星の音〜蝶の想いを受けし星の音色〜

碧猫

プロローグ 出会い


 これは、奇跡の魔法。その、奇跡が引き起こした、ミディリシェルとゼノン、そして、フォルの、もう一つの物語。

 私、リプセグが、その物語を記録し、語らせていただきます。


 まずは、奇跡の魔法について説明いたします。

 奇跡の魔法。それは、禁呪指定とされている、伝説の魔法です。

 その魔法の詳細は、不明な部分も多いですが、あり得ない現象を起こし得る、危険な魔法と定義づけられております。ですが、その危険性というのは、使用方法の違い。


 これは、全ての魔法に言える事でしょう。使用方法によっては、邪にも善にもなり得る。奇跡の魔法は、使い方次第で、未来に可能性を残す事ができる魔法です。


 奇跡の魔法についての説明は、この辺で良いでしょう。では、そろそろ、本題へと入っていきましょうか。


 折角なので、題名でも付けましょう。そうですね……彼は、この魔法を、聖星の御巫に眠る、あるものを出すため。それが、一番の目的でした。なので、このような題名はどうでしょう。


『星の音〜蝶の想いを受けし、星の奏でる音色〜』


 第一章:一度目の世界。旅の始まりと、崩壊の兆し。


 まず、覚えていて欲しい事があります。この世界は、夢であり、現実です。


 世界は数多に存在し、人々は、転生を繰り返します。奇跡の魔法で作られた、この世界も、それは同じです。


 その世界は、彼女達の物語が大きく動き始めるより、二十年前くらいになるでしょうか。世界は、変わってしまいました。それは、人々にとって最悪なものだったでしょう。


 その変化の始まりは、人による争いから始まりました。それが、きっかけでしょう。突如、魔物が大量に出現するようになりました。人々は、その危険から身を守るために、人々は、特殊な結界の中でしか、生きられなくなってしまいました。


「……ぐす……」


 そこは、広大な領土を持った、ジェスディ王国。その王国にある、辺境の小さな村。


 その村には、特殊な結界魔法具が置かれております。

 魔物が徘徊する今の世界になる前は、人が来る事は無い、出ていくだけの村でした。ですが、今は違います。

 数少ない、結界魔法具が置かれている場所。人が溢れんばかりにおります。


 村の景色も、昔とは変わってしまっております。草木は枯れ果て、土は、水も栄養も無く、乾いています。


 これは、この村だけでなく、この世界の殆どの土地がそうなっております。ここはもう、人々が生きるための世界では無いのかもしれません。


 先程述べたように、この世界は、夢であり現実です。人々には、意思があります。こうなってしまった当初から、人々は、皆、仲間同士で、この世界の終わりを話しております。


「……ぐす……」


 そんな村の中、一人の少女が、今にも折れそうな枯れた木の下で一人、縫いぐるみをぎゅっと抱きしめて、俯いておりました。


 少女の瞳からは、ぽたぽたと涙が溢れ落ちます。


 一人で泣いている、誰がどう見ても、十代の少女。子供と言っても良い年齢でしょう。

 その少女に声をかける人は、誰一人おりません。


 人々は、皆、少女を、見て見ぬふりをしております。


 現実でも、このような世界になればそうなってくるのでは無いでしょうか。こんな、安全の保証の無い世界。生きるのに精一杯で、他人を気遣うような余裕は無いでしょう。


 ここは、この時期は、肌寒いくらいの気温です。薄着の少女には、この場所は寒いでしょう。少女は、寒そうに震えておりました。


 そう。この少女こそ、エンジェリア……今は、ミディリシェルと呼んだ方がよろしいでしょうか。


「なぁ、そんな格好で、ここにいると、寒くねぇか?」


 少年が、ミディリシェルに声をかけます。それは、今のこの世界では、物好きだと言われても、おかしくは無い行為だです。


 無愛想な、その表情からは、想像もつかないでしょう。ですが、少年は、これでも、かなり心配しております。


 その少年が、ミディリシェルの、運命共同体とでもいうべき相手。そう言えば、この本を読む、聖月の御巫は、気づくのでは無いでしょうか。


 そう、聖月の御巫、ゼーシェリオン。今は、ゼノンと呼ぶべきでしょう。


「……寒くにゃい……くちゅん」


「それで寒くないなんてよく言えたな。寒いなら、これでもかけてろ」


 ゼノンが、そう言って、ミディリシェルに、毛布をかけました。ミディリシェルは、寒そうに、毛布にくるまります。


「……ありがと……みゅ?」


 ミディリシェルは、顔を上げて、ゼノンに、感謝の言葉を言います。さぞ驚いたでしょう。この世界には、人間以外の種は見ませんから。


「……吸血鬼のハーフ?」


 聖星、聖月、神獣。その三種族は、知る人が少ない。気づかなくても無理はないです。


 現実でもそうですが、現在流通している書物の殆どには、五種族しか載っておりません。

 その五種族は、人間、魔族、天族、精霊、そして、これは、現在流通している中でも載っているのが少ないですが、エリクルフィアという地で暮らす、エリクフィアという種族です。エリクフィアは、多くの種族に、神と崇められている種族です。


 神獣を神と崇める種もいるにはいるのですが、現実でも、かなり貴重です。どちらかといえば、神獣の方が神聖視される存在ですが、存在そのものが、伝説上のようなものですので、何も言えませんね。


 三種族を、ミディリシェルが、知らないという話については、知っていなければ、おかしいくらいですが。

 

「……それと……精霊のハーフ?……でも、ちょっと、違う気がする……なんだか、あの……なんでだろう」


 ミディリシェルは、そう言って、ゼノンの隣にいた少年に、目を向けました。


 読んでいる、聖月の御巫は、お気づきだと思いますが、彼が、フォルです。


「……違うけど、分かんないの?」


「……どうして、み、私に声をかけたの?何も持ってないよ」


 新鮮ですね。普段は、自分の事をミディと言うのですが、こういう時は、私というのです。昔は、そうでは無かったのですが。


「寒そうだったから」


「ゼノン」


「……探してたから」


「どうして?どうして、私を探してたの?私、あなた達と会った事なんて無いと思う」


 ミディリシェルは、かなり警戒しております。それもそうでしょう。こんな世界で、初対面と思わしき相手に、こんな事を言われては、誰だって警戒するでしょう。


 ミディリシェルの場合は、それもありますが、他にも理由はあるのですが。過去の、忘れられない記憶が、主な理由でしょう。


「覚えていないのかな?最近で言えば、廃教で会ったんだけど。あの時は、君を逃す事を優先していたから」


「しゃー!しゃー!しゃー!」


 廃教で会った。ミディリシェルは、その言葉を聞いた途端、猫のように可愛らしく威嚇します。

 一応、私は、彼女の魔原書として一緒にいますが、これに関しては、本当に申し訳ないとは思うんです。ですが、どうしても、この威嚇を恐ろしいとは思えません。可愛いとしか思えません。


 聖月の御巫、これは、姫……彼女には伝えないでくださいね?


「あの時は、顔を隠していたから、分からないのかな。……あっ、あれは分かる?エクランダの宮殿で、一緒にいたの」


「……しゃー!しゃー!しゃー!」


 また威嚇をして、ミディリシェルは、逃げ出しました。


 ミディリシェルは、重度の方向音痴です。安全な場所だけで逃げ回る。そう思っていても、できるわけはありません。


 ミディリシェルは、気づかず、村に外へ走って言ってしまいました。


 方向音痴姫、ではなく、ミディリシェルは、走った先で、魔物を見つけました。魔物に対する、対処方法は、知っているのですね。その場で、立ち止まります。


 幸いにも、魔物はミディリシェルに気づいていません。これなら、魔物に対する、対処法を知っているミディリシェルは、逃げる事ができるでしょう。

 魔物が、気づかない前提だとすれば。


 ですが、あの聖星の姫、ミディリシェルです。魔物の好物のような姫が、気づかれないなんてあるわけがありません。


「ゴォォォォォ」


「ぴぇ」


 案の定、魔物はすぐにミディリシェルに気付きました。

 涙目ミディリシェル、可愛らしいですね。


「ふぇ……エレ、食べても、美味しく無いよ?」


 涙目でミディリシェルは、そう言います。ですが、魔物は基本的に知能なんてありません。無差別に人を襲い、魔力を貪り、全てを破壊する。そんな存在です。


 彼女も、魔物がそういう存在だと知っていると思いますが。


「ふぇ」


 ミディリシェルは、後退ろうとして、すてんっと、尻餅を付きました。


「消えろ」


 低い声が、ミディリシェルの、背後から聞こえてきます。

 本当に、タイミングを見計らったかと思うほど、丁度良いタイミングな事で。


 それにしても、本当に綺麗ですね。花と月と氷の、聖月の紋章。

 ゼノンの持つ、特殊な紋章です。


 しかも、これは、消滅魔法。魔物を簡単に消滅させる程の魔法。それは、誰でもできる事ではありません。私が知る限りでも、数人しか使えません。


 それを使う事ができるとは。予想してませんでした。本当に成長しましたね。こんなところで、それを言うのは申し訳ありませんが、私は、原初の樹。気軽に会いに行ける存在ではありませんから。


「しゃー!」


 まだ警戒してます。助けてもらったというのに。


「なんで、そんなに警戒してんだよ」


「紋章まで使って、私の事を連れ戻そうとするなんて。ゼロと一緒になんて行かないから。騙されないんだから!」


 ゼノンが、意味が分からないという顔をしています。それもそうでしょう。そんな心当たりなど、あるはずないのですから。


「何かあったのか?」


「ゼロがいなくなった理由知ってるもん!エレよりも、綺麗で、可愛くて、スタイル良くて、お胸さんおっきな女の人のところに行ったんだって知ってるの!そんなゼロなんて、知らないの!」


 どこで聞いたんでしょう。そんなデマを。なんて、ずっと見てきたので、知ってはいますよ。読んだ本の影響みたいです。彼女は、信じやすい性格なので、一度信じてしまえば、こうなってしまいます。


 ミディリシェルは、泣きながら、怒りに任せて、収納魔法の中から、魔法杖を取り出しました。そして、魔法杖を、ゼノンにめがけて、振り下ろしました。


「んっなわけねぇだろ!どこの誰だよ、そんなデマ流したやつは!」


「本に載ってたもん!急にいなくなるのはそれだって載ってたもん!」


 急にいなくなる事情はそれぞれでしょう。ですが、彼女はそれ以外知りません。それ以外の理由は存在しないとでも思っているのでしょう。


「それ以外に理由あるかもしれねぇだろ!良い加減、一つの情報だけを鵜呑みにすんな!」


 逃げ回るゼノンに、追いかけ回すミディリシェル。ミディリシェルは、ゼノンの言葉に聞く耳を持っておりません。


「知らないもん!いなくなる方が悪いもん!」


「それは悪かったと思ってるが、それとこれは違うだろ!俺に気づくや否や、突然逃げ出して、突然襲われる身にもなれ!」


「知らないもん!いなくなる方が悪いもん!」


 今の私は、とある事情により、この世界への干渉ができません。なので、止める事もできません。干渉できれば、止めていたんですが、


「ゼロきらいー!」


「……またやってる。ゼム、聖月の秘術に鎮静化系のがあるから使ってみな」


「えっ⁉︎」


「君を待って遅くなったんだから、ちゃんと責任取りなよ」


「それならフィルも」


「おれは、ゼムを待ってた」


 先に言います。この回での、ミディリシェル達の旅、それは、この五人での旅です。もう既に、先行きが怪しすぎます。


「ふみゃ⁉︎すたたたた」


「エレ、久しぶり」


「フォルむぎゅぅー」


 好きすぎるんでしょうね。フォルを見ただけで、ゼノンを追いかけるのをやめました。


「エレ、一緒に旅でもしない?そうしたら、ゼノンの監視もできるよ?」


「する。監視する」


 かなり不純な動機ですが、ミディリシェルの奇跡は、こうして幕を開けました。

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