しゃち #3


 朝食バイキング会場から持ち帰ったコーヒーを傍らに、


 俺はワードで、報告文を打ち込む。



『買収に向けた交渉経過』役員会提出資料1。

 新しい生産拠点――その進捗については――……。



「ふぅ」、と息をつく。もうひと頑張り。


 ――と、そこに入電。

 上司からだ。なんだろう……?



「っ、おはようござ……えっ? ……朝イチの便? 今から……ですか?」


 帰社の命令。

 一日前倒して。


「……わかりました」――電話を切る。

「……成果が上がらないんじゃ、な」

 頭をがしがしと掻いて。

 ――ひとつ息を漏らすと、俺はスーツに着替え直す。

 淡々と、荷物を片付け始めた。



 冷蔵庫の中を確認。

「……」飲まずに置いたエナドリの。

 缶をそっと指でなでて――マムートのリュックにしまう。


「可愛い子だったな」

 できれば最後に……会いたかったけど。


 時間はない。

 すぐ、行かなくては。


 俺は無人機でチェックアウトを済ませると、タクシーに乗り込む。


「どちらまで?」

「厚寒駅――いや、空港まで、お願いします」


 途中、窓から見えたアーケードは、寒空から降り注ぐ朝日の下で、まどろみの中にいるように静かだった。



     *


「っ、しゃぁ」せぇ。。……と声がしぼんで。


「――二百四十円になりまーす」

「――あざましたー」


 淡々と時間は進む。

 ――今日もまた、シフトが終わる。


「鮫川さん、今日は上がっていいよ」

「……お先っす」

 てんちょに挨拶して、更衣室で服を脱ぐと、


「……」


 つんと、胸が痛んで。


「……自分で飲むか」

 電話番号を忍ばせたラベルを剥がすと。


 あたしは渡せなかったスコーラのボトルを。

 そっとカバンの奥にしまった。



『でさー、』あの日、大学の友達と札駅近くを歩いていたとき。


『――よし、飲みに行くかぁ』『、はい……』

 いかにも飲みニケーションに付き合わされてます感バリバリのおにーさんを見つけた。お疲れ〜っ、て思ってたけど……。


『――ぁ、』

 シフトに入ったら、あのおにーさんがお客さんでやってきて。


『――、っしゃぁせぇ〜⭐︎』

『ッ!(びくっ)』

 ちょっとだけ、励ましたくなっちゃったんだ。

 疲れたままでいるのは、つらいから。



 ……タイプ、っていうのも、あったんだけどね。



 短いやり取りの中でも、波長が合う気がして。

 だから、また会えた時は嬉しかった。こんなこと素直に話したら、絶対引かれるだろうけど。。



 一つだけ悩んだのは、……東京からのお客さんだってこと。


 そうそううまくいかないかぁ〜。。と凹みました。


 それでも、赤い糸は届くかも知れない!

 自分を奮い立たせて、連絡先を渡そうとしたのだけれど。


 ……もう彼はこの街にはいないだろう。



「自爆だな、こりゃ」

 不意に自嘲する。


 一人で熱くなって、勝手に振られて凹んでる。なんという失恋マッチポンプ。


「鮫川さん、来月のシフトどうする?」

 更衣室を出て靴を履き、

 出がけにてんちょから、声をかけられる。


「扶養とか気にしなくていいんで、ガンガン入れちゃってください!」

 こんな時は何か打ち込むに限る。

 たくさんバイトして、お金貯めて。


 そのうち東京に遊びに行こう。

 ――もしかしたら、どこかで。

 ……なんて、夢の見すぎか。


 はーぁ、イイ男だったな。



 ――――――――

 ……(数日後)「お電話ありがとうございます♪セイホーマート厚寒駅前店、鮫川が承ります♪」


 ……へっ。。?



     *


「……で、」

「はい、」

「なぜ君がここに……?」

「えへへ……なんでですかね?」


 出張から帰ってきた一週間後。


 ――紗智さんがいた。

 会社のロビーに。


 タイトめな黒の巻きスカートに、白ニットと革ジャンがあま大人っぽい都会的なスタイル。


 周囲の社員の注目を一身に集めて――


 ――ふ、と苦笑い。

 あどけなさと大人っぽさが、表情にとけ合う。


「『相手方がすげー怒ってるんで直で届けないとブチ切れられるっスよ!』って店長にゴリ押しました!」

「俺めっちゃ悪役やないかい!!」


 思いっきりツッコんだら周囲から眉を顰められた。


「ちょちょ、、鯨岡さん、ここ会社なんスから……っ」

 しーっ、となだめてくる。


 しかし、スコーラを取ろうと屈んだ時に社章を落としてたなんて。


 総務からは「心当たりを教えてくれ」と、出張中に出歩いた先を報告してはいたが、総務の電話が紗智さんにつながるとは。


 ……そうか、店に電話する方法もあったのか。


 、、、? ――いやいやダメだろ! それただのナンパじゃねぇかよ。


「言っときますけど、ウチは伝えようとしたっスからね?」


 ばったり会った時、何か言いかけた瞬間はあった。けれど、


「言わせてくれなかったんだもん。……鯨岡さんがデレさせるから」

「っ、」


 え、、なに今の、可愛すぎるんですけど。



「……あの、」

「?」


 けど――彼女は、


「……明日、帰らなくちゃなんで。また、さよならですね……」


 眉を下げて、そっと告げる。



 だから俺は、


 柄じゃないと自覚をしつつも、


「っ、……その。そのうち、また出張で行くからさ。やり残したこともあるし。


 ……その時は、ちゃんといてくれよ?」



 流れる沈黙。

 瞬間――ぱっと目を輝かせて。


「――もしかして予約ですかっ!?」

「そ、そう、予約だ予約!」

「っ、じゃぁお電話番号控えますね!?」

「LIENで申し込めると、なおヨシ!!」



 渡された手帳に諸々書き込み、

 俺から手帳とペンを受け取り、仕舞い終えた彼女は。

 


「今ならお味見、できますけど……?」

「――――へ、」

「――ぁ、ゃっ、ちがいますっ!! そおゆうんじゃなくてっ、、、!」


 わぁわぁとやっていたら、


「っ、と、とりあえず仕事終わったら連絡するから……」

「かしこまりですっ……」


 業務のメールがあり、俺は退散した。


「……ダメだ、確実に仕事にならねぇ。。」


 さっきの刺激が強すぎて、ドキドキと鳴り止まない心臓の音が、いつまでも続いていた。


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思いつきを思いつきで終わらせないための小品集 みやび @arismi

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