第6話 『無臭』の中に香る匂い

 特に大それた事件や、香澄以外の誰かに絡まれるといった事案もなく、無事放課後を迎えた。

 荷物をまとめて席から立ちあがる。同時に、香澄も立ち上がってこっちに向かってきた……その時だった。



「かーすーみーちゃんっ」



 香澄の前に、二人の女子生徒が立ちはだかった。

 一人は茶髪のショートヘアで、軽く外にハネている。体もかなり小さいが、全身からみなぎる元気オーラが凄まじい。俺から見ても、あんな『能動的前向き感情』な人間がいるのかと思うくらい、元気が溢れている気がする。

 そしてもう一人は、腰まで長い紫色の髪が特徴的。背は香澄より若干でかいが、全体的にスレンダーで鋭い刃のような印象を受けた。



「香澄さん、これから暇かな?」

「アタシらと一緒に帰らない?」

「ええ、もちろん」



 へぇ……感情の匂いがわかるからって、誰とでも距離を取るってわけじゃないのか。いや、逆か。感情がわかるから、誰とでもすぐに馴染めるって感じか。

 香澄は一瞬だけ、申し訳なさそうにこっちを見る。いや、約束していたわけじゃないし、気にする必要もないだろ。どんだけお人好しなんだ。

 肩を竦めて、かばんを肩に掛けて教室を出る。

 高校に入ってたった二日なのに、一人になるのがすごく久々な気がするな。



   ◆香澄雫玖side◆



「アハハ! ごめんね、急に誘ってさ! アタシ、どうしても香澄ちゃんとお話してみたかったんだよねっ」

「ふふ。いえいえ、私もお友達が欲しいと思っていたので」



 私の右隣にいる元気活発なこの方は、水沢夏希みずさわなつきさん。見た目と匂いに裏表がなく、完全ポジティブ型の人。ここまで真っ直ぐで一生懸命な方は、一緒にいてとても安心します。無月さん以外では、この方がとても信用できそうな方です。



「ありがとう、香澄さん。この子、人の事情とか鑑みない奴だから」

「お気になさらず。私、自分から話しかけるのが苦手で……話しかけてくださり、嬉しいです。それと、私のことは雫玖でいいですよ」



 左隣にいる鋭い雰囲気をまといながら困ったように笑うこの方は、高槻真帆たかつきまほさん。礼儀正しく、自分にも他人にも厳しい。二人の関係を見るに、水沢さんのブレーキ役が高槻さんのようですね。

 近付きすぎず、離れすぎず。相手が嫌がることは決して話さず、相槌と会話を繰り返す。

 この能力のおかげで、ある意味で人間関係に困ったことはない。相手の内面を知れるのは、コミュニケーションにおいて大きなアドバンテージですから。

 でも……やっぱり、予定調和な感じがしますね。無難というか、新鮮味がないというか。

 そう考えると、『無臭』の無月さんとのお話は……とても楽しいんですよね……。

 無月さんのことを考えていると、水沢さんが「ところでさっ」と興味津々といった感じで、目を爛々と輝かせてきました。

 興奮と興味津々の入り混じった、甘酸っぱい匂い。多分、無月さんのことを聞かれるのでしょう。バカにした感じの匂いはしないので、警戒はしなくても良さそうですね。



「雫玖ちゃんって、無月くんとは幼なじみなの?」



 ほら、無月さんのお話です。……でもまさか、幼なじみかと聞かれるとは思いませんでした。



「いえ。高校に入学してから、初めてお話しました。何故ですか?」

「だって無月くん、変わってるじゃん。雫玖ちゃん以外と話してるところを見たことないし、どこか冷たい感じがするし」



 ば、ばっさり言い切りましたね。その通りすぎて反論できません。ごめんなさい、無月さん。私、何も言い返せませんでした。

 遠慮なくズバズバ話す水沢さんに、高槻さんがチョップを脳天に食らわせた。



「こら。ここにいない人のことを悪く言うんじゃない」

「あはは、ごめんごめん」



 すんすん。ちょっとスパイシーな匂い。本当にちょっとだけ、怒っているみたいです。とても正義感の強い方なんですね、高槻さんは。

 そっと息を吐いた高槻さんは、髪を払って頬を掻いた。



「とは言ったものの、私も少し気になってはいるんだよ。彼って周囲に話しかけるなオーラを纏っているだろう? よく臆さずに話しかけられるなと」

「そうですか? 話してみると、意外と面白い反応が返ってきますよ。それに、口ではなんだかんだ言いつつ、とても優しいです」

「優しい? 彼が?」

「はい。優しいです」



 と言っても、言葉はいつもぶっきらぼうですが。

 でもお話していると、『無臭』の中に香る、僅かな優しい匂い。私の鼻は誤魔化せません。

 だからこそ、思うのです。どうして彼はあんなにも、『無臭』でいることに拘るのか……気になります。

 明日も、話しかけてみましょう。私、気になったことは追究したい質なんです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る