第2話 私が公爵家に嫁ぐのですか?
書類から目を上げると生徒会室には私とイルミネル様しか残っていなかった。
「お疲れ様。いつもミスティカ嬢に負担をかけてすまないね。
良かったらここで一緒に夕食を摂らないか?」
初めてのお誘いだ。
今日は本当に体調が良いのね。
普段は最後まで生徒会室にいるわけではなく、仕事を割り振ったらご帰寮されることが多いのに。
「お誘いありがとうございます。是非ご一緒させてくださいませ」
ベルを鳴らして別室で待機していた自分の側仕えにここに夕食を運んでもらうよう指示をする。
既に食堂から夕食を運んで保温器に入れてくれていたようで、書類を片付ける間に温かい食事がすぐに運ばれる。
「ミスティカ嬢は将来のこと、どう考えてる?」
「将来…ですか?」
唐突な質問に思わず口ごもる。
「ごめんごめん。突然すぎたね。
ミスティカ嬢は嫁ぐ予定があったり、自領の手伝いをしたりする予定があるのかなと思って。」
「自領を継ぐのは弟なのですが、私が補佐に就くのは難しいだろうと両親は考えております。ですから婚姻で他領に出ることになるかと思います。
この容姿ですので相手が見つかるとは限りませんが…。」
周囲は容姿の優れた方ばかり。
本当に相手が見つかるのかという不安で思わず表情が暗くなる。
「そうか…。驚かないで聞いてほしいのだけれど、スペルキャス公爵家からミスティカ嬢に婚姻を申し込む予定になっている。相手はアルノールだから苦労することになるかもしれないのだけれど…。」
「ええっ!アルノール様と婚姻ですか!?あ……大声を出してしまい、大変失礼いたしました。」
驚きすぎてはしたなく大声をあげてしまった。
恥ずかしいわ。
「アルノールはあの性格だろう?だからしっかりした女性を補佐として結婚させるように母が言っているんだ。」
「ですが、その…アルノール様の周囲には素敵な方がたくさんいらっしゃるのに、私とのご結婚に納得されるのでしょうか。執務のお手伝いだけなら婚姻でなくとも就職させていただくだけでも大変ありがたいお話なのですが…。」
「私もね、母には反対しているんだ。既にアルノールが負担をかけてしまっているのに、それが一生続いてしまうからね。ただ、就職となると女性は結婚や出産時に辞めてしまうことになるだろう?男性もアルノールに不満が溜まれば辞めてしまう可能性もある。だから生涯サポートしてくれる結婚相手を母は探しているんだ。
母は後妻で私とは血が繋がっていなくてね。病気がちでも公爵家の息子として扱ってもらっている立場で、あまり強く反対ができずに申し訳ない。」
イルミネル様が頭を下げると銀色の髪が顔にかかる。
前髪の間から見える緑の瞳が哀しげに揺れる。
アルノール様に嫁ぐのは正直に言うと不安しかないが、申し訳なさそうなご様子についフォローをしてしまう。
「申し訳ないだなんてとんでもないことですわ。
もし本当に婚姻のお申し込みがいただけるのでしたら、とても光栄なことですもの。
それにスペルキャス公爵夫人がいくらおっしゃっても、アルノール様が納得なさらないかもしれませんわ。」
「いや…父も了承していたからほぼ決定と見ていいと思う。近々ミスティカ嬢の父君に婚約の打診がいくだろう。」
そう言ってイルミネル様はカトラリーを置く。
私に合わせてくださっていたのか、食べ終わるタイミングはぴったり一緒だった。
間を置かずに食器が下げられ、食後のコーヒーが運ばれる。
その後はいつゆっくり話せるかわからないからと、公爵家内の重要人物のお名前やお人柄、注意点なだを教えていただいた。
公爵家の赤裸々な内部事情を伝えられるということは、本当に婚約は決定しているようなものなのだろう。
公爵家に打診をされたら子爵家である我が家には拒否する術はない。
なんと言っても誰もが羨む格上婚なのだから。
「それから最後にね。」
コーヒーのカップを置き、立ち上がりながらイルミネル様はふふっと笑う。
「ミスティカ嬢は自分のことをそう思っていないみたいだけど、私はミスティカ嬢のこと、とても可愛いと思うよ。
スペルキャス公爵家に取り込むなら私が婚約を申し込みたいと母に頼んだくらいにね。母には却下されたけど。
じゃあまた来週。週末はゆっくり休んでね。」
私が返事をする前にイルミネル様は部屋を去ってしまった。
言葉を理解すると同時に顔が熱くなるのがわかる。
恥ずかしさで叫びだしたくなる衝動を抑え、側仕えに指示を出して寮へ帰る支度をする。
「へ、部屋へ帰りましょうか。アリスは食器を返してきてくれるかしら。ベルは先に戻って湯あみの用意を。キャンティは私と部屋に戻って手紙を書く用意を。万が一本当にスペルキャス公爵家から婚姻の打診が突然来たらお父様たちが卒倒してしまうわ。
それから、今日のお話は全て口外厳禁よ。側仕え間同士でも話題にするのは避けてちょうだい。どこで話が漏れるかわからないから。」
テキパキと指示通りに動く側仕えたちを見て、少し冷静さを取り戻す。
ふぅっと息を吐いて、私はキャンティを連れて部屋へ戻った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます