第4話 お父様への報告

気が付いたら朝になっていた。

アリスが洗顔用の盥を、ベルが着替えを持って寝室に入ってきた。


「おはようございます、お嬢様。今キャンティが朝食の準備をしております。本日はこちらのお召し物でよろしいでしょうか。」

「ええ。ありがとう。着替えが終わったらあなたたちも朝食にしてね。給仕はキャンティに任せるわ。その代わり、2人はお父様との遠隔会話の時についていて。会話の範囲指定の魔導具も忘れずに持ってきてちょうだい。」

「かしこまりました。」


テキパキと支度を終えた頃にキャンティが朝食を持ってくる。

今日も側仕えたちは息がピッタリだ。

今日は時間がないのでパンと野菜のスープにジャム入りのヨーグルトだけ。

朝食は寮の食堂からビュッフェ形式で食べたいものを自室や談話室のテーブルに運んでもらって食べることになっているので、多少急いで食べても誰にも見咎められないのが良い。

けれど急いで食べると食事をしている2人を急かすことになるので、少しゆっくり食べる。

食後のコーヒーはお父様との会話の時に淹れてもらうことにする。


食べ終わって隣の部屋に移動するとテーブルの前に台に固定された大きな鏡が運ばれていた。

鏡のフレームと台には魔石がいくつかついており、その間には装飾が彫られている。

一見すると豪華な鏡台のように見えるそれは、遠隔会話の魔導具で、離れた者の姿を映し、声を伝える。

そして鏡とテーブルを囲むように金属の棒が置かれている。

この棒は魔導具で、棒についている魔石に魔力を流すことで、囲われた範囲外に音が漏れないようにすることができる。


鏡台の1番上の魔石が光る。

この魔石は通信が入ったことを知らせるもので、お父様からの呼び出しだろう。

台の上の1番大きい魔石に魔力を通すと、鏡にお父様の姿が映し出された。

少し疲れているように見えるけれど、いつも通りのお父様のお姿を見てホッとする。

やはりスペルキャス公爵家との婚姻は私にとって心の負担になっていたようだ。

相談できる相手がいるというだけで少し安心してしまったみたい。


「おはよう、ミスティカ。

緊急の用だそうだけど、何か困りごとかい?」


私と同じ紫の瞳が心配そうにこちらを見ている。


「おはようございます、お父様。

本題の前に範囲指定をお願いします。

……単刀直入に申し上げますと、婚約の打診をいただいたのです。」


お父様の側仕えが範囲指定の魔導具を起動させるのを待って本題に入る。


「本当かい!?あぁ良かった。

私の力では相手を見つけられなくて申し訳なく思っていたんだ。

でも、その顔を見ると訳ありという感じだね。

どなたからお話をいただいたのかな?」


極力顔には出さないようにしていたが、やはりお父様にはお見通しだったようだ。


「スペルキャス公爵家次男のアルノール様です。」

「アルノール様!?公爵家、しかも次期当主じゃないか!」


普段落ち着いたお父様がこんな顔をするのは珍しい。

大きく見開くと金色の虹彩が入るのね。

私の瞳もそうなのかしら。


そんなことを考えている間にお父様は落ち着いたらしい。


「いや驚いた。話はどの程度進んでいるんだい?」


お父様に昨日イルミネル様からお話をいただいたこと、今のアルノール様とのご関係、婚約の理由、公爵様の承諾があることなどを説明した。

婚約と聞いて最初は嬉しそうな顔をしていたお父様はすぐに哀しそうな顔になる。


「そうか…。あまり幸せな結婚とは言えないかもしれないな。

ただ相手が公爵家なら我が家に拒否することは不可能だ。

うちは優秀だと言われているが、所詮は家格低い我々の中の話。

ウィズディア家で1番優秀なミスティカに幸せな嫁ぎ先を見つけてあげられないなんて、本当に自分が不甲斐ない。」


そう言って項垂れるお父様。


「お父様のせいではありません。私の立ち回りが下手なことと、女性としての魅力がたりないせいです。

お父様に心労をおかけしてしまって、私の方こそ申し訳なく思っております。」


この言葉を聞いたお父様は哀しそうな顔をやめ、真剣な顔になる。

急に雰囲気が引き締まったのを感じ、思わず背筋を伸ばした。


「ミスティカ、そのように自分を卑下するのはやめておくれ。

ミスティカは私たちの大事な娘だし、美しい心も愛らしさも持っている。その上とても優秀だ。

私もアウローラもミスティカのことを誇りに思っている。

確かに1度婚約に失敗したかもしれない。

けれど、それは相手を選んだ私と誠実さの欠片もなかった相手の落ち度でミスティカのせいではないんだよ。」


アウローラとはお母様のお名前だ。

貴族の中には家族とは名ばかりの関係性の家族もたくさんいる。

そんな中でこんなに愛されている私はとても恵まれていると実感した。

思わず涙が零れそうになる。


「……ありがとうございます。

婚約が断れない以上、少しでもお父様とお母様のように素敵な関係性を築いていけるように努力いたします。

そのためにもどのような条件で輿入れをするのか交渉すべきだと思うのですが、ご相談に乗っていただけますか?」


両親の愛に応えるためにも、幸せになる努力をしなければと決意を固め、お父様と話し合うことにした。


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