VRで自分の機体を手に入れるためなら、何だってする

烏目 ヒツキ

インフィニット(VR世界)

ステラ・ローズ ※ステラ視点

 2040年。

 世界は超情報化社会へ突入していた。

 人類のコミュニケーションは、【仮想現実インフィニット】と呼ばれるVRがメイン。


 人々は現実世界での交流を少なくして、仕事や生活、交流に至るまでをインフィニットに依存していた。


 現実世界では、宇宙開発が進んでいる。

 月面基地局でサーバー管理をするエンジニア。

 宇宙コロニーで働く職員。

 月の表面でロボットを操作して工事を進める作業員。


 地球表面上では、世界的な人口が減少。

 その代わり、テクノロジーは発展して、空を飛ぶ車が横行し、宅配ドローンが当たり前に飛び交う時代となっていた。


 そして、インフィニット内では、が増えていた。

 100億人。

 これがインフィニット内の人口だ。


 現実世界以上に何でもできて、文字通り自由な世界。

 例えば、現実世界とは違って痛みがないので、過激な格闘技が流行っていたりする。男女の肉体的な制約がないので、女が圧勝する場面だって多く見られた。


 他にはアイドル。

 元々、バーチャル上で活動していたアイドルが、現実とあまり変わらない世界で、華やかに活躍している。

 現実では、実現する事が難しい演出だって可能。

 厳しいのは、作る人間の労力くらいなものだ。


 今まで現実世界で売られていた品々のほとんどが、インフィニットに移ったようなものなので、当然営業などの仕事も、インフィニット内で行われる。


 さらに、インフィニットでは言葉の壁が存在しない。

 同時翻訳で、相手の生態をAIが使い、相手の国の言語で話してくれる。このため、トラブルは非常に多いのだが、2040年頃には、一定のモラルやリテラシーを守れる人しか残っていないので平和なものだ。


 何でもできる空間で、好きな事をして、好きな人と生活。

 まさに天国を絵に描いた場所だ。

 ちなみに、広大な土地は、各エリアごとに分かれている。

 全部で99のエリアがある。


 現実でいうと、が、一つのエリアだ。

 具体的な大きさは、アメリカ大陸でも、アフリカ大陸でも変わらない。

 なぜかというと、どちらのサイズも、インフィニット内には存在するからだ。


 なので、土地絡みで争うことは、まずないだろう。


 人々はこれだけ自由に生活できる場所で、長らく平穏に過ごしてきた。

 痛みというのも忘れて――。

 失うというのも忘れ――。

 本来ありえないものが、当たり前になり過ぎていた。


 そして、2041年。


 最悪の事件が起きた。

 場所は、エリア1。

 初めに作られ、最も栄えるエリア内で殺戮が起きたのだ。


 通常、インフィニットでは肉体が損壊すると、ですぐに治る。どれだけ肉体が壊れても、注射一本で治る世界なのだ。死とは無縁のはずなのに、病院などがあるのは、一種のロールプレイングのためだ。


 何より、痛みは感じないので、人々はのん気なものだった。

 死に掛けながら、日常会話をする人がほとんど。

 でも、殺戮が起きた時は、全く違った。


「い、だい! いだいよ!」

「お母さん! 足、く、くっつけて!」


 ビルが立ち並ぶ市街地は、火の海。

 そこらかしこから、悲鳴が絶え間なく聞こえていた。

 全身痙攣を起こして、嘔吐する人までいた。

 子供は片足を失くして、ずっと歯を食い縛っていた。


「早く逃げるぞ!」

「待って。こ、子供が……!」

「そんなもん、放っておけ!」


 逃げ惑う人々が注目しているのは、高層ビルとビルの間から虫のように飛んでくる物体だった。静音飛行して飛んでくる円盤型の機械。

 ドローンだ。

 機体の裏には、連続射撃が可能な銃器が取り付けられている。


 ドローンの数は、一つや二つではなかった。

 ざっと数えただけでも、三桁は下らない。

 赤い空を飛び交う羽根虫のように、ドローンは動き回る人を見つけては、即刻射殺を繰り返していた。


 最悪なのは、小銃を取り付けたドローンだけではないという事。

 二回りほど小さいドローンに至っては、爆弾が内蔵されていた。

 これが人を感知した時点で、すぐに飛んでくる。

 爆発に巻き込まれた人々の方が多く、引火した車でさらに大勢が


 ワタシは、エリア1で大勢が死んでいる間、レストランの床にうつ伏せになっていた。


 正確には、頭を押さえつけられ、見知らぬ男達に暴行を加えられている最中だった。


「母さん!」


 母さんは顔を押さえつけられ、動けない状態だった。

 ワタシの見ている前で、何度も殴られ、聞いたこともない呻き声を上げている。


「母さん! 動いて!」

「うっ! ぐっ、ぎ、だいぃっ! いだい、なに、これぇ……」


 馬乗りになった男は、容赦なく母さんを殴り続けた。

 殴る事の何が楽しいのか。

 ゲラゲラと笑って、握った拳を何度も振り下ろしている。

 地獄だった。


「は、なせ!」


 一人がワタシの頭を押さえ、もう一人が腰に乗っている。

 相手の憎たらしい顔を見てやろうと思ったが、振り向けなかった。


「なあ、ボギー。早くこいつやろうぜ」

「こんなデカパイをよぉ。レイプできる機会なんてそうそうねえんだからよぉ」


 頭を押さえられているワタシは、確かにその名前を聞いた。

 ボギーと呼ばれた黒い肌の男。

 金髪のパーマで、顔には星の涙のタトゥーを入れた男だ。

 やつは、ワタシが見ている前でズボンを脱ぎ、母さんに覆い被さった。


「待てって。快楽を味わえるか。今、実験中だっつうの」

「やめろ! こん、のおお!」

「大人しくしてろよ、デカ乳がよぉ!」


 ゴンっ。

 頬骨を伝って、ビリビリと痺れる感触がした。

 殴られた事は分かる。

 だけど、痛みを感じる理由が分からなかった。


「……?」


 ワタシは、ここで事に遅れて気づいた。

 いや、正確には男たちに押さえられる際に殴られたので、痛みには気づいていた。だけど、脳みそにまでくるは、痛みだけでは済まない。


 こんな感触の機能が実装されている意味が分からなかった。

 これでは、まるで

 角度が悪ければ、脳みそが揺れてしまうことに気づき、ワタシは自分の中で、何かのスイッチが入った。


「お、らよ!」

「うぐ、あああああ!」


 母さんの悲鳴が響き渡った。

 壁には、母さんに覆い被さる男の影が映っている。


「やめなさい! くそ! 離せ! 離せええええッ!」


 頭がどうにかなるかと思った。

 ワタシの視界には、心拍数の異常上昇を報せる文字が表示され、耳にはずっとアラームが鳴り響いた。


「うあああああああ!」


 腹の底から声を搾りだし、ワタシは――押さえつける二人の拘束を振り解いた。

 頭を押さえつける奴の金的を握り、怯んだ隙に上体を捻って胸倉を掴んだ。頭突きをかますと、呆気なく解放され、奴らが手に持っていたナイフを奪って応戦。


 だけど、肝心の男だけは逃がした。


「今日はスッキリしたから帰るぜ。また今度可愛がってやるよ」

「待てぇ!」


 本当だったら追い詰めていたはずだった。

 でも、インフィニットは飽くまでVRだ。

 ログアウトをすれば、光の粒子になって消えていく。

 痛覚は宿っても、ここだけは変わらなかった。


 残されたのは、顔の形が変わった母さん。


 たぶん、あばら骨まで折れていたと思う。

 母さんに気を取られた隙に押さえられたけど、こんな事なら無視してでも、あいつらを殺してやればよかった。


 もっと最悪なのは、ログアウトのという事。

 通常、肉体に異常があれば、強制ログアウトが作動する。

 なのに、作動してくれなかった。


 必死に呼び掛けたけど、母さんはグッタリとしたまま動かなくなった。


 2041年は、ワタシにとってのある年になった。

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VRで自分の機体を手に入れるためなら、何だってする 烏目 ヒツキ @hitsuki333

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