花形医局の麗人～治す医師と看取る医師～

花形医局の麗人～治す医師と看取る医師～

――神の手（ゴッドハンド）を持（も）つ男（おとこ）の素顔（うら）――

月乃麗人（つきのれいじん）という心臓血管外科（しんぞうけっかんげか）の名医（てんさい）がいる。

彼（れいじん）は周囲の人々（まわり）から「麗人先生（れいじんせんせい）」と呼（よ）ばれ、「神の手（ゴッドハンド）」の異名（いみょう）をもっている。

院内（いんない）の花形（はながた）と言（い）われる「心臓血管外科医局（いきょく）」に所属（しょぞく）しているのだが、

いつもサボって、ゴルフの打（う）ちっぱなしに行（い）っている。

ゴルフショップの経営者兼（オーナーけん）レッスンプロの友人（つれ）や地元の有力者たち（ちょうろうたち）と連（つ）れ立（だ）って、ゴルフ場のラウンド（ラウンド）をまわる為（ため）、

体調不良（たいちょうふりょう）と偽（いつわ）って休む（サボる）ことも屡々（しばしば）である。

しかし、「神の手（ゴッドハンド）」と呼（よ）ばれるだけあって、手術（オペ）の腕（うで）は頗（すこぶ）る良（よ）いのである。

――深夜（まよなか）の緊急搬送（きゅうきゅうはんそう）と揺（ゆ）るがない診察（しんさつ）――

　或（あ）る日（ひ）、心臓血管外科（しんぞうけっかんげか）の麗人先生（れいじん）の当直（とうちょく）の時（とき）のことである。

　地元（じもと）の暴力団（ぼうりょくだん）である寺貫一家（てらかんいっか）の親分（おやぶん）「寺貫念侍郎（てらかんねんじろう）」が、胸部痛（むねのいたみ）を訴（うった）え失神（しっしん）してしまい、側近（とりまき）に付（つ）き添（そ）われて、救急搬送（きゅうきゅうはんそう）されてきた。

　　寺貫氏（てらかん）は、70代（だい）の恰幅（かっぷく）の良（よ）い男性（おとこ）であった。

　　仮眠（かみん）をとっていた麗人先生（れいじん）は、突然（とつぜん）看護師（ナース）に起（お）こされて、聊（いささ）か不機嫌（ふきげん）だった。

　救急搬送（きゅうきゅうはんそう）してきた消防隊員（しょうぼうたいいん）によれば、寺貫氏（てらかん）に、急性大動脈解離（きゅうせいだいどうみゃくかいり）の疑（うたが）いがあり、当直中（とうちょくちゅう）の心臓血管外科医（しんぞうけっかんげかい）の麗人先生（れいじん）が診察をす（み）ることになった。

　寺貫氏（てらかん）には、明（あき）らかに堅気（かたぎ）の人（ひと）とは違（ちが）った雰囲気（ふんいき）を醸（かも）し出（だ）している数名（すうめい）の側近（とりまき）がついてきている。

麗人先生（れいじん）は、側近（とりまき）を気（き）にも留（と）めず、手際良（てぎわよ）く診察をする（みる）。

１番目（１ばんめ）は、問診（もんしん）である。

　　本人（てらかん）に意識障害（いしきしょうがい）があり、きちんとした問診（もんしん）ができない状況（じょうきょう）。

2番目（２ばんめ）は、バイタルチェック、視診（ししん）、聴診（ちょうしん）、打診（だしん）、触診（しょくしん）である。

　①視診（ししん）

頸静脈怒張（けいじょうみゃくどちょう）と浮腫（ふしゅ）の確認（かくにん）

頷（うなず）く麗人先生（れいじん）。

　②聴診（ちょうしん）

聴診器（ステート）を用（もち）いて肺（はい）の音（おと）や腸（ちょう）の音（おと）、血管（けっかん）を通（とお）る血液（けつえき）の音（おと）を確認（かくにん）

頷（うなず）く麗人先生（れいじん）。

　③打診（だしん）

身体（からだ）の一部（いちぶ）を軽（かる）く叩（たた）いた時（とき）の音（おと）や振動（しんどう）の伝（つた）わり方（かた）を調（しら）べて、体内（たいない）で起（お）こっている変化（へんか）を探（さぐ）る。

頷（うなず）く麗人先生（れいじん）。

　④触診（しょくしん）

身体（からだ）の一部（いちぶ）を念入（ねんい）りに触（さわ）ったり押（お）したりして異常（いじょう）を探（さぐ）る。

頷（うなず）く麗人先生（れいじん）。

　⑤バイタルチェック

◆体温（たいおん）は、35.3℃（ど）

◆血中酸素濃度（けっちゅうさんそのうど）は、86%（パーセント）

◆脈拍数（みゃくはくすう）は、110回/分（まいふん１１０かい）

◆血圧（けつあつ）は、左右両側（さゆうりょうそく）で測定（そくてい）→右上肢血圧（みぎじょうしけつあつ）が左上肢血圧（ひだりじょうしけつあつ）よりも低（ひく）かった。

右上肢血圧（みぎじょうしけつあつ）が　80mmHg（水銀柱ミリメートル）　/60mmHg（水銀柱ミリメートル）、左上肢血圧が109mmHg（水銀柱ミリメートル）/86mmHg（水銀柱ミリメートル）

◆意識状態（いしきじょうたい）は、意識障害（いしきしょうがい）あり。

JCS（ジャパンコーマスケール）は、Ⅲ-200で、痛（いた）み刺激（しげき）で少（すこ）し手足（てあし）を動（うご）かしたり、顔（かお）をしかめるレベル。

頷（うなず）く麗人先生（れいじん）。

3番目（３ばんめ）は、血液検査（けつえきけんさ）　である。

凝固能亢進（ぎょうこのうこうしん）の目安（めやす）となるD（ディー）-ダイマーの結果（けっか）は凝固能亢進（ぎょうこのうこうしん）

炎症反応（えんしょうはんのう）の有無（うむ）を診（み）る白血球数（はっけっきゅうすう）（Wbc（ワイセ））CRP値（シーアールピーち）は上昇傾向（じょうしょうけいこう）

頷（うなず）く麗人先生（れいじん）。

4番目（４ばんめ）：心電図検査（イーシージーけんさ）である。

心電図（イーシージー）を覗（のぞ）きながら、首（くび）を傾（かし）げる麗人先生（れいじん）。

（心電図（イーシージー）からは何（なに）もわからなかった様子（ようす））

5番目（５ばんめ）は、画像診断検査（がぞうしんだんけんさ）である。

◆胸部単純エックス線検査（きょうたん）、レントゲン撮影である。

◆胸腹部造影CT検査（きょうふくぶぞうえいシーティー）を行（おこな）う予定（よてい）だったが寺貫氏（てらかん）に造影剤（ヨードけい）のアレルギー反応（はんのう）があった為（ため）、行（おこな）わなかった。

◆胸腹部MRI検査（きょうふくぶエムアールアイ）を選択（せんたく）した。

◆血管造影検査（しんカテ）は、ステントグラフト内挿術（しゅじゅつ）が必要（ひつよう）な場合（ばあい）に、検査（けんさ）と治療（ちりょう）が1度（ど）で終（お）わる方（ほう）が、寺貫氏（てらかん）への負担（ふたん）を軽減（けいげん）できるため、後回（あとまわ）しにする。

◆超音波検査（エコー）（心（しん）エコー、腹部（ふくぶ）エコー、経食道エコー（ティーイーイー））を行（おこな）った。

頷（うなず）く麗人先生（れいじん）。

　麗人先生（れいじん）は、寺貫氏（てらかん）の検査結果（データ）から、「急性大動脈解離（きゅうせいだいどうみゃくかいり）」と診断した（みたてた）。確定診断（かくていしんだん）とステントグラフト内挿術（しゅじゅつ）による治療（ちりょう）の為（ため）に、先（さき）ほど後回（あとまわ）しにした「血管造影検査（しんカテ）」の準備（じゅんび）をする。

――ステントグラフト手術（しゅじゅつ）と報恩謝徳（ほうおんしゃとく）――

　高齢（こうれい）の寺貫氏（てらかん）は、開胸手術（かいきょうしゅじゅつ）に耐（た）えることが難（むずか）しい。

　そこで、麗人先生（れいじん）は、心臓カテーテル（しんカテ）によるステントグラフト内挿術（しゅじゅつ）の適応（てきおう）であると判断（はんだん）した。

　今（いま）から手術（しゅじゅつ）をする旨（むね）を、側近（とりまき）たちに伝（つた）えると、

　側近（とりまき）たちは、麗人先生（れいじん）を睨（にら）みつけた。

その中（なか）の1人（ひとり）が麗人先生（れいじん）に迫（せま）ってくる。

　若頭（わかがしら）の秀樹（ひでき）である。

秀樹（ひでき）：「親分（おやじ）にもしものことがあったら、お前（てめー）、ただで済（す）むと思（おも）うなよ！」

と脅（おど）してくる。

　それでも麗人先生（れいじん）は動（どう）じず、淡々（たんたん）とした口調（くちょう）で、切（き）り返（かえ）す。

麗人先生（れいじん）：「寺貫氏（このひと）を生（い）かすも殺（ころ）すも俺（おれ）の匙加減１つ（さじかげんひとつ）だ！

あんまり脅（おど）すと失敗しちゃう（ミスっちゃう）かもしれないよ！

それからねぇ、寺貫氏（このひと）、普段から（いつも）旨（うま）いもの食（く）いすぎじゃないの？

コレステロール値（コレステロール）と血糖値（けっとうち）も高（たか）いよ！」

　すると、困（こまり）り果（は）てた側近（とりまき）たちは、顔（かお）を見合（みあ）わせ、縋（すが）りつくような瞳（め）をして秀樹（ひでき）を見（み）ている。

秀樹（ひでき）：「先生（せんせい）、申し訳ない（もうしわけねぇ）、親分（おやじ）を宜しく頼みます（ヨロシクたのんます）！」

と、秀樹（ひでき）が麗人先生（れいじん）に詫（わ）びを入（い）れて、側近（とりまき）たちは大人（おとな）しくなる。

　麗人先生（れいじん）は、更（さら）に続（つづ）けた。

麗人先生（れいじん）：「ベストは尽（つ）くす！

カテーテルで行う（やる）手術（オペ）だから短時間で終わる（はやくおわる）けど、

1週間程度（１しゅうかんていど）の入院（にゅういん）が必要（ひつよう）だ。

　殆（ほとんど）どの人が、術後（オペご）6週間以内（６しゅうかんいない）に元（もと）の生活（せいかつ）に戻（もど）れる。

　そして、術後（オペご）1ヶ月（かげつ）、6ヶ月（かげつ）、その後（あと）1年毎（ねんごと）の定期的（ていきてき）な受診（じゅしん）で、

エックス線撮影検査（レントゲン）やCT検査（シーティー）等（など）を行（や）って、フォローしていく必要（ひつよう）がある。

　ここからが大事なところ（きも）だから、ちゃんと聞（き）いて！

　術後（オペご）に、何（なん）かの原因（げんいん）で、大動脈（だいどうみゃく）からの血流（けつりゅう）が継続的（けいぞくてき）に、腹部大動脈（ふくぶだいどうみゃく）にできた瘤（こぶ）の中（なか）に漏（も）れる場合（ばあい）もある。

これをエンドリークって言（い）う。

エンドリークは、そのままで問題（もんだい）ない場合（ばあい）が殆（ほとん）どだけどね、

中（なか）には追加治療（ついか）で、再度（また）ステントグラフト内装術（しゅじゅつ）が必要（ひつよう）になることもある。

　人によっては大動脈（だいどうみゃく）にできている瘤（こぶ）が破裂（はれつ）する場合（ばあい）もあって、眩暈（めまい）、失神（しっしん）、頻脈（ひんみゃく）または突然虚脱（とつぜんきょだつ）が起（お）きたりもする。

　虚脱（きょだつ）って言（い）うのは、何（なん）かの原因（げんいん）で、血液循環（けつえきじゅんかん）が邪魔（じゃま）されて、急激（ぎゅうげき）な意識障害（いしきしょうがい）が起（お）きる状態（じょうたい）を言（い）う。

　歩行時（あるいているとき）に尻（しり）または脚（あし）の痛（いた）み、脚部（あし）の変色（へんしょく）、低体温症状（ていたいおんしょうじょう）が起（お）きたりすることもある。

　俺今（おれいま）、心臓カテーテル（しんカテ）によるステントグラフト内挿術（ないそうじゅつ）のデメリットについて言（い）ったからね！

覚（おぼ）えておいてね！後（あと）で絶対文句（ぜったいもんく）言（い）うなよ！

　とりあえず、今（いま）すぐやらないと、寺貫氏が危険だ（このひとヤバイ）から急（いそ）ぐ！」

と言（い）って、麗人先生（れいじん）とスタッフは手術室（オペしつ）に移動（いどう）した。

　寺貫氏（てらかん）の術後（じゅつご）の経過（けいか）は良好（りょうこう）で、１週間後（しゅうかんご）、無事（ぶじ）に退院（たいいん）の日（ひ）を迎（むか）えた。

寺貫氏（てらかん）：「麗人先生（せんせい）、世話（せわ）になったね、恩（おん）に着（き）るよ。」

と、寺貫流（てらかんりゅう）に一言礼（ひとことれい）を述（の）べた。

　秀樹（ひでき）と他（ほか）の側近（とりまき）たちも、一斉（いっせいに）に頭（あたま）を下（さ）げている。

秀樹（ひでき）：「麗人先生（せんせい）、世話（せわ）になりったな。

　まさか、親分（おやじ）の手術前（しゅじゅつまえ）に堅気（かたぎ）のアンタと掛（か）け合（あ）いの真似事（まねごと）をするとは思（おも）わなかったぜ。

　俺らにビビることもなかった（いもをひかなかった）。

　アンタみたいに骨（ほね）がある賢い堅気（インテリヤロー）もいるんだな。

　親分（おやじ）を救（すく）ってもらった義理（ぎり）をキッチリ果（は）たさせてもらうぜ。

　どうか、納（おさ）めくてくれ。」

と言（い）って、若頭（わかがしら）の秀樹（ひでき）は、現金（さつたば）がビッシリ詰（つ）まった桐（きり）の箱（はこ）を、麗人先生（れいじん）の前（まえ）に突（つ）き出（だ）してくる。

麗人先生（れいじん）：「おいおい、ちょっと待（ま）って！

あのさ～、ありがたくお納（おさ）めしたいのは山々（やまやま）なんだけど、

　これはさ～、コンプライアンス的（てき）にまずいんだよね～。

どうしてもって言（い）うならさ、俺（おれ）じゃなくて病院（びょういん）宛（あて）に頼（たの）むよ。

　例（たと）えば、アイソレーションガウン、フェイスシールド、マスク、自動血圧計（じどうけつあつけい）、身長体重計（しんちょうたいじゅうけい）、車椅子（くるまいす）、歩行補助器（ほこうき）、電動（でんどう）ベッド、ストレッチャー・・・まあ、何（なん）でも良（よ）いけど、

　患者（かんじゃ）さんやスタッフ全体（ぜんたい）の為（ため）に役立（やくだ）つような物（もの）を寄贈（きぞう）してくれた方（ほう）がイロイロ助（たす）かる。」

秀樹（ひでき）：「わかった。早々（そうそう）に寄贈する（やる）。」

と言（い）って、寺貫一家一同（てらかんいっかいちどう）は、帰（かえ）って行（い）った。

　数日後（すうじつご）、この病院（ここ）に、寺貫一家（てらかんいっか）より大量（たいりょう）の「アイソレーションガウンとマスク」、そして、複数台（ふくすうだい）の「車椅子（くるまいす）と歩行器（ほこうき）」が寄贈（きぞう）された。

――因果応報（いんがおうほう）――

　1ヶ月後（かげつご）、定期受診（ていきじゅしん）の日（ひ）がやってきた。

　予約時間（じかん）がきたのにもかかわらず、院内（いんない）に寺貫氏（てらかん）の姿（すがた）は、見当（みあ）たらない。

　その時（とき）、「70代男性（だいだんせい）、心肺停止（しんぱいていし）」という救急搬送受（きゅうきゅうはんそうう）け入（い）れ要請（ようせい）の連絡（れんらく）が入（はいり）り、救急車（きゅうきゅうしゃ）の音（おと）が近（ちか）づいてきた。

　救急車（きゅうきゅうしゃ）が到着（とうちゃく）した。

　消防隊員（しょうぼうたいいん）が、中（なか）の男性（おとこ）を救急外来（きゅうきゅうがいらい）へ搬送（はんそう）する。

　胸部（きょうぶ）が血（ち）だらけになったその男性（おとこ）は、紛（まぎ）れもなく、「寺貫念侍郎（てらかんねんじろう）」、その人（ひと）だった。

　寺貫氏（てらかん）は、心臓血管外科外来（しんぞうけっかんげかがいらい）を受診（じゅしん）に来（く）る途中（とちゅう）、一本独鈷（いっぽんどっこ）の寺貫一家（てらかんいっか）と、予（かね）てから敵対（てきたい）していた、大手（おおて）の川西組（かわにしぐみ）の若頭（わかがしら）涼壱（りょういち）に、胸部（きょうぶ）を複数回刺（めったざし）されたのだった。

　寺貫氏（てらかん）の付（つ）き添（そ）い「若頭秀樹（わかがしらのひでき）」が、救命救急（きゅうめいきゅうきゅう）の塩塚医師（しおづかいし）に向（む）かって話（はな）している。

秀樹（ひでき）：「本日寺貫氏（ほんじつてらかん）が予約（よやく）していた心臓血管外科外来（しんぞうけっかんげかがいらい）を受診（じゅしん）できなくなった旨（むね）を、麗人先生（れいじんせんせい）に伝（つた）えてほしい。親分（おやじ）を刺した（やった）野郎（やつ）の方（ほう）は、舎弟（しゃてい）が通報（チンコロ）してある。逮捕状（きっぷ）がでれば、逮捕される（パクられる）のも時間（じかん）の問題（もんだい）だ。」

塩塚医師（しおづかいし）：「承知（しょうち）しました。」

彼（しおづかいし）は聴診器（ステート）、ペンライト、腕時計（とけい）を用意（ようい）し、服装（ふくそう）を正（ただ）してから改（あらた）めて、丁寧（ていねいに）に死亡確認（しぼうかくにん）を始（はじ）めた。

塩塚医師（しおづかいし）：「救急救命医（きゅうめいきゅうきゅうい）の塩塚（しおづか）です。死亡確認（しぼうかくにん）を始（はじ）めます。」

――塩塚医師（しおづかいし）は、寺貫氏（てらかん）の布団（ふとん）と衣服（ふく）を捲（めく）りあげ、胸（むね）を開（ひら）いた。

続（つづ）けて、寺貫氏（てらかん）に聴診器（ステート）を当（あ）て、心音（しんおん）と呼吸音（こきゅうおん）の停止（ていし）を確認（かくにん）した。

そして、寺貫氏（てらかん）の口元（くちもと）に手（て）を持（も）っていき、息（いき）がかからないことを確認（かくにん）してから、

ペンライトで、瞳孔散大（どうこうさんだい）・対光反射（たいこうはんしゃ）の消失（しょうしつ）を確認（かくにん）した。

その後（あと）、塩塚医師（しおづかいし）は、美（うつく）しい所作（しょさ）で、捲（めく）った布団（ふとん）と衣服（ふく）を元（もと）に戻（もど）した。

そして彼（しおづかいし）は宣言（せんげん）した。

塩塚医師（しおづかいし）：「心臓（しんぞう）の停止（ていし）、呼吸（こきゅう）の停止（ていし）、瞳孔（どうこう）の開（ひら）き、対光反射（たいこはんしゃ）が無（な）い、ということを確認（かくにん）いたしました。」

彼（しおづかいし）は、ところどころ橙色（マンダリンカラー）を取り入れた斬新（ざんしん）な色使いのΛ（ラムダ）の腕時計（とけい）を見（み）て、時刻（じこく）を確認（かくにん）した。

そして、静（しず）かに告（つ）げた。

塩塚医師（しおづかいし）：「午前（ごぜん）11時（じ）42分（ふん）４４秒（びょう）、ご臨終（りんじゅう）です。」

　その場（ば）にいる、若頭秀樹（ひでき）と側近（とりまき）たち、看護師一同（ナースいちどう）、他の医療従事者（コメディカル）全員（ぜんいん）に対（たい）して、塩塚医師（しおづか）は優（やさしく）しく静（しず）かに声（こえ）をかけた。

塩塚医師（しおづか）：「お疲（つか）れ様（さま）でした。」

　そして、エンゼルセットという道具（どうぐ）で、死後（しご）の処置（ケア）をする看護師（ナース）に、彼（しおづかいし）は、こう言（い）った。

塩塚医師（しおづかいし）：「よろしくお願（ねが）いします。」

　看護師（ナース）に後（あと）を任（まか）せると、室内（しつない）の一同（いちどう）に、頭（あたまを）を下（さ）げて退室（たいしつ）した。

　死亡確認（しぼうかくにん）を終（お）えた塩塚医師（しおづか）が、医局（いきょく）にいる麗人先生（れいじん）に報告（ほうこく）する。

麗人先生（れいじん）：「クソがっ、せっかく俺（おれ）が救（すく）った命（いのち）を無駄（むだ）にしやがって！」

　彼（れいじん）は、思（おも）わず、足下（あしもと）のゴミ箱（ばこ）を荒（あれ）くれながら蹴（け）り飛（と）ばす。

　麗人先生（れいじん）の前（まえ）では、全（すべ）ての命（いのち）が平等（びょうどう）なのだが、

「お天道様（てんとさま）は、命（いのち）の所有者（もちぬし）の善（よ）し悪（あ）しをちゃ～んと見（み）ていらっしゃる」

という事（こと）なのだろう。

　寺貫氏（てらかん）を殺（あや）めた涼壱（りょういち）は、数日後（すうじつご）、警察（けいさつ）に身柄（みがら）を確保（かくほ）されたのであった。

（――　完（かん）　――）