6話:あだ名呼び
次の日の昼休みのこと。
「なぁ彗人、昨日のこれってなかなか厄介じゃね?」
「ん?あ、課題か!すっかり頭から抜け落ちてた!」
ゴールデンウィーク前の最難関であろう課題リストが羅列された用紙をこちらに見せながら、机と椅子の向きもこちら側に変えてくっつけてくる大塚豊。
「どの課題を選ぶかによっても手間と時間も違ってきそうよね」
机の横に引っ掛けてあったランチバックを取り、椅子だけこちらに寄せて弁当を取り出す黒髪ロングのメガネ女子、坂井一恵さん。
(いつからこのメンツで昼飯を食べることがデフォルトになったのやら……。まぁいいけど)
何かを言うことで二人に波風が立つようものなら豊にも悪いし、今日も三人での昼ご飯の時間を甘んじてうける。
「お、もーらい!」
いつもの様に人の弁当箱から玉子焼きを奪っていく豊。
そのまま満足そうな笑顔で悪びれもなく食べている。
「豊くんいつも食べてるけど、暖簾くんの玉子焼きってそんなに美味しいの?」
私も食べたいなぁ、という表情で催促してくる。
「暖簾くんて何!?めっちゃ言い得て妙なんだけど!」
ケラケラ笑う豊。
「あっ、ごめんなさい!勝手にあだ名つけちゃってて。家で妹にクラスの話をしてる時に前髪が暖簾みたいって言ってて、妹が暖簾くんだねって言ってたから、ついうつっちゃった」
ペロリと舌をだし、フォークを持った右手で頭にコツンとする坂井さん。
「暖簾くんかぁ、俺もそう呼…」
「豊が呼ぶのはダメだよ」
食い気味にダメ出ししておく。
「なんでだよ!小学校からずっと一緒の幼なじみの俺がダメで、今年からクラスメイトの一恵ちゃんは良いんだよ?!普通逆だろ?」
「幼なじみって言ったって、中学が終わるまでほとんど話したこと無かったわけでしょ?実際話し始めたのは去年クラスが一緒になってからだし。
本当なら坂井さんにも出来れば普通に名前で呼んで欲しいところだけれど、あだ名で呼ばれるのって初めてだし、それはそれで嬉しいかも」
「え〜、なんだよそれ〜!」
「それより課題どうするの?」
話題を変える。
「ほんそれ!どうすっかぁ」
1個目の焼きそばパンを食べ終え、コーラの缶をグイっとひと飲みして、2個目の果肉入りメロンパンの袋を開けはじめる豊。
「ねぇ、豊くんや暖簾くんは勉強出来る方なの?」
坂井さんはそう聞きながら、小さな弁当箱をお上品につっついている。
「俺はどっちかと言うと、地歴とか公民、国語系は、まあ自分の中では得意というかまだマシな方。でも、理数系はサッパリ、てんでダメ。
のれんく…もとい、彗人は結構出来る方で、確か2回くらい掲示板に載ったりもしたよな?特に英語と理数系はかなり出来る」
「へぇ、そうなんだ?」
「さ、坂井さんはどうなの?」
と会話に参加してみる。
「私は元々ガリ勉だったし、自分で言うのもなんだけど、まあまあ出来る方と言ってもいいかな?
去年は一年間ずっと掲示板に載っていたよ?名前に見覚えない?私だけじゃなくて、あの委員長の蓮佛さんも常連だよ?」
少し誇らしげに小ぶりな胸を逸らして、エッヘンというポーズをとる坂井さん。
通常は個人情報保護の観点から、成績順位は掲示されないようになっているのが一般的だが、この学校は上位20名だけは成績上位者として発表される。
ということは、坂井さんと正統派美人委員長は学年トップ20位以内の頭脳の持ち主ということ。
「ええ、すごいじゃん一恵ちゃん!!彗人!俺らはどうやらかなりツイてるようだ。一恵ちゃんという最強の武器を手に入れたぞ!
今回の課題も問題なさそうだし、今年一年はテストに不安は無くなったな」
「最強の武器って失礼な!坂井さんも自身の勉強があるんだし、頼りっぱなしも良くないと思うよ?」
「暖簾くんいいこと言うね。でも大丈夫だよ?人に教えることで自分の復習も兼ねられる訳だし、分かりやすく教えようと考えることは問題の本質がより理解出来てくるから、私のためにもなるの」
「へぇ〜そんなものかぁ」
と言いつつまた残っている僕の弁当箱の玉子焼きに手を伸ばしてくる豊。
「ダメだよ豊。これを食べられちゃったら、僕の食べる分がなくなっちゃうよ」
右手を顔の前に上げ、「ごめんって!」と言う豊。
「そんなに気に入ってくれてるなら今度からもっと多めに作ってこようか?坂井さんも食べたそうだったし」
「え!私もいいの!?」
パァっと笑みを浮かべる坂井さん。
「手間は一緒だし、作る時に覚えてたらだけど、玉子焼きだけ二人の分も作ってくるよ」
「さすが彗人!明日の昼飯が楽しみだぜ!」
「覚えてたら、だよ!それに明日かどうかは約束してないから」
ホント現金な悪友だなと苦笑しつつ、死守できた最後の玉子焼きに箸を向けた。
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