第30話 試験前日

 その日も、次の日も、またその次の日も、私はボロボロになるまで彗の指導を受けさせられた。


「ま、待って、彗さん……。もう、無理……」


「無理ではありません。実際に魔物と対峙することになれば、無理などと弱音を吐く者から死にますよ」


「うう……」


 こちらがどれだけ疲れ果てようが、彗は顔色一つ変えずに容赦なく言葉と魔法で攻撃してくる。これではただただいたぶられているだけで、訓練になっているのか甚だ怪しい。彗のストレス発散の手伝いをしているとしか思えない。


 試験前日の日曜日も、容赦なく特訓させられた。


「うむうむ。皆頑張っておるのぉ」


 ここなら許可を取る必要がないから、と神社に呼ばれ、未琉も交えた三人で魔法の特訓をする。そんな私達を、アマノさんが呑気にお茶を啜りながら眺めていた。


「彗や。頑張りすぎて疲れてはおらぬか? 疲れた時はいつでもわしの膝を貸してやろうぞ。ああ、もちろん舞理と未琉の二人も好きな時にわしの膝に――」


「結構です」


「ああ、わしの湯呑が壊れた……」


 変なことを言ってくるアマノさんがいる分、彗の攻撃も心なしか激しさが増していた。


『変態の膝枕はいらないけど、休憩は必要。何時間も続けて魔法を使っていても、精度が落ちるだけ』


「はあ……はあ……。私も、未琉に賛成。流石に、疲れた……はあ……」


「そうかそうか。舞理もそんなに疲れたのであれば、わしの膝でも肩でも好きなだけ――」


「あ、それは結構です」


〝変なことばっかり言ってたら、その内捕まるわよ〟


「うう、皆わしに厳しい……」


 アマノさんは変なことばかり言ってくるが、そのおかげもあって適宜に休憩をとることができた。発言の内容はさておき、ずっと見ているだけあって丁度いいタイミングで休憩を促してくれる。たぶん、その辺りの配分が苦手な彗を、アマノさんがフォローしてくれているのだ。発言の内容はどうかと思うけど。


「ぷはぁ~。麦茶美味しい~」


『生き返る』


〝二人とも、お疲れ様〟


 アマノさんが用意してくれた麦茶をごくごくと飲む。暑い中で動き回って火照った身体に、冷たい麦茶が染みわたる。未琉の言う通り、生き返る気分だ。


『こんなキツいことをこの数日間やっていたの?』


「うん……。しかも全然休ませてくれない……」


〝あの子ってば、他人にも自分と同じレベルを求めるんだものねぇ。まだまだ舞理には無理だっていうのに〟


「うるさいなぁ……」


「悪いのぅ、おぬしらを彗のわがままに付き合わせてしまって。だが、彗も退学処分になりたくないからと必死なのだ。おぬしら……特に舞理のことはよく気に掛けておるからの」


 私達が喋っていると、アマノさんが割って入ってきた。


「彗は、まぁ色々な意味で特別な子なんだ。ずっとこの神社に閉じ込められておるから、自由は少ない。自由を知らないから、自分にも他人にも厳しくしようとする。それでいて他人に嫌われたくないと怯える。くく。不器用な子だ」


 そう言ってアマノさんは忍び笑いをした。いつもならそれを咎める彗は、先程アマノさんに麦茶をもっと持ってくるように言われたためこの場にいない。


「あの子も本当はおぬしらと仲良くしたいはずなんだ。だがその方法がわからない。厳しく育てられたから、厳しく接する方法しかわからんのだ、あの子は。だからわしが優しく接してやっているというのに、彗は厳しいことしか返してこん」


『それは自業自得なのでは』


「おぬしも厳しいのぅ」


 しくしく、と嘘泣きするアマノさん。


「ま、何が言いたいかというと、彗を嫌いになってやらないでほしい、というわけだ。おぬしらのような愉快な学友がおれば、時間はかかるであろうが彗もそのうち柔らかくなるはずだ。もちろんこんな言い訳を述べたところで、今の彗の行いが許されるものだとも思っておらん。彗にやり返したくなったら、いつでもわしに言うがいい。わしがあやつを泣かせてやろう」


 愉快そうに哄笑すると、アマノさんはどこぞへと去っていった。すると入れ替わるように彗が現れた。


「……何の会話をしていたのですか?」


 アマノさんが去っていった方を向きながら、彗が眉をひそめた。大方アマノさんが私達相手に妙な話をしていたと思っているのだろう。


『人を泣かせる方法を聞いていた』


(ある種間違ってはいないけど……)


 未琉の発言に、今度は私が眉間に皺を寄せる番となった。


「まったく。あの方は変な話ばかり吹聴して……。いくら神の言うことだからといっても、妙な話まで真に受けてはいけませんよ」


「うん。大丈夫だよ。わざと人を泣かせたいとは思わないし」


「ならいいのですが……。それより、水分補給できていますか? もう少し休憩したら、また練習を開始しますからね」


「あ、待って彗さん」


 下手したらこのまま日没まで練習を続けかねない彗を、私は制した。


「今日はさ、これで終わりにしない?」


「ですが——」


「明日が試験なのはわかってるよ。だから、これで終わろうって言ってるの。明日に備えて身体を休めるのも大切だと思うんだ。だって、もしこのまま練習を続けて怪我でもしたら、それこそ不合格になりかねないよ」


「それも、そうですが……」


『舞理の言う通り』


 渋る彗に、未琉も口添えをしてきた。


『魔法の練習も大切だけど、同じくらい休息も大切。それと、作戦を練ることも。舞理はまだ彗の目標とするレベルまで達していないかもしれないけど、この数日でちゃんと成長してる。あとは、明日どう動くかを考えるべき』


「……確かに、作戦を練っていませんでしたね。舞理さんを今より強くさせることばかり考えていて、他のことに考えが及んでいませんでした。未琉さん、助言ありがとうございます。では早速作戦会議といきましょう」

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