魔法少女ルミナスホワイト

りすてな

ほへー


「白雪ちゃーん、今日も相変わらず図体が目立つねぇ!」


「この見た目のくせして、初歩の身体強化魔法しか使えないってどうなってんだよ」


「この間の模擬戦で、勝ち星くれて有難うよ!」


 絆橋高校に通う俺は、ここ最近では同じ魔法科のクラスメイト達からこんな感じに扱われ始めていた。


 入学当初は、自分でも目立つと思うデカい図体と白い髪と青い瞳で、恐れられた。


 しかし、こんな姿で初歩的な魔法しか使えないのだと知られると、大日向おおひなた 白雪しらゆきという大の男にしては可愛い印象に感じる名前と相まって、途端に馬鹿にされるようになっていく。


 訳あって本格的な魔法による変身も出来ない俺の今の身体では、一九〇センチを超える肉体でのみでの活動になる。


 俺の名前は大好きな婆ちゃんが名付けてくれた物だから、気に入っているし、変身出来ない為に魔法がロクに使えないこの身体でも、努力をして鍛えれば化け物退治だって行えるんだ。


 馬鹿にされるのは少し寂しいが、変身せざるを得ない状況になるよりかはマシだと思うと、今は平和なのだなと感じられる。


 婆ちゃんに聞かされた数十年前の惨状と、俺が受け継いでしまった能力。


 そんな物に頼らずとも俺は、男らしく何とかやっている。




 そう思って生きて来たが、高校に入学してからはその考えも揺らぎ始めて来た。クラスメイトからの言葉を聞き流しつつも、今のままでは駄目なんだとも感じ始めている。


 言葉に出来ない胸のモヤモヤを振り払おうとしていると、俺を馬鹿にするのは止めろと制止の声が飛んで来る。


「君達、その辺で僕の幼馴染を馬鹿にするのは止めてくれないか?」


「げっ……星影かよ……くそっ、普通科だった癖に俺達よりも強くなりやがって……!」


「ハッ、でもコイツ白雪ちゃんに構ってばっかだから、きっとホモなんだぜ?」


 俺だけでなく、幼馴染である星影ほしかげ あきらまでも馬鹿にするクラスメイトだったが、それを聞いた周囲の女子達の視線が彼等に向かい始め、途端に立場を悪くしていく。


「行こうぜ……! コイツ姿が変わってからは女子にすげえ人気になっちまったし、分が悪すぎる」




 そそくさと校舎に逃げるように向って行ったクラスメイトに対して、女子達の非難の声が飛ぶ。


「いつも大日向君を馬鹿にしてる癖に、ホモなのはどっちなんだか」


「モテないからって星影君に当たるのは止めて欲しいよねー、それじゃあ私達先に行ってるね」


「ありがとう皆。僕は白雪と少し話してから教室に行くよ」


 そう言って彰は周りにいた女子達に手を振る。きゃあきゃあと嬉しそうに彼女達は声を上げて離れて行った。


「すっかりモテ男になってしまったな、彰。少し前までチビだったのが嘘みたいだ」


「僕としては、好きになって欲しい相手以外にモテた所で、ただ空しいだけだよ」


 数日前まで女子達と変わらない背丈程だった彰は、突如能力に覚醒し身長も一八〇センチを超える程に背が伸びた。


 黒髪に黒目の端正な顔立ちになった彰が、キザな印象になった微笑みを俺に向けて来る。


「ハッ、もうそんな奴がいるのか。小さい頃は女の子みたいな奴だったのに、大胆だな」


 格好が良くなり、魔法の実力にも目覚めた彰。一週間後には魔法科への転入も決まっている事もあってか、もう少ししたらこの顔を毎日見なければならないのかと思うと、何故か少し苛立ってしまい思わず気にしていそうな事を口にしてしまった。


 これでは馬鹿にしていたクラスメイトと変わらないでは無いかと内心焦るが、彰は真剣な顔になっていた。


「大胆にもなるよ。ずっと男らしくなりたいって、僕は思ってたからね。そう思えたのは白雪がいたからだよ」


 キザな印象が消えた彰の真面目な顔に、俺はどうしたのかと戸惑う。


 そこに、俺達の名前を呼んで近付いて来る、明るい女の子の声が聞こえた。




「おーい! 彰ー! 白雪を見かけた途端駆け寄ってくんだからー」


「ははは、ごめんよ京ちゃん。白雪が馬鹿にされてるとどうしてもね」


「はぁ、またなんだ。白雪もちゃんとお礼は言ったの?」


 彰の行動を聞いて、ため息を吐くセミロングの茶髪の少女。この子は彰が中学の時に出会った水野みずの みやこという子だ。


 彰と仲が良く、その縁で俺とも親しい関係になっている。


 二人がどういう関係なのかは俺は良く知らないが、いつの間にかずっと一緒にいる関係になっていて、彰が急に大胆になり始めたのは京が理由なのかもしれない。


 俺みたいに背丈が大きければ、それが変わるきっかけになれるとの判断なのだろう。そう思っていても不思議では無かった。


 そんな二人の邪魔をしてはいけないのだと感じた俺は、自然と魔法科の校舎に向って行く。そこに彰の呼び止める声がする。


「あっ、待ってよ白雪! もう少ししたら僕もそっちの校舎に行くから、そうしたらこんな僕でも頼って欲しいんだ!」


 彰の歩み寄ろうとする声に、俺は思わず足を止めてしまう。しかし、同時にそれが何だか辛くも感じてしまった。そこに京の声も聞こえる。


「もう、彰が折角助けてくれたんだから、お礼位言いなさいよ白雪!」


「……止めに入って来たのは助かったよ彰。だが、俺にも出来る事はまだある筈だ、それに魔法科に入ってからは基本一人なんだ。だからお前に頼る事は無いと思う」


 そう言って俺は二人と別れて魔法科の校舎へと行く。




◆◇◆




 数日後、俺は魔法科の調査活動を一人で行っていた。


 最近、街では怪魔と呼ばれる化け物の出没頻度が上がってきている。今日は放課後になっても出没が確認され、俺は学校の近くの住宅街を調べていた。


 既に数体の怪魔を倒して、この辺りの安全性は確保してある。


 初歩的ではあるけれど、身体強化を行えば俺でも怪魔程度ならば複数体相手でも対処は行える。


 普段からこの程度であれば、これ以上の力は過剰になってしまう。しかし、空を飛べたり、遠距離から魔法で攻撃出来た方が当然効率は上がっていくので、格闘戦しか出来ない俺は一人になってしまう。


 そんな事を考えていると、腕に装着してある通信具から大規模な怪魔発生の通信が入る。


 俺はその足で走りながら、目的地の商業地区へと向かう。




 身体強化を行って、数分で駆けつけるものの、空を飛んだ方が数段早く辿り着いたのか、粗方の怪魔は既に討伐されていた。


 魔法科の生徒達がやったのかと確認していると、変身して武装状態のクラスメイトが俺の前にやって来る。


「よう、遅かったじゃないか白雪。何をノロノロとやって来てんだよ」


「大規模と聞いていたんだが、これをお前達が……?」


 俺がそう尋ねると彼等は悔し気に首を振り、視線だけを別に向けた。


 そこには派手に魔法を発動しながら怪魔を剣で切り伏せる、変身した彰の姿があった。


「あっ、白雪じゃない! 彰の戦う姿を初めて見たんだけど、凄いんだねー」


「み、京!? どうしてお前がここにいるんだ! 避難しなかったのか!」


 彰の姿を眺めていると聞き馴染みのある声が聞こえて来て、声のする方向に顔を向けると京もここにいた。


 何でこんな場所にいるのかと聞くと、偶然商業地区に買い物に来ていたらしく、避難する間も無く変身した彰が討伐して行ったのだという。




「彰! まだ正式に魔法科の生徒になっていないお前が、派手に暴れるな!」


「白雪! ……ご、ごめん、数が多かったから、僕が何とかしなきゃって思って……」


 戦闘で多少被害が及んでいる街並みを見つつ、周囲に怪魔の気配がしなくなったのを確認すると、俺が率先して彰に注意をする。


 彰は俺の声を聞くと、すぐにこちらにやって来て申し訳無さそうな顔で謝罪をして来た。


「管理局に仮登録は済ませてるだろうが、それでも正式では無い以上は後で小言が飛んで来ると思え」


「けっ、明日は先生の説教確定だし、手柄は全部横取りされるわで、良い事無しじゃねえか」


 クラスメイト達が彰を睨みつつ愚痴を溢す。怪魔討伐は管理局にも定期的にその成果が報告され、成績が良ければ管理局の花形部署への勧誘も行われている。


 世界が一変してから一世紀近くも経ち、魔法科の先生もこれが今の当たり前なのだとして、入学した俺達に最初に説明していた。


 彼等は軽く彰を睨み付けて離れていく、そしてまだ怪魔の反応が残っていないか躍起になって周囲を探し始めた。




 少しして、道路の真ん中に大き目な反応が残っている事に誰かが気が付くと、自然と皆が集まっていく。それが妙だと軽く胸騒ぎがして、彰に声を掛けた。


「なんだアレは……? おい、彰、あの反応は変だ……避難指示は出ているが京が残ってる、そいつを連れて早く逃げろ……!」


「わ、わかった。白雪がそう言うなら従うよ……さあ避難しよう京ちゃん!」


「えっ? どうして彰が逃げるのよ! 危ない状況ならそれこそ彰の力が必要じゃ無いの!」


「違う! この場で一番危ないのは京、お前だ! だから彰と逃げろって言ったんだ! もう時間が無い、早く行けっ!」


 反応を見る度、胸騒ぎが強くなっていく。焦る俺の心を嘲笑うかのように、突如道路に魔法陣が浮かび上がり始めた。


 その異様さは流石に京にも感じられたのか、彼女の怯えた声が聞こえたかと思うと魔法陣が怪しく輝いて発動する。


 その余波だけで周りにいたクラスメイト達が悲鳴をあげて吹き飛んでいき、ビルの壁に叩きつけられてしまう。


 衝撃で意識を失ったのか大半が戦闘不能にされてしまい、魔法陣から二人組の男女の姿が現れた。




 まともに動けるのは俺と彰だけか……。

 

 魔法科での授業で対処法を多少は学んでいる俺が率先して前に出るしかなかった。


「誰だ、お前達……見た所怪魔じゃなさそうだな……」


 二人組を警戒しながらも、吹き飛ばされたクラスメイト達の安否を目視で確認する。


 見た所、意識を失っているのはまだ良い方で、辛うじて意識があるクラスメイト達は、痛みに悶えながら恐怖で戦意を喪失してしまっている。


 どうにか二人の意識を俺に向けさせて、救援が駆けつけるまで時間を稼ごうと考えていると、赤と黒の派手なドレスのような服を着た、長い金髪の背が低い女が笑い出す。


「アッハハ! 怪魔だなんてダサい物と一緒にしないで欲しいんですけど! 私達は七終天しちしゅうてんっていうもっと上の存在なんだから!」


「七終天!? 数十年前、人類に戦争を仕掛けたっていうあの災厄が!?」


 女が名乗った七終天という単語、婆ちゃんが俺に語ってくれた昔話にも出て来た惨状の原因。それがあいつ等だというのか……。


 俺の反応を見て、もう一人の男の方も俺に目線を向けて来た。


 その男は俺よりも背も筋肉量も上で、上半身は殆ど裸に近い格好をしている。


「若いのによく知っている奴がいるのは都合が良い。俺達の目的は一つ、ルミナスを見つけ今度こそ叩き潰す事だ」


 その名前を聞いて、俺は身体が固まってしまう。そして、こいつ等は本物の七終天なのだと確信するのだった。


「ほう、ルミナスまで知っているとは、中々の逸材のようだな。俺の名はタイキョク。そしてそっちの女はカレンだ」


「何勝手に私の名前までバラしてんのよ! さっさとそいつから情報を聞き出して、早くルミナスを見つけるよ!」




 七終天の二人から睨まれ、威圧感に冷や汗が出てしまう。


 今の俺はこいつ等と戦えるのか? 戦った所で、一体何秒耐えられるのか? 数日前にまだ出来る事はある筈だと強がってはみたが、現実が重く圧し掛かる。


「待て、お前達! ここには白雪だけじゃない! 僕だっているんだぞ!」


「あ、彰!? よせ! 下手にこいつ等を刺激するな! お前がいなければ誰が京を守るんだ!」


 俺の後ろから、様子を見ていた彰が加勢しようと声を上げる。それを止めると、女が突如笑い出す。


「アッハハ! 何アンタの名前! そんな図体の癖して、お姫様みたいな名前してんの面白過ぎなんですけど!」


「何なんだ君は! 白雪を馬鹿にするな! それ以上の侮辱は僕が許さない!」


 俺以上に名前を馬鹿にされた事に彰が怒り出す。それがカレンの興味を惹いたのか、彼女は笑みを浮かべると大きな黒い鎌を魔法で生成して彰に突撃していく。


 彰も咄嗟に魔法で剣を生成して、カレンの攻撃を辛うじて防いだ。




「へえ、このイケメン君中々やるじゃない。私、この子と遊んでるから、そっちは似た者同士で仲良くしなよ」


 そう言ってカレンが強烈な蹴りを繰り出して彰を吹き飛ばしていく。腹に一撃を喰らった彰だったが、なんとか体勢を立て直して戦闘が続いていく。


「向こうの小僧、動きはまだまだのようだが実力は申し分無さそうだな。それで、ルミナスについてどれだけ知っているのだ、白雪とやらは」


 タイキョクは彰を一瞥すると、すぐに俺に顔を向き直す。俺は俺で、どうしたら良いのか考えても何も思いつかなかった。


「……ふむ、庇っている後ろの女がルミナスなのかと思ったが、魔力を全然感じない……お前は一体何を隠している?」


「ね、ねえ! 白雪! ルミナスってなんなの!? 災厄って言うのもどういう事なの!」


 タイキョクは怯える京を見て、目的の相手では無いと判断する。そして、俺にある提案をして来た。


「何も言わないのなら、拳に聞くしかないか」


 その言葉に俺は驚く。そして、どこまで自信があるのかと嫌にもなって来る。


「お前の身体を見れば相当な努力をしたのはわかる。どうだ、俺に一撃加えて見ろ」


 その提案に自然と拳を握ってしまうと、タイキョクはニヤリと笑みを浮かべる。


「俺がお前の拳に満足出来たら、その女は逃がしてやっても良い。周りで死にかけている連中にも手は出さない。どうだ? 悪くは無いだろう?」


 どの道俺では二人には勝てない。だが、俺の拳がこいつに通じたら当初の目的の時間を稼ぐ事は出来る。僅かな可能性に賭けて俺はタイキョクの提案に乗る事にした。




 集中して、出来る限りの身体強化を右腕にかけ終わり、今持っている全力の拳をタイキョクの胸目掛けて打ち込んだ。だがしかし、こいつの肉体は鋼鉄以上に固く、逆に俺の腕にダメージが跳ね返ってしまった。


「ぐうううぅっ……! クソっ……! やっぱり、ダメなのか……!」


 殴った衝撃が跳ね返り、制服の一部が破れ、右腕に痛みが来てあちこちから血が出てしまう。


「成程、信念は伝わった……約束は果たそう。だが白雪、お前は後々俺達の脅威に成り得る! 生かしては帰さん!」


 一撃を与えたお返しというのか、タイキョクも俺目掛けて拳を打ち込んで来る。


 咄嗟に身体強化で防御を試みるものの、威力はまともに抑える事が出来ず、耐える事も叶わず俺の身体は吹き飛んでいく。




 最近、一人には慣れ始めて来たと思っていたのだが、それは勘違いなのではと頭に過ぎり始めた。


 男らしさを極めれば、俺の悩みは自然と解消されると思っていたが、中途半端な現実を知れば知る程空しさが増していく。


 京と出会ってからは、特に女の子が羨ましく思い始めた。素直に自分の能力と向き合っていれば、また別の人生もあったのかもしれない。


 だが、今までこんな窮地は訪れる事は無かったので、どの選択が正しかったのかなんて誰にもわかる事は無いのだろう。




 タイキョクの攻撃で吹き飛ばされつつも、突然時間がゆっくりと感じられ頭の中で思考が巡っていく。


 ビルの壁に直撃して崩れた瓦礫に埋もれてしまった。壁にぶつかり、そこでようやく時間が戻る。


 耐え切れない筈の攻撃を喰らったというのに、意識はあり、痛みはあまり無い。無意識の内に俺は自分の能力を発動しようとしていた。


 それは、もうこれ以上わがままは続けられないのだと悟っていく。瓦礫の中から俺は立ち上がる事にした。


「何……!? 奴から異常な魔力を感じ取れる……! お前は一体何だというのだ白雪!」


「何事も無く、馬鹿にされながら学校を卒業して、何の脅威も無く平凡に人生を終えたかった……」


「……? 何を言っている……? そして、何故お前は泣くのだ白雪……!」


「お前等にもわかるように言ってやると、俺がルミナスって事だよ……」


 いつの間にか俺は泣いているらしい。色んな感情がごちゃ混ぜになって、今にも爆発しそうになるが、それはやるべき事をやってからにしなければならない。


生命の光よライトオブライフ!」


 負傷していない左手を前に翳して叫ぶ。すると、柔らかな光が何処からか現れて、可愛らしい形状の杖へと変わっていく。ふわりと浮かぶそれを掴むと、杖は俺を持ち主と認めたかのように輝き出す。




「な、何だと!? お前が本当にルミナスなのだというのか!?」


 タイキョクの驚く声を聞いて、カレンも彰との戦いを止めて、こっちにやって来ようとしているのが感じ取れる。


「変身すれば、俺はどんな姿になるのかはわからない……だが、それは今の姿から変わる事になる……」


 どうして俺を選んだんだと杖を強く握り締めるも、杖が何を言う訳でも無い。何もかもが嫌になりそうになるが、それ以上に救える命を前にしてやらなきゃいけない事を投げ出すのはもっと嫌だった。


「どうして俺なんだと、何度も考えた! でももうやるしかないんだよ! 嫌でもやらなきゃ、何も救えないっ! 変身っ!」


 掛け声と共に、杖がより一層光り輝く。俺自身も何も見えなくなり、光に包まれつつ身体が溶けるような感覚になる。何分何時間と感じられたそれは、実際には一瞬だったみたいで光は一瞬で消え去った。




「えっ……? う、嘘……あれが、白雪なの……?」


「なんという事だ……! ルミナスは女とばかり考えていたが、こんな事は想定外だ……いや、もう既にそうなっている……?」


 光が消え、京達の声が聞こえる。目を開けると、随分と視界が低くなってしまったと感じた。


 ふと目線を下ろすと、着ている服は絆橋高校の制服では無く、白を基調とした綺麗でふわふわとしたドレスのような服だった。


 首を動かすと長く伸びた白い髪がふわりと流れて来る。ここまで変わってしまったのかと軽く笑えば、聞いた事の無い可愛らしい女の子の声が自分の口から出て来る。


「自分じゃ、どんな顔をしてるのかまではわからないけど、今の俺はどう見える? タイキョク?」


 今は目の前のこいつ等を、どうにかするのが最優先なのは変わらない。


 握り締めている杖から、能力の使い方が自然と理解出来るように流れ込んで来る。その後を考える事が出来て、自分の事を後回しに出来たのは今はありがたかった。


 身構えていると、タイキョクは突如観念した顔になる。


「すまない、ルミナスを叩き潰す事が目的ではあったが、今の俺はお前とは戦えない……武人としての情けだと思え」


「……そうか、襲われた立場からすればなんだそれとは思うが、今は素直に受け取っておく」


 奴の目を見れば、タイキョクも相当なショックを受けていたように感じられた。生かして返さんと凄んで来たのに、俺の姿を見て戦う気分では無くなったのだなと思っていると、近づいて来たカレンの叫ぶ声がする。




「ちょっと!? 何勝手にきめてんのよ! 自分に似た筋肉ゴリラが、ルミナスになったからってアンタもダメージ負ってんじゃないわよ!」


 彰との戦いで、あちこち軽く負傷した様子のカレンは尚も戦おうとするが、タイキョクはそれを制止する。


「俺達はまだ目覚めたばかりで完全ではない。お前も消耗している。変身前の白雪の実力も測り、ルミナスとなった奴の強さは大体把握した。撤退だ」


 カレンの身体を片手で軽く摘まみ上げたタイキョク。次に会う時は全力で戦うと言わんばかりの視線を俺に向けて二人は魔法陣の中に消えて行った。




◆◇◆




 勝手に襲って来て、勝手に逃げて行った七終天にもやもやしつつも、その感情はクラスメイトの傷の回復に魔法を使う事で解消していった。


 傷が癒え、意識と正気を取り戻した彼等は俺の姿を見て一様に驚いていた。


「き、君があの白雪だっていうのかい!? どう見ても、可愛い女の子じゃないか!」


「か、可愛いっ!? ご、ゴメン、自分の姿をまだ確認出来ていないんだが……」


「大日向君、今の姿は滅茶苦茶可愛いわよ? ちょっと誰か、割れてない鏡探してきてあげてよ!」


 クラスメイト達に囲まれ、彼等彼女等の視線を浴びる俺。その目は変身する前の馬鹿にする物とは違っていた。


 鏡が運ばれ、俺はその姿を見る。そして絶句した。白い髪に青い瞳はそのままに、姿形は完全に別人になってしまっている。


 その可愛らしい姿は、白雪という名前がとても良く似合っているなと、自分でもそう思ってしまう程だった。




 最早乾いた笑いしか出ず、いたたまれなくなった様子の女子からは心配されてしまう。


「ね、ねえ、大丈夫? 大日向君……? もしかして、変身を解いてもその姿になってるのかな……?」


「彰を見ればわかるように、恐らくそうなんだろう。やるしかないと覚悟はして変身したが、能力が望む本来の姿はこうなんだな……」


 もしかしたらと変身を解除するものの、視界の高さが変わる事は無かった。寧ろ、着ていた制服のサイズが大きすぎて余計に大変な事になってしまった。


 ズボンや下着は何もかも下にずり落ちてしまい、ボロボロになった上着とシャツで辛うじて裸になった下半身が隠れている。


 その姿に男子達が騒ぎ始め、女子も慌てて俺を隠すように彼等に立ちふさがろうとすると、彰の声がする。


「やめろ君達! 白雪の気持ちも考えられないのか! ……大丈夫かい? 白雪」


「あ、彰……お前、カレンと戦って無事だったのか……?」


「いや、勇んでみたけど案の定負けちゃってね……さっきまで気を失ってたんだ。白雪が変身するタイミングが遅かったら、殺されていたかもしれない」


 彰と京もやって来て、男子達を止めに加わる。


 その途中で彰の状態を聞いた俺は、怪我を治そうと慌てて魔法で杖を生成する。


「だ、大丈夫なのか!? 彰、痛む所とかあれば俺の魔法で治せるぞ!?」


「いや、大丈夫だよ。これは僕が不甲斐無かった結果だから、君の力になれなくてごめんよ」


「そ、そんな事は無い! これは俺が……俺のわがままでルミナスから目を背けて皆やお前を怪我させたんだ……」




 戦いでボロボロになった彰達の姿を見て、後回しにしていた感情を思い出してしまうと、急に視界が滲み出した。


 こんな所まで影響が出るのかと、慌てて涙を堪えようとするが、上手く抑える事が出来なくてそのせいで余計に涙が止まらなくなる。


「お、俺は……元々、婆ちゃんから受け継いだ、自分の能力を知ってたんだ……!」


 涙が止まらず、呂律も上手く回らなくなる。抑えてた物が爆発し始め、自分がぐちゃぐちゃになっていく気分になって余計に悲しくなる。


「でも、俺は男で……! 小さい頃は女の子の姿になるのが恥ずかしくて……! 逃げるように身体を鍛えたけど、それは全部無駄だったっ……!」


 自分が傷つくのは良いが、他人を巻き込んでしまっては、もう正直に告白するしかない。


「最近は京や、クラスの女子達が羨ましく思い始めたんだ……! こんな思いをするのなら、男らしさなんか求めなきゃよかった……! だから、皆、巻き込んじゃってごめん……、ごめんなさい、ううっ……、うわぁああああ……」


 魔法の使い方を覚えた代わりに、我慢の仕方を忘れたみたいで、泣くしか出来ない。




 大の男が小さな女の子になるなんて、周囲はドン引きしてるだろうか。それでも俺はもうどうしたら良いかわからない。


 ごめんと呟きながら泣いていると、不意に誰かの手が肩に触れて来る。涙で滲む視界を強引に拭うと、それは彰だった。


「白雪、大丈夫だよ……今更そんな事で僕は君を嫌ったりしないから、泣かないでくれ」


「あ、彰……? でも、お前は、男らしくなりたいんだろ……? こんな俺にそんな物もう無いだろ……」


「君が悩んでいたように、僕も君の力になれなくてずっと悩んでいた。それが男らしくなりたい理由だった」


「俺のそれなんて、見かけだけで、本当はこんな情けなくて気持ち悪い奴だったんだぞ! 何でそんなに……俺に……」


 俺はもう自分が嫌で嫌でしょうがなくて、肩に乗った手を振り払おうとすると、彰が俺を抱きしめる。


「そんな訳無いだろ! 男らしさに憧れたのは、いつか君を守れる存在になる為だからだ! 僕は、子供の頃から! 君が好きなんだ!」


「なっ!? えっ……? す、好き……?」


「今の君の姿は、小さい頃、僕が初めて恋をした白雪の姿そのままだ! 女の子みたいな子だったのは君もそうだったよ!」


 彰に抱きしめられ、告白をされたと思ったら、恥ずかしい昔の頃までバラされてしまう。涙はいつの間にか引っ込み、俺は顔が熱くなっていく。


「好きになった子と、憧れていた子で! 僕はどっちの白雪も大好きなんだ! 謝る位なら! これからは僕を頼れ!」


 彰に告白された恥ずかしさと、抱きしめられて好きだと言われて安堵していく感覚で、緊張が解け疲労感がどっと押し寄せて来る。


 京を含めた女子達は何故か俺を応援し始めて、どうしたら良いのかわからなくなり、顔の熱さが限界を迎え俺は気絶した。




 そして数日後、女子の制服を新調した俺は、同じく魔法科の制服に変わった彰と一緒に通学する事になり、その後ろでは俺達を褒める京の声がするのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

魔法少女ルミナスホワイト りすてな @Ristena

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画