるところ、何かが彼らを拾って、まるで雪滑りをするかのように、山の斜面を沿ってふもとへ下りた。シラフが下を見ると、先おじいさんのくれた揺れかごが、まるでソリのように石や崖の上を滑り下りていた。彼らは、目の前に起こった不思議ことに唖然とした。なんと石と崖が道路になり、洞窟や穴が建物に変わり、深い谷が広場となり、木や灌木が灯に変わった。揺れかごは、止まることがなかった。それは、ある時地面に着き、ある時は街や建物の上を飛び越えながら進んだ。白いハトは、ホルチの肩に立って、たまに翼を振った。シラフは突然思い出した。この揺れかごは、彼の母が大切にしていた彼ら兄弟何人を寝かせた揺りかごだったことを。
「あ…」という悲鳴と同時に、彼らは揺りかごから投げ出されて、地面に転んだ。起き上がると、おじのボロ家の近くに着いたのだった。ホルチは急いで家へ走る時、シラフは揺りかごを拾ってきた。
「兄ちゃん」扉がパタンと開かれ、中からアギが駆け出てきて、ホルチの首から抱き付いた。「ありがとう」彼女は涙声で言った。
「アギ、覚めたか」ホルチがうれしくアギの頭を撫でた。
「うん。先自分が誰か分かったんだ」とアギは涙を拭いて「本当にありがとう」とホルチとシラフを見上げた。
シラフは初めてアギが人の目を真っすぐ見て、はっきりと話すのを見た。まるで夢から目覚めたばかりのようだった。家に入ってから、ホルチは布袋から卵大のバーロンを出しておじに渡すと、それがそっと消えた。
「俺にもこんな多くの大切な人がいたの」とおじは胸を抱えて涙をこぼした。そして、感動のあまり、目の前に立つ四人を抱き締めた。
「おじ、急がないと。僕たちのことが黒魔女にばれてしまった」とホルチは、おじに近付いて呟いた。
「そうか」おじは涙を拭き、家の中を見回してから「すぐに行こう。もう準備ができたから」とベットに置いてあった小さい袋を取った。おじがアギを、ホルチがジガの手から引きながら、一行は大急ぎで細い路地に入った。おじの案内で、大通りを避け、灯のない路地に沿って、黒白街の境に着いた。ホルチが街の様子を見に行った間に、おじたちが高い壁の影に隠れていた。しばらく経ってから、ホルチが血の気のない顔で戻ってきた。
「どうだ?」おじが慌てて聞いた。
「シラフ、上着を抜いてくれ」とホルチは少し黙ってから思い切った声で言った。
「一体どういうことだ?」おじは再び尋ねた。
「おじ、彼らを連れて先に行って。僕が後ろから追い付くよ」とホルチは、シラフの上着を取った。
「ホルチ、一体どうしたんだ」とおじがホルチの肩を掴んで真剣に聞いた。
「黒魔女の手下が、街中に僕たちを探している。もっとシラフと僕を掴むために、高い賞金をかけている。そのため、一般人も狂ったように僕たちを探しまくっている。僕が彼らの気を引くから、その間に堺を超えて…」とホルチは微かに震えた声で言った。
「僕たちがもう捕まえられるの」とジガがおじとホルチの顔を交替に伺った。
「まだ魂をとらえるの」とアギが泣かんばかりに言った。
「落ち着け!焦るな」おじが自分に言い聞かせているように、また仲間に話しているように言い、息を大きく吸い込んだ。そして、肩にかけてあった袋を下ろし、その中から何かを探し出して、みんなに配った。
「これを顔に塗れ」と彼は真剣に言った。
「これ…炭だろう」とシラフは驚きの声を上げた。
「そうだ。万が一のために準備したけど、役に立った。これは悪をよけるんだ。顔に塗れば、ほとんどの魔力が見分けできないから。その間に早く通るんだ」とおじは、ジガを初め、全員の炭を塗った状況を確認し、肌色を残さずに塗り付けた。「じゃ完璧だ。だけど、これで安全とは言えない。だから、どうしてでも白街に入れ。そして、直接雲の駅に行って家に帰れるんだぞ」と真剣に言い、ホルチとシラフの上着を手に取った。
「だめだ。危ないから」とホルチとシラフは同時に言った。
「今度は僕のことを聞け」おじは、ホルチとシラフを引き寄せて「俺が彼らの気を引くから、どうしてでもジガとアギを連れて白街に駆け込むんだ」とこれまで見せたことがない真剣な顔を出した。
「おじ、僕がもっと速く走れるから」とホルチは、おじの手から上着を取ろうとした。
「ホルチ、今度は俺にまかせて。俺が何の後悔もなく家に帰りたいんだ」とおじは、ホルチの肩に手を置いた。
「いや、おじ。この機会を逃せば、永遠に家に帰れられないかもしれないよ」とホルチは声を震わせた。
「誰が家に帰らないと言った?安心して帰るためだ。俺がこの街で十年近く生きた。どうやって逃げるか誰よりも分かっている。それに、どんな時よりも家に帰りたい。だから安心して。駅で君たちに追い付くから」と暗い路地へ入っていった。ホルチが彼の後ろから追い付いて「これを持っていって。おじいさんの鏡だ。きっと役に立つと思うから」と小さい鏡を渡した。
「おじが彼らを騒がせる時、二つに分かれて、白街に向かおう。シラフ、君がアギと、ジガが僕と」とホルチは涙を拭きながら戻ってきて言った。彼らが息を潜めて、暗がりの中で、おじの現れを待った。
金一色の服に、金のアクセサリーをピカピカ光らせた黒魔女は、昼間の落ちぶれた印象と違って、威厳よく手下に命令し、黒街から白街に入る人々を厳密に調べていた。その横に、いくつかの長い立札にホルチとシラフの様子を描き、メッセージをくれたモノに、金一箱、捕まえたモノに金十箱と書かれていた。そのため、手下以外にも、その賞品に目が狂ったモノが周囲に群れるのだった。
「愚か者ども。彼らの影も見つけていないとは…」と黒魔女は手下に怒鳴り付けた。彼女はいても立ってもいられないようだった。
「魔女様…」体中に変なものをいっぱいぶらつけた太った大男が息を重ねて駆け寄って「あちらに、ホルチの匂が現れた」と言った。
「何をもたもたしているか。早く追え」と黒魔女は何人かの大男を連れて、昼間シラフに切られて縄が少しだけ残った鞭を上げて走り去った。
「行こう」ホルチは呟いた。彼らは二つに分かれて、人群れに入り、白黒街の境に向いた。彼らは人々の影に隠れ、必死に前に進んだ。
「騙された。あの子じゃない」黒魔女のかん高い叫び声が離れたところから聞こえてきた。「裏切れ者!裏に仕組んでいたのはお前か。あのガキたちはどこだ?ボロボロにしないと、気が済まない」
それとほとんど同時に、爆発するように火が飛び散り、赤い炎が人々の頭上に飛び上がり、悲鳴や足音が広がって、街中が騒ぎ出した。すると、割と緩やかに進んでいた人群れが、堰を切った水のように白黒街の境へ雪崩れ込んだ。変なことに、白黒街の境に入口も、見張りもなかった。ただ、半透明なグラスのようでも、水の流れのようでも白めなものが果てしなく聳え立ち、左右に無限に広がるばかりだった。もっと向こう側が見えない。ある人がそこに溶け込むように消えるが、一部の人は何度ぶつかっても跳ね返されていた。ホルチとシラフは、人の流れに潜れ込み、ジガとアギを引っ張って、そこへ懸命に走った。混乱する人の流れの中で、黒魔女の手下たちはまるで激流の中で魚を拾う熊のようにホルチとシラフと似た者を引き留めていた。
「あそこだ」ある痩せこけた男がホルチのほうに指さした。
「もう一人がそこだぞ」ともう一人の大男が叫んだ。すると、何人かの男が彼らを囲んできた。切れた鞭を高く上げて、黒魔女も悲鳴のように叫びながら駆け付けるのが見えた。彼女の後ろに、髪の毛が焦げた何人かの男が、おじを引っ張ってきた。おじは気を失ったかびくっとも動いていない。ホルチは、白黒街の境を一目見た。もう何歩しか離れていなかった。ちょうどその時、二人の男が襲ってきて、彼の腕から掴んだ。すると、横に立っていたジガがいきなり男の腕にしがみ付いて思い切り噛み付けた。あの男は、ホルチを掴んでいた手を放し、ジガを横に突き跳ねた。その隙間に、ホルチは前に立つ二人の男を境へ突き放した。彼らは、ドンと音を立てて、横に倒れた。だが、ちょうどその時、外の男たちが駆け付いて、長い鞭でホルチを巻き付けた。ホルチは、必死にもがきながら、ジガ、アギとシラフを境へ押し付けて「早く行け。遠いほどいい」と叫んだ。三人は、まるで水に溶け込むように堺に姿を消した。男たちに引っ張られながら、ホルチは手を見た。先白黒の境に触れた時の触感がどんなに気持ち良かったか。彼は、涙の潤んだ目で境を眺めていた。
「愚かな者ども、これから永遠に自分がしたことを後悔するだろう。まあ、全部を捕まえることができなかったが、主犯たちを捉えたから…」黒魔女は、赤くなった目でおじとホルチを見「我が財産の半分あまりを失わせた罪を君らは何で返すか見ようか。地獄に落ちたほうが幸せと嘆くぞ」と憎しみに満ちた声で怒鳴った。それから、切れた鞭を長く上げて、呪いを唱え始めた。すると、真っ黒な煙のようなものが、黒魔女を回ってぐるぐると巻き出した。ホルチとおじを掴んでいた男たちが、怖気づいて後ずさりした。
「ごめんな、ホルチ。君らが行けるまで持てなくて」という弱い声がホルチの耳に入った。ホルチが横を見れば、体が傷に覆われたおじが彼を見ていた。
「おじ、大丈夫か」ホルチは声を震わせた。
「大丈夫だ」おじは苦くほほ笑んで「君を無事に家に帰せなくて悔しいよ」と悲し気に言った。
「そうじゃないよ。おじのおかげで、彼ら三人が無事に家に帰れられたよ」ホルチは涙を呑み込んで「おじも帰られたらどんないいか」と黒白街の境を眺めた。彼もその向こう側が見たかった。突然ホルチの心の中に強い希望が生まれた。これで終わるはずがない。どうしてもここから離れたい。その向こう側に入りたい。家に帰りたい…ホルチは、期待に膨らんだ顔でおじに言った。「おじ、僕たちも家に帰ろう」と。
おじの顔にも穏やかな微笑みが浮かんだ。
「潰せ」と黒魔女が鉄でひっかくような耳をつんざく声で吐き出した。すると、彼女の体を巻いてぐるぐると回っていた煙のようなものが、矢のように飛んできた。ホルチは思わずに目を閉じて、手で頭を抱えた。
「何だこれ」というおじの驚きの声が聞こえた。ホルチが目を開けて、びっくりした。何と彼の腕に巻いていたおじいさんがくれたハンカチのような時計の数字が眩しく光り、寸前に近付いた黒い煙のようなものをフリーズさせたのだった。驚きはそれだけではない。周囲の全てがフリーズされていた。鞭で彼らを指した黒魔女の唇が気味悪く歪み、唾を飛ばしたまま、囲んで立つ男たちはもっと様々な姿で硬直していた。興味深く彼らを眺めるものもいれば、怯えた顔で黒魔女を見据えたものも、手で目を遮ったものもいた。人の群れも凍ったように止まり、周囲はしんとした静けさに埋もれていた。
「不思議だ。おじのくれたプレゼントが時間を止めたようだったな」ホルチは字のまだピカピカ光る時計を見て叫んだ。
「よかった」おじは息を大きく吸い込んで「早くここから離れよう」とホルチを引っ張って走ろうとした。
「ちょっと待って」ホルチは宙に止まった黒い煙のようなものを黒魔女のほうに向けて「お前もこの味を見て」と言った。二人が黒白街の境に駆けついたところ、一気に人々の騒ぎが戻ってきた。ホルチがおじに引っ張られながら振り返ってみた。
「ア…」という凄まじい悲鳴とともに、黒魔女が自分の呪いに的中され、一瞬バラバラになり、空気中に散った。
「あれ…あれ…」と何人かの男が境に走り込むおじとホルチを指して騒ぐのだった。
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シラフと火の国 @GalqinAliya
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