第32話 試験当日

 試験当日。朝早く起きてあめの部屋まで来たがもぬけの殻。寮内のあちこちを探しても見当たらない。ピリピリとした雰囲気の漂う食堂内で、一人沈んだ面持ちで朝食を食べていると、隣に座ってきた未琉に『諦めたほうがいい』と言われた。


『来ない人よりも自分の心配をすべき。注意力が散漫していると必ず痛い目に遭う』


「うん……ごめん。気をつける」


 しかし注意を受けようが私は気もそぞろな状態だった。食器を返却する列に並んでいる時に、前が動いたのに気づかずそのまま止まっていたり、部屋に鍵をかけ忘れたり、ちょっとした段差に躓いたり。『みっともない』という未琉の批判にぐうの音も出なかった。おまけに教室まで来れば、既に来ていた彗に頭を軽く叩かれた。


「脳みその詰まっていない音がします」


「……」


 まさかそんなことを言われようとは夢にも思っていなかったため、暫し返答に窮した。


「カニ味噌が詰まってるんだよ」


「考えた末の回答がそれですか。何も面白くありません」


「うん……。流石に今のは自分でもどうかと思う」


 そもそも叩いてきた彗が一番悪いはずなのに、何故か私が一番ダメダメみたいな空気になっていてより一層いたたまれない。


『舞理は朝からこんな感じ』


「朝からあんな面白味にかけるボケをかましているのですか」


「いや、未琉が言いたいのはそうじゃなくて、私の気が散ってるっていう意味で……」


「まったく、しっかりしてください。今日これから試験なんですよ。その調子では、万が一死んでしまっても致し方ないというものです」


「未琉より酷い……」


 痛い目に遭うとかそういうレベルじゃなくなってる。生死に関わるレベルになってる。


 暫くすると、いつもの調子で「おいーっす」と軽い挨拶をしながら栗枝先生がやってきた。この人は明日世界が滅ぶとか言われたらその日は一日中遊んで過ごしていそうだ。まあ試験でピリピリするのは生徒だけだから、先生にとっては、後は私達が上手くやれるかどうかくらいの問題だろう。


「今日も元気そうだな~お前ら。結構結構。んじゃ、試験会場行くぞ~。詳しい説明はそこでする」


 先生が教室に入ってきたと思ったら、またすぐ出ていくので、私達は慌ててその後を追いかけた。


 校舎を出て裏手に回り、山道を登っていく。まさか神社に行くのか? と誰もが思っていると、先生は途中でわき道にそれた。そのまま神社とは反対方向へと歩いていく。


「着いたぞ。ここだ」


 緑の生い茂る山道を進んでいくと、木々の少ない開けた場所に出た。色とりどりの可愛らしい花が沢山咲いている。踏むのを躊躇して遠回りしたくなるような場所だ。


〝お気遣いどうも〟


 いつの間にか姿を現していた妖精が言った。種類は違えど同じ植物であるから、地面に生える花が踏みつけられるのは好きではないらしい。


「お前らには、ここで試験を受けてもらう。まあ〝ここで〟っつっても開始地点がここってだけの話だから、試験の最中にここから離れても構わない。魔物だって逃げるしな」


 先生曰く、一年生の一学期はどのクラスでも同じ試験が行われるから、他のクラス(もしくはチーム。人数の多いⅠ科は複数のチームに分かれて行う)と鉢合わせることのないようにあちらこちらに散らばる必要があるのだそう。ちなみに開始場所はくじ引きで決めるらしい。


 始める前に渡すものがあると言われ、私達は先生からバングルを受け取った。銀色の、特にこれといった装飾のついていないシンプルなデザインをしている。


「魔法を使用するごとに、このバングルに情報が記憶される。身の危険を感じた時にこれを強く握れば盾の魔法を展開することもできるが、その時点でそいつは棄権とみなす。それだけで不合格にはならんが、一度も魔法を使っていなかったり、同じチームの奴らが魔物を捕まえることができなければ失格だ。何か質問はあるか?」


 私達が首を横に振ったので、先生は頷いて先を続けた。


「使用する魔法の種類や道具に制限は無い。ただし時間制限はある。午前中の授業が終わるまで、だ。四時間目終了のチャイムが鳴り終わるまでに魔物を捕獲できなければ失格。だからそれまでに魔物を捕まえて、合図として魔法で花火を上げることだな」


「えっ、花火……?」


 言ってから疑問がそのまま口をついて出たことに気がついた。魔法で花火なんて上げたことないんだけど……?


「お前は……まあそうだな。花火が出せなければバングルを強く握るのでもいい。誰がどこで盾の魔法を使ったのかは、こちらで把握できるようになってるからな。お前が盾を出せば私がすぐそこに向かう。要は魔物の捕獲が確認できればそれでいいからな。その場にお前以外の奴がいれば、そいつに花火を出させてもいい」


「わかりました」


「他に質問はあるか? なければ今日お前らに捕まえてもらう魔物を呼ぶぞ」


「わたくしは準備万端です」


『私も問題ない』


「私も、大丈夫です」


 三者三葉の返答に、再度先生が頷いた。


 いよいよ、魔物との対面だ。どんな魔物が出てくるのだろう。


 私達が固唾を呑んで魔物の登場を待っていると、先生は何故か大きな溜息をつき、更に眉間に皺を寄せ、渋々といった様子で魔物を呼んだ。


「はああああああ……。それでは、よろしくお願いします」


「あーっはっはっは! やぁっとわしの出番かの!」


「え……」


「この声は……」


『嫌な予感……』


 どこからか聴こえてきたのは高らかな笑い声。そしてこの一人称。これは、誰がどう考えても……。


「おぬしらが捕まえる魔物とは……このわしのことだ!」


 とうっ! と掛け声つきで私達の前に現れたのは、長い銀髪と頭から生えた二本の角が特徴的な魔物――否、神。アマノオオタツカミだった。


(また明日って、こういうことか‼)

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魔女学園の問題児 みーこ @mi_kof

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