第8話 怠惰な日常
学校に着く前には、周囲には同じ制服を着ている生徒たちがたくさんいた。みな一様に、怠そうな顔をしている。当たり前か。学校が怠くない奴なんて、一人もいないだろう。
遠くのグラウンドからは、野球部やらサッカー部やら陸上部やらの青春の声が聞こえてくる。今より朝早く起きて、起き掛けに激しい運動とか、拷問と変わらないと思うのは俺だけだろうか。
俺がそっちの方へ気を向けているのに気付いたのか、香澄が「そう言えば」と話しかけて来た。
「無月さんは、来週から始まる部活動の仮入部には参加されるのですか?」
「しない。怠い。面倒くさい」
「簡潔に行きたくない理由を述べましたね」
それ以外言うことはないからな。この俺が、誰かと集団行動をするなんてできるはずないだろう。
集団の輪の中にいる姿を想像してげんなりしていると、香澄がひょこっと顔を下から覗いてきた。
「では、暇ということですよね?」
「…………いや、忙しい」
「嘘つきの匂いがします。それでなくても、その間は嘘つきの間です」
勝手に決めつけんな。本当に忙しいかもしれないだろう。……まあ、暇なんですが。
なるべく小さく息を吐き、ちらりと香澄を見る。
目を爛々と輝かせて、俺の返事に期待しているみたいだ。
「……なんでだ?」
「私、仮入部で行きたいところがあるんです。無月さんも一緒に行きませんか?」
「嫌だ」
「……即答ですね」
「嫌なものは嫌だ」
仮入部って、入るかどうか悩んでいる生徒が、体験で顔を出すみたいなやつだろ。俺、入りたい部活なんてないもん。
「大丈夫です。私も入るつもりはありません」
「……入らなくても、仮入部に行ってもいい……のか? じゃあ行かなくてもいいだろう」
「ん~……まあなんというか、私なりの儀式というか……その部活は、一度見ないと気が済まないんです」
そんなに情熱があるのに、一度見るだけで満足できる部活って……いったい、何を見たいんだ……?
不思議なことを言う奴だと思ったが、不思議なのは今に始まったことじゃない。というか、こいつと出会ってからまともだったところを一度も見ていない気がする。
「……暇だったらな」
「はいっ。それで構いませんよ」
超眩しい満面の笑みを見せる香澄。
そんな期待100パーセントの笑顔を見せられたら……断るなんて、できるわけないだろう。面倒な約束をしちまった。
教室に入ると、俺はいつもの自分の席にカバンを置く。が……何故か香澄は、俺の隣の席に座った。
「おい、香澄。なんで隣に座ってんだ」
「え? ……空いていたからですが」
いや、まだ来てないだけで空いてるわけじゃねーよ。
「お前の席はあっちだろう」
「そっちはちょっと飽きてしまって。たまには席替え気分を味わいたいなと」
飽きたって、まだ高校生活が始まって数日しか経ってないんだが。飽きる要素がどこにるんだよ。
「授業が始まる前に戻れ」
「嫌ですね、無月さん。そんな冷たいこと言わないでください。ちょっとくらいいいじゃないですか」
机に肘をついて、おかしそうに笑う香澄。お前がそこにいるという事実で、周囲から変な目で見られるんだよ。目立ちたくないんだよ、俺は。
と言っても、こいつには糠に釘、柳に風、暖簾に腕押しなんだろうな……何が言いたいかって、無意味ってこと。
「……もう、勝手にしろ」
「はーい」
勝ち誇ったように微笑んだ香澄は、そのまま隣の席を陣取る。
俺もそれをガン無視してカバンの中身を取り出すと、俺たちのことを見ていたクラスメイトがひそひそと話し始めた。
「香澄ちゃんって、よくあんな不愛想な奴に話しかけられるよね」
「本当。あんなに接しやすい子を袖にするなんて、もしかして無月ってやつ調子に乗ってる……?」
聞こえてんぞ、そこの女子ども。
あぁ……嫌だ。この負の感情、イライラする。だから嫌なんだよ、感情っていうのは。
こっちに向いている視線や言葉を感じながら、気付いていない振りをする。今の俺には、それしかできない。
「無月さん、大丈夫ですか……?」
もちろん、そんな俺の変化に気付かない香澄ではない。不安そうな顔で、俺の顔を覗き込んできた。
「あぁ……大丈夫だ。こういうの、いつものことだから」
「……私、あの人たちに文句言ってきます」
「やめろやめろ。それで拗れる方が面倒くさい」
クラスで荒波を立てたら、それこそいづらくなる。そうなったら、俺の望む平穏な日常はかけ離れてしまう。
だからここはスルー。選択肢はない。
「……優しすぎます、無月さんは」
「何度も言ってるだろ。面倒くさいだけだ」
それ以上でも、それ以下でもない。
ただ、人間関係が面倒くさい……怠惰な人間だよ、俺は。
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