男女反転『男性専用車両』がある世界

御坊狐

第1話 常識がひっくり返った朝

加賀山 蓮は普通の男子高校生である。

両親は海外赴任中で一人暮らし。成績も運動も平凡で、友達と遊ぶくらいが日々の楽しみだ。特に目立つこともなく、どこにでもいるような青春を送っている。

その日もいつも通り、スマホのアラームで目を覚ました。

急いでベッドから飛び起きると、朝の光がカーテン越しに差し込む部屋が目に入る。洗剤の香りが漂う部屋には特に変わったところはない。

――ただ、何かが違う。

「…昨日もこんな感じだったっけ?」

顔を洗おうと洗面所に向かい、鏡を見た。そこに映るのはいつもの自分の顔。それなのに、まるで別人のような違和感が胸をよぎる。


洗面台に目を落とすと、見慣れないボトルがいくつか増えていた。

そのうちのひとつを手に取ってみると「ハンドシェイプクリーム」と書かれている。説明書きには「指先まで引き締め、美しいラインを作る」とあるが、どこか聞き慣れない単語だ。

「なんだこれ…」

首をかしげつつ準備を進め、制服に着替える。だが、ふとした瞬間に感じる違和感が拭えない。服の感触や自分の腕の手触りが、なぜか馴染まない。

窓の外から、女性の笑い声が聞こえてきた。

「やっぱり男の胸筋って最高だよね!」

「だよね~、特に腕の筋肉とか、マジで惚れる!」

普段なら気にも留めないような会話なのに、今は妙に気になる。窓を少し開けてみると、近所の女子たちが筋肉談義に花を咲かせているのが見えた。

「…なんか変だぞ?」

その疑念はスマホを手に取るとさらに強まった。

SNSを開くと、「男性の魅力は筋肉で決まる!」と大きな見出しが躍る投稿が目に飛び込んでくる。隣には筋肉を鍛えるトレーニング法や、体毛ケア製品の広告が並んでいた。

「なんだこれ…?」

青年誌の後ろにひっそりと載せるレベルの事をなんでこんな大げさに、と、加賀山は呆れたようにその記事を閉じ、画面をスクロールしていくと、とある記事で手が止まった「男性専用車両に女性が侵入、問題に!」という記事だ。

「男性専用車両?」

思わず声を漏らす。普通なら女性専用車両に男性が乗り込んで問題になるはずだ。しかし、コメントには「男性専用の空間は守るべき!」と書かれているのだ。

「…え?」

混乱した頭でその投稿を繰り返し読み返すと、その違和感はますます大きくなる。自分が知っている現実とは、あまりにも異なっている。自分の知る常識が、すべてひっくり返ったような感覚。

「世界がおかしくなってる…」

そう呟きながら、加賀山はさらに情報収集を続ける。何気なく流れている広告が、さらにその確信を強めた。

「男性の魅力を引き出すボディケア」

「大胸筋を鍛える新時代のトレーニング法」

「ラインファーミングが命!女性も憧れる理想の男性像!」

加賀山はその広告に目を凝らし、息を呑んだ。美容関連の企業が標的にするのは、加賀山が知るような女性ではなく、男性がメインになっていた。

(ラインファーミングってなんだよ…)

そんなことを思いながら再びスマホに目を落とすと、加賀山の疑問と同じコメントがあった。

「ラインファーミングってなに?」

「体毛ケアだよ、言わせんなノンデリ女!」

そのあとは、いかに体毛ケアが大変か語る声と、いっそ脱毛してしまえと言う声、果てには流行は巡るから安易に完全脱毛すると後々恥をかくという声が延々と書き連ねられていった。


軽くめまいを覚えた加賀山は、スマホを置くと窓の外の街並みに目を移した。すると加賀山の視界の端に一枚のポスターが映った。豪華な男性専用ジムの広告で男性モデルが、大胸筋を誇らしげにアピールしている。


窓の外から再び聞こえる女子たちの声。

「おっほ~、男の大胸筋、最高~!」

「見て、あの腕!筋肉やばくない?」

「ってか、ポスターめっちゃ攻めてるじゃん」

鼻の下を伸ばすような女子の声に、加賀山は慌てて胸を隠した。なぜか自分が見られているような気がしてならない。


「…俺、異世界にでも来たのか?」

そう呟いた瞬間、違和感は確信に変わった。

ここは、元いた世界ではない――常識が反転した、見知らぬ世界だったのだ。

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