放課後のアルスマグナ~異世界からもたらされたカードを巡る戦いに巻き込まれた、平凡な学生たち~

川上 とむ

第1話『謎の炎』


 教室に戻る途中、廊下の曲がり角で人にぶつかった。


 相手は学校一の美少女で……なんてラノベ的展開があるはずもなく、メガネをかけた冴えない男子生徒だった。胸の校章からして、三年生らしい。


「あー、すみません」


「いやいや、こちらこそ悪かったよ」


 ぶつかった拍子に、彼は持っていた段ボール箱の中身を床にぶちまけていた。


 俺――敷戸 准也しきど じゅんやは平謝りして、散らばった品物を拾っていく。


 アルファベットが並んだ文字盤に、よくわからない人形、外国語で書かれた本……どう見てもオカルトグッズだった。


「ありがとう。おかげで助かったよ」


 多少の不気味さを感じつつも、回収作業を終える。彼はお礼を言って、部活棟の奥へと消えていった。


 それを見送ったあと、俺は足元に一枚のカードが落ちていることに気づいた。


「しまった。まだ残ってたのか」


 反射的にそれを拾い上げる。細長いカードで、片面には青と赤の幾何学模様が描かれていた。


 一見タロットカードのようだが、何かが違う。反対の面には炎をまとった犬のようなイラストに加え、上部に大きく『ほのお』と文字が書かれている。


「……炎?」


 ゲームか何かのトレカか……? なんて考えつつ、その文字を読み上げる。


 直後にカードが光り輝き……俺の目の前に巨大な炎柱が現れた。


「は……?」


 その炎は渦を巻きながら成長し、今にも天井に届きそうだった。


「くそっ……マジかよっ!」


 俺は手元のカードを投げ捨てると、必死に消火器を探す。


 やがて少し離れた場所に鎮座する赤い筒を見つけた。


 弾かれたように廊下を駆け、消火器を手にする。速やかにピンを抜いて、ホースの先を火元へ――。


「……あれ?」


 そのまま渾身の力でレバーを握ろうとするも、先ほどまであったはずの巨大な火柱は跡形もなく消えていた。


「……おかしいな。さっき、たしかに火の手が……」


 首を傾げながら周囲を見渡す。そこには炎はおろか、焦げたあとすらなかった。


「どうなってんだ……?」


 狐につままれたような気持ちになりながら、消火器を床に下ろす。


 ついさっき感じたあの熱さは、幻なんかじゃなかったはずだが。


「あ、じゅんくん、こんなとこにいた」


 その時、背後からよく通る声が聞こえた。振り返ると、そこには幼馴染の姫島 玲奈ひめしま れいなが立っていた。


「消火器なんか持ってどうしたの? 今日、何か訓練とかあったっけ?」


「いや、そういうわけじゃないけど……」


 返答に困りながら、俺は消火器を定位置に戻す。さっきの現象はいったい何だったんだろう。


「それよりさ、なんかここ、空気悪くない? 窓、開けるね」


 言うが早いか、玲奈は近くの窓を開け放つ。直後に春の風が入り込んで、彼女の肩ほどまでの髪を揺らす。


 そんな彼女の足元に、先程の『炎』のカードが落ちているのを見つけた。


 俺は玲奈に気づかれないようにカードを拾うと、素早く窓の外へと投げ捨てる。


「あ、美化委員の目の前でゴミ捨てた!」


 その様子を見ていた玲奈が、青色の瞳を大きく見開いて抗議するが……あのカードはなんだか気味が悪い。一秒たりとも近くに置きたくなかった。


「准くん、拾いに行くよ!」


 玲奈は眉を吊り上げるも、あれをわざわざ拾うなんてまっぴらごめんだ。


「もう昼休みだな。飯食い行こうぜ」


「あー、逃げる気だ!?」


 その言葉を全力で無視して、俺は学食に向けて歩き出す。


 ……それにしても、さっきの炎はいったい何だったんだ。


 俺は平凡な学園生活が送りたいだけなんだ。頼むから、これ以上妙なことは起こらないでくれよ。


 ……こんなことを言うと、フラグが立ったような気がしなくもないが。

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