第5話 特大ブーメラン

 時刻はあっという間に過ぎて昼休み。まだ高校生活が始まって二日目だというのに、もうクラスメイトたちはそれぞれのグループを作っていた。各自弁当を広げたり、購買のパンを手にしている。

 そんな中、俺は自席でランチボックスを開いた。自作の簡単なサンドイッチを黙々と食べながら、スマホでSNSを巡回する。当然、周囲の喧噪に意識を向けることはない。

 我、関せず。だから誰も俺に声を掛けない。それが中学までの日常だった。

 ……そう、中学までは。



「無月さん」



 突然、声を掛けられた。誰にって? 言わずもがな……香澄雫玖に。

 仕方なく顔を上げると、香澄が可愛らしい巾着を片手に俺の傍に立ち、いつものほんわかとした笑顔を浮かべていた。



「無月さん、ここ座っていいですか?」



 どうせ断っても、勝手に座るんだろうな。



「……好きにしろ」

「はい。好きにしますね」



 香澄は前の席を後ろに回して、対面に座る。案の定、周りは「どうしてあんな根暗な奴と?」という視線を向けて来た。

 こういう不躾な感情があるから嫌なんだが、仕方ない。まだ高校生活二日目だ。いずれ人気のない場所を見つけるまでの辛抱だな。



「あ、もしかしてそのサンドイッチ、無月さんの手作りですか? ちゃんとご自身で作るなんて、すごいですね」

「……ただ、金がないだけだ」



 母さんは仕事で忙しいからな。こういうちょっとしたことは、自分でやるようにしているだけだ。

 香澄も持参した弁当を開けると、なんとも色とりどりの料理が中を彩っていた。



「それ、母親が?」

「はい。もうこういう年齢じゃないから普通のお弁当でいいって言っているんですけど、大切にしてくれているみたいで」



 少しの恥ずかしさと嬉しさが滲み出ている笑顔で、弁当を口に運ぶ。

 まあ……こいつの体質を知っているんだったら、大切に育てたいっていう気持ちもなんとなくわかるな。

 俺も無言でサンドイッチを食べる。特に話すこともないし。

 香澄も無言で弁当を食べている。特に気まずそうな感じもない。こいつも、無言が苦痛じゃないタイプか。その点は、俺の馬が合うかも。

 先に俺がサンドイッチを食べ終え、ランチボックスの蓋を閉めると、香澄が口を開いた。



「無月さんは、いつも一人でお昼を食べているんですか?」

「そうだ」

「それって、淋しくありません?」

「別に。いつものことだ」



 この生活を続けて淋しいと思ったことはない。そういう感情すら煩わしい。余りにも、面倒くさい。

 香澄は「そうですか」とミートボールを口に運ぶ。

 突然箸を置くと、じっとこちらを見つめて来た。



「無月さんは、どうしてそんなに感情を表に出さないんですか? 本当に、誰にも興味がないんですか?」

「……何度も言わせるな」



 極めて冷静に返したが、鈴香の目は鋭い観察者のそれだった。



「普通は、どんな人でも少しは感情を匂わせるはずなのに……無月さんって、不思議な人ですよね」

「お前にだけは不思議ちゃん扱いされたくない」



 特大ブーメラン刺さってんぞ。確実に世界トップクラスの不思議ちゃんだろう、こいつ。



「はぁ……お前、本当に嗅ぎ分けられるんだな」

「む。嘘だと思っていたんですか?」



 俺の言葉に、香澄は頬を膨らませて「私、怒ってます」と言いたげな顔になった。

 もっと明確な敵意を持ってたら、アレだったけど……これくらいなら問題ないか。



「匂いで感情がわかるなんて、普通は誰も信じないだろう」

「そうですね。小さい頃は、かなり苦労しました。だから最近は、誰にもこのことは話していません」



 昔のことを思い出したのか、香澄は苦笑いを浮かべる。

 こう言ってはなんだが、当たり前だろう。匂いで感情がわかるなんて知られたら、最初は好奇心に駆られるが、最終的には気持ち悪がるだろう。自分の感情や考えていることがつまびらかにされるんだからな。嫌に決まってる。



「……じゃあ、なんで俺には話したんだ? 俺が今までのそいつらと同じリアクションをする可能性もあっただろう」

「だって無月さん、人にまったく関心がないじゃないですか。だから、話してもいいかなと思ったんです。良く言えば平等。悪く言えば無関心。合っていますよね?」



 ……まったくもってその通りで、俺自身も自覚はあるが、他人に明確に言われると俺の人でなし感が増す気がするな。



「それでも、話すには勇気がいただろ」

「そうでもないですよ。何年も人の匂いを嗅いでいると、一回嗅いだだけでその人がどういう人かわかるようになるので」



 そりゃあ、便利なこったな。

 にこやかに微笑みながら、弁当を口に運ぶ香澄を見て、少し落ち着かなくなる。

 匂いで感情がわかる。ということは……匂いで過去のことがわかる可能性があるってことだ。

 俺が他人に無関心で、『無臭』である理由……それがいつかバレるんじゃないかという不安が過ったが、直ぐにその思考を外に追いやって窓の外へ視線を向けた。

 それこそ俺の人生において、ノイズだから。

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