第6話 和解、後に不穏
ひとしきり笑ったあと、「そういえば」と親友が口を開く。
「お前、なんで今日こんな早いんだよ」
確かに、時計の針は、いつも2人で登校する時間よりも20分ほど早い時間を指していた。
「いや、実は色々やろうと思って」
と、まずはダイチ先輩に謝りに行ったことを話す。
「ふーん、俺にちゃんと話すよりも先にダイチ先輩のとこ行ったんだ」
と拗ねる親友に、お前が昨日掴みかかってきたからだろと言いたくなるが、それを言える立場じゃないのは分かってたので、素直に謝る。
「まぁいいや。さっき謝ってもらったし。それで、それだけの為にこんなに早く来たのか?」
不思議そうな親友の顔を見て、俺はもう一つやらなくちゃいけないことを思い出した。
「そうだ、入部届書こうと思って」
そう言って、アツシの前に位置する自分の席から、入部届を引っ張りだした。そこには昨日書いた文字で「野球部」と書いてある。消しゴムをかけるのは少し気が引けたが、ここにきて引き返すもんかと、力強く文字をなぞった。部活名のところに「ギター・マンドリン部」と書くと、その下の部活動コードを探すために部活の紹介冊子を開く。音楽系の部活だから、文化部のところを開いて、パラパラとページをめくる。あれ、おかしい。もう一度ページを一から探すが、どこにも「ギター・マンドリン部」の文字はなかった。
「これは、ちげぇのか?」
と親友の指さすところをみると、「弦楽器部」という文字があった。写真を見ると、確かに昨日みたマンドラや、クラシックギターが並んでいた。でも、圧倒的に人数が少なく、何より、カノンさんをはじめとする、昨日の演奏に参加していた人たちは一人もいなかった。
昨日貰ったチラシを鞄から取り出し、もう一度確認する。
「いや、やっぱり『ギター・マンドリン部』だよ。これじゃない」
なんでだろうと運動部のページを開くが、やっぱりそこにもあるはずはなかった。印刷漏れだろうか。と不思議に思っていると、ちょうどタイミング良く先生が入ってきた。見ると、もうすぐ朝のホームルームが始まるらしかった。
「ちょっとだけ時間あるし、先生に聞いてみるわ」
と椅子から立ち上がる。「いってら」とアツシが手を振った。どうにもこいつは昔から大人と話すのが嫌いらしいが、それは中学に進学しても変わらないみたいだ。
「あの先生すみません」
と声をかける。
「うん、どうした?」
と反応してくれる担任は、今年で二年目の新人らしく、まるぶち眼鏡でふわふわとした、どこか掴みどころのない人だった
「実はこれなんですけど」
と入部届と、部活の紹介冊子をひらく。
「昨日見学に行った、『ギター・マンドリン部』に入部したいんですけど、部活のコードが載ってなくて」
というが、反応が返ってこない。不思議に思って顔を上げると、ふわふわとは正反対の見たことのない顔をして担任が固まっていた。
「ギター・マンドリン部かぁ」
としぼり出したような声を出すと、担任はわざとらしく目を泳がせる。
「いや、ううん。全然いいと思うんだけどね。新人だから僕もあんまり詳しくはないんだけど、それは君にふさわしくないというか、もっといい部活があるんじゃないかなと思うんだ」
めちゃくちゃ苦い顔をしている。全然いいと言っておきながら、全然よさそうじゃなかった。
「そうだ、野球部には入らないの?小学校6年間ずっと続けてたんだよね」
継続するって素晴らしいことだよ、中学でもどうかなと話をはぐらかされるが、そんな口車には乗らない。
「いや、俺は『ギターマンドリン部』に入部したいんです」
そう答えると、まっすぐに先生の方をみる。
「そっかぁ」と力なくしょぼしょぼになる担任は、僕はおすすめしないんだけどなぁと言いながら
「じゃあ、また放課後ちょっと話そうか。もう朝のホームルーム始めるから」
と力なく答えた。みると、2分ほどあった時間の余裕はもう0になっていた。クラスメイトに迷惑をかけるわけにもいかないので、とりあえずおとなしく席に着く。どうやら印刷ミスではなく、あの部活が、学校に人を入部させたくないと思わせる「何か」を抱えていることは確からしかった。
夜明けとマンドリン @Tsuki0kaMusubu
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