幻獣牧場
海湖水
幻獣牧場
「今年も幻獣生産の規制が酷くなるってさ。ひっでえ話だよ」
同僚のマナンが私に話しかけてきた。私は干し草を運ぶ手を休めて、マナンに言葉を返す。
「幻獣種を生産することで生計を立ててる人もいるのにね……」
「まあ国からしたら幻獣は『生物兵器』だからな、規制したい気持ちもわからんでもないさ。でもなぁ、あまりにも規制が多いんだよなぁ……」
私は昨年制定された幻獣種規制法を思い出した。交付される日に、牧場の代表として王都でその内容を知ったこともあり、いやでも覚えている。
幻獣種の年内の生産数。牧場内での所持頭数の制限。幻獣種の中でも、幻獣種の種類によって、さらに細かく決められていた。
「たしか、ドラゴンが1牧場に1匹までだっけ。あ、グリフォンもか」
「そいつらは国的には特に危険な幻獣種って扱いなんだろうな。実際に王都でドラゴンが暴れた時に大きな被害が出た。でもなぁ、1牧場に1匹だと、繁殖期に困るんだよなあ…」
「わざわざ他の牧場に行かなきゃならないもんね」
「しかも、ドラゴンなんて巨大な幻獣種は輸送費もバカにならねえ。こんなんじゃ赤字まっしぐらだ……」
「まあ、この牧場は資金面は大丈夫だからわかんないけど、他の牧場は大変なんだろうな……」
「この牧場にいるドラゴンが、グーでよかったよ」
そう言って、私とマナンは放牧地の隅でノッシノッシと歩いている巨大な黒いドラゴンを見た。体の黒い鱗は傷だらけにも関わらず、健康そうに黒光りしている。優しそうに放牧地の他の幻獣種を見る彼の目は、青くキラキラと光っていた。
「オレたちは、グーに助けられてばっかりだな。前のペガサスとユニコーンの喧嘩もあいつが止めてくれた」
「うん、グーのおかげで観光客も多いしね。つい最近の規制のせいで、ドラゴン、特に黒竜は珍しいらしいし」
黒竜を見ることは、不可能に近い。
理由はシンプル、気性が荒いからだ。人前に出せば暴れるし、他の生物を基本的に敵として認識する。おまけに他の生物が太刀打ちできないほど強い。
それらの理由で、ほとんどの場合、黒竜は生産後すぐに安楽死させられる。
生産されるドラゴンはランダムだ。人を回復させることができる水龍や、農産に役立つ木龍なんかもいるが、戦争でしか使えないような火龍みたいなのもいる。特に人間に敵対的な黒竜が、このように穏やかなのはまさに「異常」なのだ。
「グーは、なんつーか、よく殺されなかったよな」
「生まれた時は青かったらしいよ。けど大人になったら黒くなったらしい」
「そうなのか……言われてみればちょっと青いような……」
「水龍と黒竜の要素を両方持ってるのかもね。グーもケンカはすごい強いし」
「まあなぁ……。気性が荒くないのは本当に珍しい、というか初の事例だからな。国も支援金を送ってくれる事態だ」
「もうおじいちゃんだから、特に検査とかできないんだけどね……」
私がこの世界に来てから数十年が経った。いわゆる、転生というやつだ。
まあ、何か特殊な能力があるわけではなかったが。
大学の頃に研修で行った牧場の記憶を元に、幻獣種の牧場を作って、運営していると、数十年が経っていた。
たくさんの仲間にも出会った。楽しいことも色々あった。驚くことも、貴重な体験もいっぱいした。
「オレもお前もジジイとババアだろ」
「誰がババアだコラ」
「まあ、オレもお前もよく生きたよな、割と長生きだぜ」
「そうだね。私からしたら夢みたいだよ。子供の頃から思い描いてた夢が、そっくりそのまま、って感じ」
「そうか……長話がすぎたな。その干し草持っていかなくてもいいのか?」
「あっ、忘れてた……」
私は再び干し草を運ぶ手を動かし始めた。
幻獣牧場 海湖水 @Kaikosui
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます