第2話『続く異変』


 そんなことがあった翌日。俺はいつものように自宅を出て、バスで学校へと向かう。


「……あれ?」


 バスに揺られることしばし。『桜木町』バス停に停車するも、いつもそこから乗ってくる幼馴染の姿はなかった。


「……玲奈れいなのやつ、寝坊か?」


 朝には強いんだよ……なんて自慢げに言っていた彼女の言葉を思い出し、俺は苦笑いを浮かべた。



 やがて学校に到着し、無数の生徒たちに混じって校門へと向かう。


「……じゅんくん、おはよ」


 その時、後ろから元気のない声が飛んできた。


 この声は玲奈だな。おおかた、寝坊して親父さんに車で送ってもらったんだろう。


「お前、二年になって早々寝坊かよ……」


 軽口を叩きながら振り返った直後、俺は言葉を失う。


 目の前に立つ玲奈はなぜか全身ずぶ濡れで、その短めの髪や制服から水を滴らせていた。


「……何があったんだ?」


「ちょっとね。ヘンなこと。体操服に着替えてくるから、先に教室行っといて」


 玲奈はそう言うと、学生たちの波の中へと消えていった。


 一瞬、通り雨にでも遭ったか……なんて考えるも、地面はまったく濡れていなかった。


「うーむ、わからん」


 俺は首をひねりながら、教室へと向かったのだった。


 ◇


 教室の自分の席に腰を下ろした時、尻の下に違和感を覚えた。


「なんだ……?」


 俺は腰を浮かせて、違和感がした場所を探ってみる。制服の尻ポケットに、何か入っている。


「コンビニのレシートでも入れてたかな……?」


 そう考えながら引っ張り出してみると……ポケットから出てきたのは、たしかに昨日捨てたはずの『炎』のカードだった。


「……嘘だろ」


 不可解な出来事に、俺は背中が寒くなる。このカード、まさか呪われたアイテムだったりするのか? そういうのはラノベの中だけにしてくれよ。


准也じゅんやそれ何? トレカ?」


 俺が冷や汗をかいて固まっていると、頭上から声が降ってくる。


 顔を上げると、腰ほどまである黒髪をポニーテールに結った少女が俺を見下ろしていた。


 彼女はクラスメイトの直見 瑞帆なおみ みずほ。一年の時から同じクラスで、俺と玲奈に何かとちょっかいを出してくるヤツだ。


「へー、こんなのに興味あるんだー。以外に子どもっぽいとこあるわねー」


 瑞帆は俺の手にあったカードをひったくり、まじまじと見るも……直後に首を傾げていた。


「むー? ただの黒いカードじゃん。競技王カードとかじゃないんだ」


「え?」


 ヒラヒラとカードを弄びながら、瑞帆は言う。


 俺には『炎』という文字と、獣のイラストがしっかりと見えるんだが。


 まさか、俺以外にはカードに書かれた文字が読めないとでも言うんだろうか。


「……あ」


 そんなことを考えた矢先、教室の入口から声がした。


 視線を送ると、体操服姿の玲奈が俺をじっと見ていた。


「あ、玲奈おはよー……って、なんで朝から体操服着てんの?」


「ちょっと制服が汚れちゃって……先生に許可は取ってるから、大丈夫だよ」


 そう言いながら、玲奈は俺の隣の席に腰を落ち着ける。


 一方の瑞帆は興味をなくしたのか、カードを俺の机に置いて玲奈と話し始めた。


「そういえばさ、玲奈は一昨日の事件、知ってる?」


「え、知らないけど」


「一昨日の夜、部活棟で爆発があったらしいの。部活で夜遅くまで残ってたまことが見たって」


 瑞帆本人は小声のつもりなのだろうが、なにせ隣の席での会話だ。おのずと耳に入ってくる。


「爆発? 怖いね」


「そうでしょー。窓ガラスとか割れて中庭に降り注いだんだって。しかも、原因不明」


 人差し指を立てながら、瑞帆が凄む。玲奈は不安顔をしていた。


 事件……と言われて、昨日の火事のことが頭をよぎったが、どうやら違うようだ。


「おー、お前ら、席につけよー」


 あとで慎に詳しい話を聞いてみようかな……なんて考えていると、担任教師が教室に入ってきた。


 俺はカードを鞄の中に乱暴に放り込むと、日直の号令を待つ。


 今日も平穏な一日の始まりだ。


 ◇


 その日の昼休み。俺は学食にいる慎を見つけ、声をかける。


「慎、ちょっといいか?」


「……みなまで言うな。准也の聞きたいことはわかってる」


 日替わり定食を手に彼の隣に腰を落ち着けると、慎は待っていたような顔をした。


「爆発事故の件だろ。昨日から色んな奴に聞かれまくってるよ」


 彼は盛大にため息をついたあと、卵焼きを口に運ぶ。


「話が早いな。何があったのか、教えてくれないか?」


「あの日は夜遅くまで自主練しててよ。その帰り、たまたま爆発現場を目撃しただけだ。すげぇ音がして、まるで雷でも落ちたかと思ったぜ」


「爆発の原因は何だったんだ? ガス漏れとか?」


「暗くてよく見えなかったし、それ以上のことは俺にもわからん。ただ、部活棟のガラスが割れて、破片がめちゃくちゃ降ってきた。俺の鍛え上げられた反射神経がなかったら、今頃病院のベッドの上だったな」


 キュウリの漬物を口に放り込んだあと、慎はドヤ顔をしてみせる。


 ――日代 慎ひしろ まこと。俺たちと同じクラスの彼は剣道部に所属していて、その実力は県内一とまで言われている。身体能力に自身があるのも納得だった。


「そんな危ない状況だったのか? 瑞帆のやつ、心配してる素振りすらなかったけど」


「あいつは俺が車に轢かれても笑ってるよ。昔からそういうやつだ」


 からからと笑って、彼は唐揚げを頬張る。


 慎と瑞帆は幼馴染らしいし、気心が知れているのだろう。


「あ、みずちゃん、准くんたちいたよ」


「男二人でお昼なんて淋しいわねー。あたしたちが花添えてあげるわ」


 噂をすればなんとやら。瑞帆と玲奈がエビチリ定食を手に俺たちの席にやってきた。


 どうやらこの二人、仲良く同じものにしたらしい。


「……准くん。ご飯のあと、二人っきりで話がしたいんだけど」


 慎がこっそりと瑞帆のエビチリに箸を伸ばすのを見ていると、玲奈が小声でそう口にした。


 俺は小さく頷いたあと、食事の手を早めたのだった。

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放課後のアルスマグナ~異世界からもたらされたカードを巡る戦いに巻き込まれた、平凡な学生たち~ 川上 とむ @198601113

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