しゃち #2


 カタカタ、とホテルで報告書を打ち込む。


「地元の理解は得がたし……と」


 交渉業務は正直苦手だ。

「はぁ、」

 本社からメール。

「……」

 一読後、俺はPCを閉じた。

 役員会がどうのこうのとあったけど、結論は同じだ。――自分の仕事をやらなくては。



 ふと背もたれに身を預ける。

 夜食を食べたい時間だ。……あの子はいるだろうか。


 部屋着に革靴をつっかけた俺は、ホテルを出た。


 外はしんと冷えて、ちらちらと雪が舞っていた。



 駅前商店街にさしかかる。

 頭上に高いアーケード。ところどころに、シャッターが下りている。


 すると、

「……ぁ、」

「――ぇ?」俺は白銀の髪から覗く目線に気付く。


「……き、奇遇、っすね……」

「っ、だな……っ」

 紗智さんとばったり、出くわした。


 トレーナーにロングスカート、スタジャンを羽織ったラフめな格好。――モロ、普段者。


「……もしかしてお店来てくれる感じでした?」

「っ! ゃ、その、飲み物でも買うついでに、ちょっと喋ろっかな~なんて……」


「、!」

 瞬間、彼女は肩を跳ね上げる。


「――な、」

 やらかした!


 ナニ勘違いしてんだ俺!?


 必死に言い訳の言葉を探す。

 バカみたいだ。この子にとっては、ただの客の一人だってのに……。


 だけど、


「ま、マジか。。」

「……??」


 瞬間呟いた紗智さんは――うっすらと頬を染めて。


「――も、もぉ、ダメですよ。ウチ予約制なんで」

「斬新すぎる」

 コンビニの新業態。


 そのまま、ちょっとだけ立ち話をしてくれた。

「へ、部屋は見せられませんからね……!?」

 一人暮らしの話題になったら急に焦っていた。

「それは仲良くなってからです」

「お、おぉ。。」

 何も聞いてないのにナニかの話をしていた。

 ……まるでその余地があるみたいに聞こえたけど。

 まぁ、深掘りはしないでおこう。独身男の下手な期待はイタいだけだ……。


「おにーさんは、あとどんくらいこっちにいるっすか?」

「あと二日。成果出せるかわかんねーけどさ」

 交渉が調わなければ、対応も変わるだろうけれど……。


 でも紗智さんは。

「――そんな弱気じゃダメっすよ。ほら、こっち来て……♡」

「っ、、?」

 ちょいちょいと手招き。


 目の前に立つ。

 ――ドキドキと胸が高鳴る。


 蒼い瞳が、見上げて見つめる。

 何かを言いかけて、唇が薄く開く。


 ――しかし刹那、


「――ほいっ♪」「――へ?」

「レポート書く用に買ってきたんだけど、おにーさんにあげます⭐︎」

「さ、さんきゅ。。」


 茶目っ気を浮かべた紗智さんは、エナドリを一本俺にくれた。


 ――な、ナニめっちゃ期待してんの俺!

 うわぁ、ちょー恥ずかしい。顔から火が出てる気がする。


「っ、もっと大胆でよかったかなぁ……?」

「へっ?」

「? ぁ、ううん、なんでも! じゃーがんばってくださいねっ⭐︎」

 にこっ、と微笑んで、紗智さんは通り過ぎる。


 瞬間、彼女の背中は立ち止まり、

 ――くるっ、と振り返る。


 ふわっと笑顔を浮かばせる。



 ――アーケード下に咲く、雪化粧の月下美人。



「東京に帰る日になったら、お店寄ってってください! 餞別にスコーラ、奢ったげますんで」


 頷くと、紗智さんは角を曲がって――「オヤスミ」、と密やかに告げる。


 彼女の去ったアーケードは。


 ――まるで幕の下りたあとの舞台のように。茫漠と感じられた。



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