第6話
ライブハウスには、そこそこの人が集まっていた。今回もまた藤本のバンドとの対バンだからだろう。客のほとんどはそいつら目当てで、俺たち目当てに来てる奴らはほとんどいない。でも、そんなのどうでもいい。入り口付近に藤本が立っている。つまらなさそうな顔をしていた。箱の一番奥に彼女の姿も見える。じっとこちらを見ている。息を整えて、俺はマイクに口をつける。
ねえ、君は彼らを知ってるかい
とてもクールな奴らさ
ねえ、君は彼らを知ってるかい
とても馬鹿げた奴らさ
君には彼らの背中が見えてないのでしょう
それでも良いのだと今なら思えるよ
27CLUB
あの光はずっと遠く
星はいつまでも燃え続けていく
27CLUB
あの夜はずっと深く
岩はどこまでも転がり続けていく
ライブを終えてあの深夜喫茶に行くと、彼女が前と同じように俺を待ち構えていた。他に客はいない。
「あ……」
俺がカウンターに座っても、彼女はそれっきり何も言わなかった。こちらの顔をぼうと見つめている。俺が「酒が飲みたい。ウヰスキーあるかな」と訊くと、ようやく身体を動かし始めた。
「あれが、貴方の答えだったんですか」
彼女は無機質な声で問うた。大きな氷とアイスピックを取り出しながら。
「うん」
「そうですか」
「……」
「あの」
「なんだろう」
「すごく、よかったです。貴方の火が燃えるの、見えました」
「そう」
「始めて貴方を見たときと同じくらい、いや、完全にそれ以上の光でした。だから言ったでしょう? 貴方はずっと天才だったんです」
「そうかもしれない」
「私決めました。私の復帰作は、貴方の絵を描きます。暗闇に立つ、貴方の後ろ姿を」
「その後ろ姿は、君の後ろ姿みたいにも見えるようにしたほうがいい」
「どうして?」
「どうしても。俺と君はある意味で全く違うけれど、またある意味ではほとんど同じなんだろうと思う」
「わかりました。じゃあもしそれが完成したら――」
「最後にひとつだけ、お願いしてもいいかな」
彼女はこちらを向いた。不思議そうに目を丸めていた。俺は座席から立ち上がって、カウンターに身を乗り出す。アイスピックを掴む彼女の手を、そっと握る。
「俺を、殺してほしい」
彼女の表情が一瞬にして強ばった。俺は彼女の手をぎゅっと握る。
「知ってるかな。才能の燃料は、命なんだよ。俺はそれにずっと気づいていた。気づいていないふりをしていただけで。でも、同時に迷ってもいた。才能のために命をすり減らすことを。でも。信じてみろと言ったのは君だろ。だから俺は迷いを捨てた。俺は命を焼べて才能を燃やしたんだ。もう命の全部を使ってしまった。命の全部をあの曲に捧げた。わかるかな。もう俺に才能を燃やすものは残っていない。せいぜい燃えカスが残るだけだ。ねえ、そんな命に意味はないでしょう。なら殺してくれ。火が完全に消えてしまう前に、俺の27CLUBを完成させてくれ」
俺はアイスピックの先端を、俺自身に向けさせる。ちょうど胸の辺り。彼女が言うに、俺の火が燃えている場所。狙いを定めてから、俺は彼女から手を離す。
「最後は君がやってくれ。俺の才能の火を救い出して」
俺は目を閉じる。胸元に鈍い痛みが広がる。ドクドクと、心臓の音がやけに大きく聞こえ始めた。生ぬるい液体が服を濡らして、身体がふらつく。
暗闇に靄が掛かった。その靄の向こうに、かすかに光が見える。その光が逆光となって、誰かの後ろ姿を影にして映す。誰? 待って、行かないで。俺ももうすぐ行くから、その扉の前で待っていて。
27CLUB 橘暮四 @hosai
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