第31話 作戦会議
冷房(正しくは魔法の一種だそうなんだけど、話を聞いてもよくわからなかったから〝冷房〟とする)の効いた涼しい部屋で、私達は明日の試験の作戦会議を行った。暇だからとアマノさんも同席しているが、口出しをする気はないのか隅っこで寝転がっている。あの儀式の時に感じた威厳はどこへやら。もはや呑気なおじさん(もしくはお兄さん)としか見えない。
『まず試験内容の確認。その一、魔物を捕まえる。その二、一人一回は魔法を使う。その三、魔物は大型。油断をすれば怪我をする。以上が今判明している事柄』
「魔物の種類が不明な点は気掛かりですが、複数の作戦を立てれば問題ないでしょう」
彗があれこれと案を出し、未琉がそれをタブレット端末にまとめていく。スピード型の魔物の場合、岩のように硬い魔物の場合、飛行型の魔物の場合、等々。正直、私には話についていくだけで精一杯だった。魔物なんて、ゲームやアニメの中でくらいしか見たことがない。どんな魔物なのか問えば二人とも教えてはくれたし、未琉は写真も見せてくれたが、やはり実際に見ないことにはいまいち実感がわかない。おまけに「スライムはいるの?」「ゴブリンとかオークも実在する?」と聞いたら、未琉からは『ここは日本。西洋と同じ魔物がいると思わないほうがいい』と言われ、彗からは「鬼でも呼びましょうか?」と脅され、ついでとばかりに妖精からも〝わたしじゃ不満なのぉ?〟とつつかれ、アマノさんはくつくつと笑っていた。
なんとなくいたたまれない空気の中、作戦会議は主に彗と未琉の二人で進行していった。私には、あれはできるか、これはできるかと都度確認を取られ、できそうだと答えればそれが作戦に組み込まれていった。
「舞理さんは自分で結界を張ることはできますか?」
「け、結界⁉」
『バリアのこと。要は何かあった際に自分の身を守れるかどうか』
「ああ、なるほど。それって、例えば蔓をこう、自分の周りに壁みたいな感じで出すのでもいいの?」
「ええ。それで攻撃や、飛んできた瓦礫なんかを防ぐことができるのでしたら結構です」
「それなら頑張ればできそう」
「では、わたくしが大量の水を操る際に身の危険を感じましたら、それでご自分の身をお守りください」
「う、うん……頑張る……」
味方の攻撃を防ぐ手段も必要なのか……。
そうこうしている内に、いくつかの作戦案ができあがった。彗一人が主力として戦い、私と未琉で後方支援をする案。三人バラバラの場所で攻撃を仕掛ける案。未琉があちこちに罠を仕掛け、その間に私と彗で攻撃をしたり、罠に誘導したりする案。等々。
しかし幾つも案を出したところで、肝心の魔物が何かわからなければ決定打に欠ける。というのが彗と未琉の結論であった。
「どの作戦で行くかを決めるのは、明日魔物と対峙してからですね」
『どんな魔物が来るのかわからないのがネック。でも、これだけ特訓して作戦も立てれば、捕まえられる確率は高い』
「うん。私、魔物と戦うのは初めてだから、もしかしたら足を引っ張っちゃうかもしれないけど……自分にできることを精一杯頑張るよ」
「ええ。三人で頑張りましょう」
(三人で、か……)
彗の言葉に引っ掛かりを覚えつつも、でも仕方がないと自分に言い聞かせる。
これだけ学校に来ていないのだ。明日も、
明日学校に来るか否かは
「これだけ決めてしまえばもう十分でしょう。後は明日にならなければ判断できませんからね。本日はこれで解散です」
『明日はよろしく』
簡単な挨拶を済ませ、彗と未琉が立ち上がる。少しぼうっとしていた私も一拍遅れて立ち上がり、未琉と共に神社を去ろうとしたが、アマノさんに呼び止められた。
「舞理や、少しいいかの」
「え? はい、なんでしょうか」
ずっと静かにしていたものだから、寝ていたのだと思っていた。しかしアマノさんはいつの間にやら壁にもたれるように立っていた。陰に隠れた双眸が私をじっと見つめている。声色は明るいが、目が合った一瞬だけ背筋が凍る思いがした。
何事だろうと足を止めた彗と未琉に対し、アマノさんは私と二人で話がしたいからと部屋を出ていくよう促した。
「妙な真似をする気ではありませんよね」
「くく。彗や。おぬしの考える妙な真似が何なのか聞かせぐふっ」
アマノさんの鳩尾に彗の蹴りが入った。
『鳥居の下で待ってる』
「うん、ありがとう未琉」
彗はアマノさんを睨みつけながら、未琉は特にこれといって何も気にすることなく部屋を出ていき、私はお腹を押さえながら蹲るアマノさんと二人きりになった。
(なんとなく、気まずい……!)
通常ここはアマノさんに大丈夫ですかの一言くらい声をかけたほうがよさそうなのだが、原因が原因なので自業自得である。大丈夫ですか、なんて言ったら皮肉と取られてしまいそうだ。
「ああ。案ずることはないぞ。この程度、気にするほどでも……うっ」
「だっ、大丈夫、じゃないですよね……?」
これで気にしないほうが無理だ。
「いやなに。彗は年頃の娘だからの。こんなの日常茶飯事よ」
(日常的にあんな変なこと言ってるのか……)
私の中のアマノさんに対するイメージがガラガラと音を立てて崩れ落ちていく。そりゃあ、怒るよ。
「それに今心配すべきは、わしのことではなく……あの赤髪の娘のことだろう」
「っ……」
「先程までも、おぬしはあの娘のことが気掛かりだったのではないかの?」
「……はい」
驚いた。先程まで我関せずと寝転がっているだけだったはずのアマノさんに、そのことを見抜かれていただなんて。
蹲っていたアマノさんが、よいしょと掛け声を出しながら立ち上がった。
「くく。驚いておるなぁ。あの二人には気づかれなかったのに、何故かわしには気づかれおるんだからのぉ。まあ、あの二人は気づいても声に出さなかっただけかもしれんがの」
アマノさんはくつくつと笑い、そしてまた私に冷たい視線を投げかける。
「あの娘と共に学校生活を送りたいかの?」
「えっと……はい。折角同じクラスになったんですし、こんなことで
「そうかそうか。おぬしは優しい子だの。彗に見習わせたいわい。……それで、ああ、そうだの。もし、わしがあの娘の居場所を知っていると言ったら、おぬしはどうする?」
「えっ? 知ってるんですか?」
「もしもの話だがの」
そう言って愉快そうに喉を鳴らすアマノさん。もしも、だなんて言っているが、これは確実に知っている顔だ。
「知っているなら、教えてほしいです」
「ふむ。では居場所を教えて、おぬしはあの娘の元に行ったとしよう。おぬしはあの娘に会ったら、何と声をかける?」
「……」
何と声をかけるか? そんなこと全く考えていなかった。会えばどうにかなるだろうと、軽く考えていた。もしかしたら、
黙って考えていると、アマノさんが残念そうな声を出してきた。
「おや。何も声をかけてやらんのか?」
「あ、いえ、その……」
「だがまあ、誰しもが声をかけてほしいと願っているとも限らんよのぉ。誰かにただ黙って隣にいてほしい時もある」
「え……」
ぽかんとした表情でアマノさんを見つめる。アマノさんは悪戯っぽそうな笑みで見返してきた。
「くく。あの娘がどちらなのかはわしにはわからん。わしはあの娘ではないからの。おぬしがどう行動するかは、おぬしが決めることだ。明日の試験、精進するがよい」
「あ、はい……。えーっと、それで、
「もしもの話と言ったであろう。わしは知らん。知ってても言わん。素直に教えてしまうのは面白くないからの」
「ええ……」
何なんだ。散々悩ませておいてその解答は何なんだ。ここは「どこそこに行くとよい」とか言ってくれる場面じゃないのか。
「くく。くくく。すまんのぉ、舞理。わしはちょこっと意地悪なんだ。簡単に勝たせるのはつまらん。わしから聞き出したいことがあれば、角でもひっつかむとよい。あーっはっはっは! ではまた明日。さらばだ」
「え、ちょっと……⁉」
アマノさんは高笑いしながら走り去ってしまった。どこか遠くから笑い声が聞こえ、そのうち小さくなって聞こえなくなった。追いかけるのは無理そうだ。
「何だったの……?」
一体何が目的だったのか。
(これ、もう帰ってもいいのかな……。また明日って言ってたし……ん?)
また明日……?
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