1章 6話
自分の前で動きを止めた紅遠を、美雪も見つめ返す。
(天をも焦がす焔が如き真紅の瞳と相反する、冷淡な表情と白雪のような美しきお肌……。この美麗で尊き御方が……母を狂わせたのですね。何処か納得してしまいます)
マジマジと紅遠の顔を見つめ、美雪は冷静に思考を巡らせる。
同じように紅遠も、暫し逡巡してから――決意の籠もった鋭い瞳を向けた。
「私が最も愛した男と、最も難き女の子よ。――私の嫁に来い」
極めて真剣で重い声が――静まり返っている葬儀会場に、よく響いた。
だが数秒ほどすると、言葉の意味を理解した山凪国の者たちは――一様に驚愕の言葉を交わし始める。
漏れ聞こえる声の中には「あのような売女の娘、力なき嫁御巫を欲するなどとは! やはり傾国の奇人か」と、紅遠の正気を疑う声まである。
その言葉には、美雪も同意だった。
「……大変なご無礼と承知の上で、お窺いさせてくださいませ」
「何だ?」
「私の服装の意味は、ご理解いただけておりますでしょうか?」
「……白の喪服、か。貞女は両夫に見えず。夫が他界しても、他家には嫁がないという意思表示だな。急速に欧化している現代社会において、西洋の黒い喪服文化に染まらず古い因習を持ち出すとは驚きだ。……お前は、さぞかし銀柳殿に想いを募らせていたのだろう。いや、あるいは感謝か」
実際には、美雪は銀柳に嫁いでいたわけではない。未亡人でもない。
それでも下級使用人に服装を選ぶよう迫られ、感謝を示したく自ら白の喪服を手に取った。
他家に嫁がないというよりは、嫁ぐ機会など、ないだろうと思っていた節はある。
それに加え恩人である銀柳が他界したことへの、深い悲しみを示す意味合いも強かった。銀柳の死と同時に、自分も死んだも同然だという決意を胸に、この白い喪服へと身を包んだのだ。
美雪の中で、自分は既に――役割を終え、苦しみから冥府へ旅立ってるも同然だった。
そんな白い喪服の意味を理解しながら何故、紅遠は自分を娶るというのか。疑問に思わずにはいられない。
「……服装の意味を御理解なさっていながら、白の喪服で参列する私を何故、貴方様の嫁御巫に迎えなどと仰るのでしょうか。無能で罪深き私より、貴方様のような妖人に相応しき女性がいらっしゃるのではございませんか?」
「…………」
「……これは、復讐でしょうか?」
俯きながら問う美雪に、紅遠の眼差しが一層鋭くなる。
周囲の嫁御巫――特に和歌子と玲樺の、くすくす笑う声が響いて来た。
しかし、そんな声は――妖気を漂わせる鬼人の睥睨で止まる。
紅遠は、視線を美雪に戻し――。
「――そなたの母が私にしたことは、お前には関係ない。これは……おそらく、銀柳殿の遺志だ。不可解だった、私へ嫁御巫を一人迎えよとの言葉。そして――銀柳殿と難き女の実子である、そなたが嫁御巫に名を連ねていたこと……。これが偶然のはずがない」
そう語った。
紅遠の手には、大切そうに銀柳の花押が描かれた遺言状が握られている。
「そなたは不服だろうが、私は生涯の師であり最愛の友の願いを果たす。……そなた、名はなんと申す?」
「……朝原、美雪でございます」
「そうか。美雪、この話に否はない。銀柳殿に恩義を感じて白の喪服へ身を包んでいるならば、その遺志に殉じろ」
「……承知、致しました」
元から明確な上の存在――天上の存在とも呼ぶべき、妖人に逆らうことなど許されない。
美雪は、静々と頭を下げた。
白い喪服の袖を揺らしながら、深々と下げられる美雪の頭を暫し眺めた紅遠は、小さく頷くと――。
「――近いうちに、迎えを寄越す」
それだけ告げて、葬儀会場を去って行った。
圧倒的な存在感を放つ傾国の鬼人が去ると、雰囲気に飲み込まれたようになっていた山凪国の者たちは、徐々に我を取り戻していった。
「がっはっは! 俺の嫁御巫を奪うと聞いた時は、どうなるかと思ったが! 寄りにも寄って、何の役にも立たない嫁御巫を娶るとはな! 余程、国を早く滅亡させたいようだ!」
代々続く魂刀の混合が行われておらず、妖力は紅遠に遠くおよばない壬夜銀だが――今、この会場に居並ぶ中では、誰よりも強い力を持つ。
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傾国の鬼人と喪服の嫁御巫 長久 @tatuwanagahisa
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