第3話 葛藤
部屋に戻ってお父様に明日の朝食後、遠隔会話で至急ご報告したい件があると手紙を書き、キャンティに手紙の転送機で送ってもらうと、ベルがお風呂の準備が出来たと呼びに来た。
お風呂が終わると寝室で明日の予定を確認し、1日働いた側仕えたちを労って解散させる。
今日の寝ずの番のデーナを伴ってベッドに入ると、デーナが寝支度を整えて天幕をおろしてくれた。
目を閉じると、今日の夕食時の会話が頭を占める。
アルノール様と結婚…か。
イルミネル様にはああ申し上げたものの、やはり不安のほうが大きい。
公爵夫人なんで私に務まるのかしら…。
そもそもあのアルノール様が大人しく私との婚約に応じるとも思えないわ。
それに、いつもご一緒のポンパルト侯爵令嬢は色々おっしゃってくるでしょうね。
イルミネル様だったらこんな迷いはなかったのに…。
それに可愛いとおっしゃってくださったわ。
……って何を考えているの!?
あれはきっと私を和ませるためのご冗談よ。
そう、冗談。
私を可愛いと言ってくださる方なんて現れないのだから。
「お前を可愛いなんて思うやつがいるわけないだろ。本気にするなよな。」
過去に言われた言葉がフラッシュバックする。
そこからは自然と苦い思い出に思考が流されていく。
あれは4年前…。
私が高等学校5年生、あの方が最終学年の7年生の頃の出来事。
7歳で高等学校に入学すると、近隣の領地の貴族たちの交流を目的に交流会が頻繁に開催される。
あの方は自領と隣接する子爵家の長男で、入学前にも何度かお会いしたことがあった。
そんなご縁で交流会で会うたびにお話をしていて、仲良くなれたと思っていた。
あの方の領地は魔物が多い地域で領地の兵も多く、領主一族も武に秀でた者が多い土地柄。
農業が盛んで、文官仕事が得意なウィズディア子爵家とは正反対で昔から婚姻や交易が盛んに行われていた。
正式なやり取りはまだだったが、私があの方の家に嫁ぎ、ウィズディア子爵家の次女があの方の家の三男を婿にお迎えするという話が内々に進んでいた。
「ミスティカ嬢は優秀だな。良かったら将来的には僕の家を支えてくれないか?その……妻として。父には許可を取ったし、ミスティカ嬢は派手な綺麗さはないが、か、可愛らしいと思っていたのだ」
あの時はあの方が赤面しながらおっしゃるのを見て、慣れない褒め言葉を精一杯口にしてくださったのだと、とても嬉しく思った。
その後、私もお父様に許可を取って後は家同士のやり取りをという段階になって掌を返された。
あのご様子は不本意な言葉を言わなければならない葛藤からの言動だったのに…。
もちろん自分が可愛いだなんて思っていたわけではない。
でも結婚する人くらいには政略結婚だとしても、能力を買ってもらって顔にも愛着を持ってもらえたら嬉しいと思ってしまった。
それすら分不相応だと気が付かなかった。
舞い上がってしまうなんて恥ずかしいわ。
後から聞いたことだが、私たちの婚約が内定した頃、あの方の家のご領地の隣、自領から見ると隣の隣の男爵家の末娘があの方とお近付きになっていたようだった。
その男爵令嬢はとても可愛らしく、同性から見ても魅力的だった。
末娘で自領の経営に携われない彼女は、嫁ぎ先を精力的に探していて、何人かの方にアプローチをしていたようだった。
彼女は結局あの方を選ばず、私とあの方の婚約が白紙に戻っただけに終わった。
不運だったのは私は内々に決まっていただけで、どうなるかわからなかったので秘密にしていたが、あの方が仲の良いご令息たちに私たちの婚約のことを伝えてしまっていたことだった。
お陰で「顔だけ令嬢に騙された愚かな男とその愚かな男に振られた哀れな女」というレッテルが貼られてしまった。
この件であの方はもちろん私も高等学校内でお相手を探すのが難しくなってしまった。
いや、もっというなら広い地域との交流を必要としない子爵家や男爵家は、大体同じような階級の相手を高等学校内で探すため、結婚相手自体を探すことがとても難しくなった。
だからこの縁談は本当にありがたいのだけれど……。
でも……。
そんなことを考えているうちにいつの間にか私は眠ってしまっていた。
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