第3話 原初の巫女
というわけだが、ベルの出番はこれで終わりではない。
広場での礼賛の儀礼のあと、山車はそのまま至上巫女を乗せて、都市の北端まで移動する。次にあるのは、〈原初の巫女〉を讃える儀式だ。
創世のあとの時代――。
女神は愛娘に一粒の麦を与え、地上に遣わしたという。娘は水に浸かったこの地を乾かし、麦を根付かせ、神の写し身である人間を生んだ。彼女こそがダムキナの民の直接の祖先、今では〈原初の巫女〉と呼ばれる存在だ。
女神がその身から分けた『愛娘』でありながら、〈原初の巫女〉は人に近く、生と死を与えられていた。人間たちが大地に根付き、繁栄するのを見届けたあと、この地で息絶えたとされる。
その霊廟が現在も、都市の北端に残されていた。
ダムキナの都市の北側は、そびえ立つ崖に接している。その崖面に半ば埋もれるようにして、白い石でできた小さな祭壇があった。とても簡素で、目立つ装飾もない。けれどこの祭壇こそが〈原初の巫女〉の霊廟の入り口であり、日常的に人々が訪れて祈りを捧げる聖所だ。
今その前には、至上巫女ベルの姿がある。
といっても黒い服を着た神官たちに囲まれているので、その姿はほぼ見えない。礼賛の儀礼と違い厳格な神儀なので、民衆へ見せることは考慮されていないのだ。
それでも霊廟の前には人々が詰めかけ、張られたロープの外で儀礼を見守っていた。静粛に、とはいかないけれど、歓声を上げたりすることはない。
至上巫女の守護者たちも、今回はロープの外だ。とはいえ民衆とも区切られた、崖に近い区画にいた。彼らは神殿軍の特別職という位置づけであり、神官ではないので神儀に立ち会うことはゆるされない。
ラームの手の中には、先ほどの青い花がある。さすがに神儀となると、神官たちも大目に見てはくれなかったので。
「やっほラーム、エア君。式は順調?」
ふいに軽快な女性の声が、少年たちを振り向かせる。
「姉さん」
「指南役!?」
「ナンナでいいって言ってるのに」
気さくな笑顔の女性がひとり、するりとロープをくぐり抜ける。
簡素かつ地味な茶色の服は、彼女が神殿の文官であることを示していた。守護者用の区画に立ち入れるほど高位の……ではなく、単なる身内特権だ。とはいえダムキナでは、彼らに並ぶほどの有名人である。
最強魔法士の姉であり、弱冠十九歳にして神殿の外交補佐官。
そして神殿軍の剣術指南役――平たくいうと、エアの上司にあたる人物でもある。
「何かあったのか? いま会合の時間だろ、たしか」
「抜けてきちゃった」
赤みの強い琥珀の瞳を細めて、ケロッとナンナが応じる。結い上げた髪も赤みがかった茶色で、大きな耳飾りの石も赤。何かと人目を引く人物である。
「何やってんだオイ!?」
「嘘うそ。早く終わったからベルちゃん見に来たの。いやん相変わらずかわい~」
「見えませんけどね」
冷静にラームが指摘する。彼は基本、姉に対しても敬語をくずすことがない。さすがに二人きりだと違うらしいのだが。
細かいこと言わないの、とナンナがふくれた。
「そりゃ私だってパレード見たかったけどさあ、なかなか神殿抜けらんないんだよね。仕事あるし、一応役職持ちだし」
「一応とか言うなよ……」
呆れてエアが突っ込む。
剣術指南役は剣士団のいわば顧問的な立ち位置で、前線に出ることはないが、権威ある地位に変わりはない。外国仕込みの剣の腕を買われて、若くして彼女はその地位にいるのだが。
大祭中の神殿は参拝客でごった返し、その対応には神殿関係者どころか、家族まで総動員で当たっている。さすがに彼らを差し置いて、勝手な真似はできないものだ。
「しかしすごい人だねー。ベルちゃん頑張ってるじゃない」
目を細めてベルのいる方を見て、うんうんとナンナがうなずく。
「成長したもんよねえ。前の時は神官さまが付きっきりで、台詞も全部教えてあげて……。ベルちゃん一生懸命唱えて、あれもハイパー可愛かったわあ」
「いや甘やかしすぎだろそれ。マジでか?」
「あっそか、前はエア君は追い出され組だったのよね」
「あの時ティアマトは六歳でしたし、正式に至上巫女になって一年足らずでしたから。さすがに無理だということで、そんな形になったようですよ」
四年に一度行われる、このダムキナの大祭は――。
母なる女神へ感謝を捧げる、女神の子孫、ダムキナの民のための祭りで。故郷を離れた者たちが帰ってくる一方、よそ者はすべて市壁の外に追い出されるのが習わしだった。エアもダムキナの生まれではなく、辺境と呼ばれる土地の出身なので、もれなく外に出されていた。
この習わしは神殿に所属する者は例外とされ、正式に神殿軍の一員となった今回は、祭りに参加できるのだが。
「初めての大祭はどう? すごいでしょ」
「たって、見てる暇ねえからなあ。ずっとあいつについてなきゃだし」
「あはは、そりゃそっか」
軽く笑って、ナンナはまた至上巫女のいる儀礼の場に目を向ける。
「ベルちゃんも儀式続きで大変よね。ふたりもお務めごくろーさん」
「別に何もねえけどな。あいつがぎゃーぎゃーうるせえ以外は」
「エア君は懐かれてるねえ」
うんうんとナンナはうなずく。エアは嫌そうな顔をしたが、相手が相手なのもあってか、口に出しては反論しない。
「実際、何事もないですね」
ラームが静かにつぶやき、一瞬だけ視線を都市の方へ投げる。
「あんなことがあった後ですし――。警戒はしていたのですが」
ふ、とナンナが表情を引き締める。エアもつられたように、鋭い視線で同僚を見返した。
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