第4話

  ホルチは、今どんなことにもシラフに相談するようになった。そのことにシラフはうれしかった。おじも、ホルチに良い友ができたことで喜んでくれた。次の朝、シラフが起き上がると、ホルチが布袋を肩に付け、出かける準備をしていた。

  「まだ木の種に行くの」とシラフは服を着た。すると、ホルチが急いで「今日は僕だけが行くから」と言った。

  「どうして?」シラフは意外だった。

  「木の種に行かないから」とホルチは詳しく話すつもりがなさそうにだった。少し黙ってから、彼は真剣な顔で言い出した。「もし僕が夜まで帰って来なかったら…君がジガを連れて帰れ」と。

  「なんで?みんな一緒に帰るんじゃないか」とシラフは慌てて聞いた。

  「もし…」ホルチは少し黙り込んでから「もし僕が帰ってこなかったら、おじとアギは帰れない。そんな場合、君がジガを連れて帰るんだ。おじが君らを送っていけるところまで、送っていくと思うから。そこから先は、自分たちで行くんだ。途中でジガを頼むよ」と微かに震えた声で言った。シラフは、はっとホルチがどこに行くか分かった。この前、アギの魂とおじの記憶がまだ見つかってないと心配そうに言っていた。シラフはベットから跳び起きた。

  「僕も行くよ」シラフは決心した声で言った。

  「だめだ」ホルチはきっぱりと断った。

  「どうしていけないんだ。力になりないよ。僕も一緒に帰ることを望んでいるから」シラフは納得できなかった。

  「今度は危険すぎる。帰ってこられないかもしれない」ホルチは真剣な眼差しで言った。

  「だからこそ、一緒に行こう」シラフは、ホルチをまっすぐ見ながら力を込めて言った。「そして、一緒に帰ろう」

  ホルチはシラフをしばらく見据えてから頷いた。ドアを開けると、日差しが眩しく差し込んだ。二人は、熟睡する三人を一目見て、真上に聳える山の頂上に向いた。

  しばらく登ると、彼らは、山の頂上に着いた。山の裏側にたくさんの洞窟が、まるで無数のネズミの穴のように黒がって見えた。

  「何だこれ?」シラフは息を吸い込んだ。

  「夜の街の昼の姿だ」と言い、ホルチは一つの大きな洞窟の前に着いた。その入り口が北に向き、中が真っ暗だった。

  「ここはどこ?」シラフはぞっとした。

  「黒魔女の店だよ。僕が昼間は、木の種を拾う以外、この洞窟を探し出すのに時間を使ってきた。そして、つい先日見つけ出したんだ。」ホルチは息を大きく吸い込んでから真剣な顔で「おじの記憶とアギの魂がここにあるはずだ。黒魔女は大きな店を持っているだけではなく、火の国一の裏商人で、多くのモノが彼女の手を経て売られていくんだ。だから、その倉庫にさえ入れば、ほとんどのモノが見つかるぞ。前回、君が彼女の注意を引いていた時、ジガの健康だけ探したの。だって、それが夜しか見つからないからな。今度は、どうしてもおじたちのモノを探し出すぞ。もう最後のチャンスだから」と言い、洞窟に入っていった。

  シラフは信じがたく立ち竦んだ。彼がどんなに想像を膨らませても、これがあのにぎやかな街で聳える立派な古代風の建物の中に、金銀や宝石が山のように積まれ、客にあふれた店と繋ぐことができなかった。ただ、彼の耳の先を掠めさせて過ぎる北風の鳴き声が、不気味に響き、地肌を立たせるばかりだった。

  「黒魔女が寝ている間に急ごう」というホルチの声にシラフは我に返った。彼は、息を潜めてホルチの後に付いた。

  凸凹で、薄暗いトンネルをしばらく進むと、目の前に大きな黒いカーテンがなびいて見えた。それと同時に、いびきの声がとどろいて聞こえた。ホルチは足を軽く運んで、それに近付いた。そして、シラフに進む合図をした。シラフが足先で踏みながら、そっとカーテンを抜いた。目の前に、天井が高くて、広い洞窟が現れた。その床いっぱいにいろいろながらぐたが山積みになっていた。お椀や皿のかけら、凸凹にされた缶や箱、ボロボロになった衣服、何より目立つのは山のように積まれた石ころやカビの付いた鉄だった。それらが地面を覆い、吐き気を誘う匂いが満ちていた。その中に、顔色があおざめて、でぶでぶ太った女が、黒がった木の葉の積みに寝ていた。その服の色が褪せ、手足や首に黄色みの錆で覆われた鉄の輪をつなげて付けてあった。彼女は、両手で首にかかった鉄の輪をきつく握り締めていて、それを取ろうとしているか、付けようとしているか、シラフには見分けが付かなかった。

  ホルチは、石の山の横を通り、中へ進んだ。シラフは、女をもう一目見て、あの金色のドレスに金のアクセサリーを輝かせ、高い値段を付けることで人の目を浴びていた黒魔女だとは信じられなかった。彼は、床に転がる石ころや錆の付いた鉄を見回して、これが夜の街の金銀と宝石だったかと思うと、これらのために愛情と健康を犠牲にした人々のことが惜しかった。シラフはつい軽くため息を付き、先に進んだところ、横に倒れてあった鉄のバケツにつまずいた。バケツががらがらと音を立てながら転がった。いびきの音がしんとし、ホルチとシラフが慌てて地面に這った。

  「金カギや、命の綱…我が宝や」黒魔女は寝言のように口ごもって「いる。いる。いい子だ」と寝返りを打った。そんなに経たない内に、いびきがまだとどろき始めた。

  二人は、そっと歩きながら、次の洞窟に入った。それは天井が低く、細長かった。びっくりしたことに、その壁や天井に変な形をした彩りのものがびっしりとぶら下げられていた。その中が半透明で、気体のようなものが詰まれ、何個か彩りの糸のようなものが静かに泳ぐのだった。

  「これは人の記憶だぞ」とホルチは、数えきれないほど多くの彩りのものを指した。

  「これが全部?そんな」シラフは呻いた。

  「ひどいよ。彼らはこれで料理を作るか、お酒を造って、大儲けするよ。実は、人々は自分の愛や健康や魂を売って、その料金で、他人の愛や健康や魂で作られたものを買うんだ。あげくに、誰にも何も残らないさ。空しいことだ」とホルチはため息をついた。彼は、布袋からおじの指輪を取り出して「おじの記憶がまだ残っているといいけどな」と呟いた。

  「どっちがおじの記憶か、どう分かるの」シラフはホルチに近付いて聞いた。

  「もしこの中にあったら、おじのものに近付かせば、何かの反応が出るはずだ」と言いながら、ホルチはおじの指輪を高く上げて、洞窟の中へ入った。ホルチが洞窟を横切っても、記憶たちは、まるで眠っているかのように、何の反応も見せなかった。

  「まさかもう転売されてしまったか」ホルチは焦って、指輪をもっと高く上げて力強く振った。すると、シラフの目に不思議な景色が入った。何と洞窟の中心に突き立つ高めな崖の先にぶら下がっていた丸い形の気体が、突然生き返ったかのように彩りにかすんだ。その中に何人かの子供、一人の中年女と二人のお年寄りの顔が映し出されては消えていた。

  「あったか。よかった」ホルチは救われた声で言った。「これでおじも家に帰られるぞ」彼は素早く崖に登り、それを取ってシラフに渡した。シラフは、その不思議な触感に驚いた。それはしなやかで、気の緩んだこぶし大白いバローンのようだった。

  「これからアギの魂さえ見つければ…」ホルチはおじの記憶を指輪と一緒に胸ポケットに入れながらうれしく言った。

  「ここにあるの」とシラフも興奮を抑えきれずに聞いた。

  「もっと密かなところにあるはずだ。黒魔女たちにとって、魂は一番貴重で、一番儲ける商売だからな」と言いながら、ポケットから掌大の布切れを取り出した。上に何かが描かれていた。

  「地図か」とシラフは覗き込んで尋ねた。

  「そうだよ。ここの夜の地図だよ」ホルチはそれを念入りに見ながら「おじが秘密の洞窟があると言っていたけど、どこかな」と言った。

  「おじが描いたの」シラフは心の中でのおじの印象がますます膨らみ上げるのを感じながら聞いた。

  「そうだよ。何回か黒魔女に連れられて倉庫に入ったことがあったらしい。その時に見たのを書き下ろしたもの。すごいだろう」ホルチは誇らし気に言い、地図の上一段と目覚ましく描いた赤い印を指して「この辺に扉があるはずだな」とさらに奥へ入り込んだトンネルに入った。そしてトンネルの壁を詳しく見ながら触ってみた。シラフも触ってみたが、滑らかで、特に何もなかった。

  「この出番か」と言い、ホルチは布袋から小さい鏡を取り出して、トンネルの中を映した。すると、驚いたことに、先触っていた壁に大きな扉が現れた。

  「不思議な鏡だな」シラフは声を上げた。彼が火の国に来た日にも、ホルチがこの鏡で魂狩り人の顔を照らして、その手から逃げ出たことを思い出した。

  「おじいさんのくれた鏡だ。悪いものに会えば、照らせと言われたんだ」とホルチはまたしても誇らしく言った。

  扉をくぐって、二人は秘密の洞窟に入った。なんと広い洞窟いっぱいに鳥かごだった。一列一列の木の棚が床から天井まで積まれ、その上に数えきれないほど多くの鳥かごが並べてあった。近付いてみると、中にいろいろな種類の鳥が閉じ込まれていた。

  「鳥が魂か」シラフは信じがたく呟いた。

  「じゃないよ。だけど、魂を鳥につかせたみたい」ホルチは洞窟の奥まで続く木棚を見渡して「かわいそうに」と口ごもった。

  「アギの魂をどう分かるの。まだ何か持ち物で見つけるか」シラフはまだ呟いた。

  「今度は名前で呼ぶしかないよ。アギの魂をつかせた鳥が鳴ると思うから」とホルチは列の間を歩きながら「アギ…アギ…」と呼んだ。

  「アギ…アギ…」シラフも呼んだ。

  初めは鳥が驚いたような音を立てていたが、突然ほとんどの鳥が、彼らに向いて大声で鳴ったり、翼を振ったりした。

すると、籠が動き、木棚が揺れ、騒音がますます大きくなり、洞窟いっぱいに響いた。

  「くそ泥棒め、今度こそ逃さないぞ」という怒鳴り声が、鳥の騒音でどうするか分からずに立ち竦んでいたホルチとシラフの背後から上がった。彼らが慌てて振り返れば、黒魔女が長い縄の付いた鞭を持って立っていた。

  「早く逃げて」ホルチは一列隔てていたシラフに向いて叫びながら走り出した。彼らの後ろから耳を劈く鞭の音が追ってきた。シラフがどんなに懸命に走っても前に進まず、長い縄に巻き付かれた。

  「私の物に手を出すなんて」黒魔女のぞっとさせる声が、シラフの耳に差し込んだ。「この世一の罰が何か味わせるぞ」

  ちょうどその時、ホルチが彼女の後ろから駆け寄って、例の小さい鏡を彼女の顔に当てた。その瞬間、鏡から炎のようなものが散った。

  「ア…熱い」と黒魔女は目を覆いながら後ずさりした。その隙間に、ホルチはシラフを引っ張って出口に向いた。

  「てめえ、何をした?目が…目が…」と黒魔女の悲鳴が続いた。それから、彼女は憤りに満ちた声で呻いた。「目が見えなくても…君らを逃さないぞ」

  彼女は狂ったように、鞭で殴り続けた。すると、木棚が相次いで倒れ、籠が床いっぱいに落ちてきた。籠が開けられ、鳥が飛び立つ声や籠ごとに地面に落ちてバタバタとする音が響き、洞窟中がこれまでなく騒いだ。ごちゃごちゃに落ちた棚や籠が、地面に高く積まれ、彼らの行く手を塞いだ。二人は懸命にもがき、ようやく混雑する洞窟から逃げ出した。息を重ねながら、やっとの思いで最後の洞窟の出口から走り出たところ、突然耳をつんざく音が響き、全身が痺れていった。何と彼らは、蛇のような黒い鞭に縛り付けられたのだった。

  「逃げるつもりか。君らを籠に閉じ込んでおくぞ。永遠に」と黒魔女は、ホルチの鏡に焼かれて赤く腫れた目を見張って、憎しみに満ちた声で叫んだ。彼女が冷や冷やと笑いながら、彼らを洞窟の奥へ投げ付けるところ、変なことが起こった。突然細長い白い布がそっと伸びてきて、彼らを洞窟から引き出したのだった。

  「おじいさん…」ホルチが、長い白髪に白いひげを伸ばしたお年寄りを見たとたんわくわくした声で叫んだ。「なぜここに?」と。まるでどんな目にあったか忘れてしまったような顔だった。

  「なぜここにだと?君が来なかったら、わしが来るか。バガ息子め」とおじいさんが愛しく言い続けた。「君は本当に恐れなしだな。ここまで来るなんて」

  「そうだったか。老いぼれめの仲間か。こんなちっぽけな子が私に挑むのは可笑しく感じていたぞ。君が背後から煽っていたな」と黒魔女は洞窟の陰から叫んだ。

  「わしが煽ったからか。欲を氾濫させて、善悪を問わず、君のと、君のじゃないものをいっぱい集めたから…様々な敵を誘っていると思わないか」おじいさんがゆっくりと言った。「彼らに手を出すな。わしが連れていく」

  おじいさんが、ホルチとシラフを前に入れて歩き出したところ、鞭の音が再び鳴り、黒縄がおじいさんの長い白髪に巻き付いた。

  「老いぼれめ、君こそ私の獲物に手を出すな。山の表に鳥どもを飼わないで、ここに来て私の邪魔するとは。余計なお世話だぞ」と黒魔女は怒鳴った。

  おじいさんは慌てた様子がなかった。彼が軽々と髪の毛を振ると、黒魔女は悲鳴を上げながら、鞭の向こう先にぶら下げられて、洞窟から連れ出された。すると、彼女はまるで粉で作られたように、よろよろと地面に這った。その体を覆った錆の付いた鉄の輪が虫の囁きのような音を立てるのだった。

  「見てごらん。太陽の光まで見えないくせに」おじいさんは穏やかに言った。

  「誰が見えないか」黒魔女が頭を振ると、髪の毛の先に付けた鉄の輪が下りてきて、その顔を覆った。彼女は、鞭にしがみつきながら「老いぼれめ、バガにするな。私に逆らったことを後悔させるぞ。君の正体を暴くから」と口に何か唱えた。

  驚いたことに、それと同時に、おじいさんが硬直し、木になり始めた。あっという間に、その足が、木の根となり、手が枝となり、髪の毛やひげが細い枝となった。彼は昨日シラフたちが登って、木の種を拾った巨大な木の姿になった。

  「私の奴隷になれ」黒魔女は勢いを増し、さらに大声で唱え続けた。

  「ダメだ。おじいさん」とホルチはおじいさんのところに駆け寄って、土に潜り込む足を引っ張った。

  「そんな好きなら、願いを叶おうわ」と黒魔女は意地悪く言い、ホルチをも鞭で巻き付けた。すると、ホルチの体も硬直し、顔が木の皮になり始めた。シラフは愕然とし、どうすればいいか分からず、石を拾って投げた。石が黒魔女に頭に当たっても平気で、ただ鉄の輪が揺れるだけだった。ちょうどその時、シラフの目に何か眩しいものが入った。よく見ると、ホルチの布袋から銀色の刀の柄が突き出て、ぴかぴかと光るのだった。シラフは懸命に走り寄って、それを取り出し、黒魔女の鞭を思い切り切った。すると、鞭の縄がまるで火に当てたかのように握りまでが焼かれ、黒魔女の悲鳴が山中にこだました。彼女の体がどんどん縮んでいき、骸骨だけになり、四つ這いになって、洞窟に逃げ込んだ。それとほとんど同時に、たくさんの鳥が、洞窟の出口いっぱいに飛び出してきて、おじいさんの髪の毛でできた青々と茂った木の枝に逃げ込んだ。

  「やれやれ…」おじいさんが、巨大な木から大柄な人の姿に変わり、頭をかきながら「おいおい、こんな多くの客か」とほほ笑んだ。ホルチの体を埋めていた木の皮もなくなった。

  「まさか、おじいさんはその大きな木だったか」ホルチは信じがたく聞きながら、自分の顔を触った。彼も木になったかどうか確認しているようだった。

  「バガ息子よ、わしのところの鳥になりかけたぞ。突然駆け寄って危なかったよ」とおじいさんは優しく言った。

  「だって、おじいさんを木にさせて、安心して家に帰られないよ」ホルチは口ごもった。

  「わしは根を深く差して、彼女の洞窟を根ごとに取るつもりだったからな」とおじいさんが笑った。

  「だったら、早く言えばよかっただろう」ホルチは余計な心配をさせたと言わんばかりにもぐもぐ言った。

  彼らの話を聞きながら、シラフは思わずほほ笑んだ。ホルチがちょうどあの巨大な木に文句を付けていると思うと不思議でならなかった。

  「もう一人のチビッ子だな」おじいさんが愉快な笑いを浮かべて「昨日、わしの髪の毛から引っ張っただろう。今までちくちくと痛いぞ」と冗談ぽく言った。

  シラフが唇を噛んで何と謝ればいいかと思っていると、おじいさんは大声で笑いながら「君らのおかげで、楽しい一日を過ごせたぞ」と朗らかに言った。

  「先、どうやって黒魔女の鞭を切ったの」ホルチは近付いてきて、シラフに聞いた。

  「君の刀で」とシラフは手に持っていた刀をホルチに見せた。

  「何だと?刀?」ホルチは、刀を手に取り「これ鏡だろう」と驚きの声を上げた。

  「刀だよ」シラフはホルチの手を見て言った。

  「これは人の必要によって違う姿になるものだ。ホルチに鏡になり、シラフに刀になる。僕には杖になるけどな」とおじいさんは大声で言った。

  「おじいさん、こんなすごいものを僕にくれたのか。本当にありがとうございます。僕たちは今晩家に帰るんだ。その前に会えてよかった」とホルチの目に涙がかすんだ。「これをお返しします」と鏡を渡そうとした。

  「それは急がないでよいぞ。時になれば、自然に戻ってくるから」とおじいさんはひげを撫でた。それから優しくほほ笑んで「もうそろそろ太陽が下りるぞ。行きなさい。夜が深まるほど黒魔女たちの力が強まるから、その前に白街は入れ」と言った。ホルチが別れがたく歩き出したところ、おじいさんの声がまだ聞こえた。

  「これを取らないの」彼は髪の毛をやさしく撫でて、真っ白なハトを取り出して「アギの魂を探しにきただろう」とほほ笑んだ。すると、白いハトがうれしく鳴ってから、飛んできてホルチの肩に止まった。

  「よかった。これでアギも家に帰れるぞ」シラフが喜びの声を上げた。

  「外の魂たちはどうなるの。主人に戻れるの」ホルチは心配そうに尋ねた。

  「それは彼らの因果だ」とおじいさんは真剣な顔をした。それから微笑みを浮かべて「チビッ子たちよ、人のことばかり心配して、自分のことを忘れているだろう。君らもここに来たのは、何かの因果だろう。それを分からずにどうやって家に帰るか」と言いながら、袖を振った。すると、彼の手に力なく垂れたハンカチ大の時計と古くて壊れそうになった揺りかごが現れた。

  「君たちの善行に、私からお礼をあげよう」と誇らしげに言った。

  「因果?」ホルチは目を大きく見開いて「僕たちがここに来てから何も売っていないし、夜のものを食べても、使ってもいないから」と言った。

  「それはここに来てからのことじゃ。だけど、君らがここに来たのは何かの因果からじゃろ」とおじいさんは二人を意味ありげに見た。

  「僕たち家に帰られないの」ホルチとシラフは慌てて、同時に聞いた。

  「だから、わしのお礼がそれを補うかもしれないだろう」とわくわくした顔で、おじいさんは例の二つのものを高く上げた。だけど、ホルチとシラフはそんなに好まない顔をしながら、立ったままだった。彼らから見れば、おじいさんのお礼が、黒魔女の洞窟にあったがらぐたのようだった。

  「早く来て取らないの」おじいさんは、意外な顔で促した。

  「おじいさん、ありがたいけど、ちょっと古い過ぎるんじゃないか」とホルチはすっぽりと言ってしまった。

  「バガ息子だ。この世に来て、こんな多くのことを見たのに、まだ表面的な現象にとらわれているんだぞ」おじいさんは、ホルチへ時計を、シラフへ揺りかごを投げて言い続けた。「行け。ここで夜を迎えるつもりがなかったら」

  「おじいさん、これをどうするの」ホルチは、手に垂れた時計を気味悪げに見ながら口ごもった。

  「バガ息子、自分で悟れ」という声が響き、おじいさんの髪の毛や服が青々とした木に変わり、風が引いた。その枝や葉っぱの間にいろいろな鳥が飛び遊ぶのが見える。

  「行くの。僕たちも山の表に送ってくれないか」ホルチは叫んだ。

  「困難を乗り越えれば、人生の本当の味を分かるぞ」というおじいさんの笑い声とともに、木が丸ごとに竜巻のように飛んで行った。

  「お礼を気にいらなかった仇を討っているの」ホルチは山の頂上を超える緑の竜巻の後ろから叫んだ。すると、「ははは」という朗らかな笑い声が山中に響き、静かになった。

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