第29話 三人きりのB組
次の体育の授業にも、その次の体育の授業にも、
未琉が鬼役の時は、どこでどんな魔法が発動するのか全く予想がつかなかった。何せ未琉はタブレット端末を操作しながら歩いているだけなのだ。呪文も何も言わない。始めこそ簡単に未琉を捕まえられそうだと思い、後ろから回り込んでバレないように魔法で捕らえようとしたが、突然足元に出現した穴に落ちる羽目になった。
『後ろは見えないと思ったら大間違い。魔法で視界は広げられる』
落とし穴にはまった私を見下ろし、端末を見せつけながら未琉が言った。それは魔法ではなく科学ではなかろうか。それとも魔法と科学の融合か。
彗の時は容赦がなかった。次から次へと魔法を繰り出してくる。行く手を阻むように現れた水壁を避ければ、避けた先で頭から水を被ることになり、同じへまはしないぞと思い再度現れた水壁の前でUターンをすれば、下から水が吹き上げてくる。逃げ場がない。こうも人による魔法の使い方の違いを見せつけられると、栗枝先生の
私が鬼を務めると、むしろ未琉と彗の二人が鬼なのではないかという程指導を受けた。うるさい。魔法の発動が遅い。いちいち叫ぶな。攻撃がぬるい。無駄な体力使い過ぎ。等々。おかげで魔法の発動にかかる時間は多少短縮されたし、攻撃の鋭さも多少増した。しかし喉は枯れた。
それ以外の時でも、彗による魔法の指導は体育での反省点を元に行われたし、未琉も実験と称して私に色んな方法で魔法を使わせた。つまり、大声を出した時とそうじゃない時の魔法の精度の差を調べるためだ。何度やっても叫んだ時の方がより強い魔法が出るため、未琉は途中で匙を投げた。まだ魔法を使うこと自体に慣れていないからどうにもならない、というのが結論らしい。
そうこうしているうちに、雨雲が太陽に居場所を譲るようになってきた。
七月が来る。
「言わなくてもわかってるだろうが、来週は試験だ」
七月一日。朝のホームルームで開口一番に栗枝先生がそう言った。教室で座る生徒は三人。未だに
「あの、先生」
「ん? 何だ、
「もし……もし、
「その時はお前達三人だけで受けてもらう。その場合、火野屋は自動的に不合格扱いだな。体調不良であれば別日に試験を受けることもできるが……無断欠席じゃ、流石にフォローできん」
「そんな……」
入学初日に
先生は苦い顔をして息を吐いた。
「根音も一応は魔法が使えるようになったし、今のお前達なら三人でも試験に合格はできるはずだ。合格の条件の一つは、各自最低一回は魔法を使用することだからな。だが、もう一つ条件がある。魔物の捕獲だ。どんな魔物かは当日までのお楽しみだが、高校生一人で捕まえられるような弱い魔物じゃねぇ。四人でなら捕獲できるであろう、大きい魔物だ。三人だとギリギリかもしれねぇ。だからと言って、今更試験に使う魔物を別の魔物に変えることもできねぇ。……だから、不合格になる確率を減らしたいなら火野屋を探して――」
「その必要はありません」
先生の言葉を遮ったのは、彗だった。
「来週までに、三人で合格する確率を上げればいいだけのことです。足手纏いなサボり魔の必要性なんて、塵芥よりも劣ります」
ゾッとするほど冷たい笑顔で言ってのけた。
「言うは易く行うは
『馬鹿にしないで。一週間で魔法の腕を上げるのは難しくても、魔法薬の大量生産くらいは余裕でできる』
未琉が反論した。試験でどんな魔法薬が必要になるのかは不明だが、魔物と戦うのであれば、傷薬や、トラップとして使えるような魔法薬はあっても困らないだろう。未琉がそうした魔法薬を沢山作ってくれるというなら心強い。
「その方向性で来たか。……根音はどうだ?」
「わ、私は……一週間で、というのは、正直なところ自信がありません」
最初の一ヶ月はまともな魔法を出すことすらできなかった。五月に入ってからやっと自分の得意な魔法を見つけだし、日々練習することでようやく自分のものにできてきたところなのだ。来週までにもう一段(もしかしたら二、三段)上のレベルに上げろ、というのは厳しいものがある。
「だそうだぞ、龍神。根音はもう少し自信を持ってもいいと思うが、まぁ一週間で龍神と同じレベルに上げるのは、お前のその強情な性格を一週間で穏やかにさせるのと同じくらい難しいってこった」
「大きなお世話です。性格のことは放っておいてください。先生だって昔は――」
「私のことはいいんだよ」
先生が彗に向けてチョークを放ったが、彗は難なく躱した。
「ま、火野屋を探したければ探せばいい。それが時間の無駄だと思うなら、残りの日数を使って練習に励め。何をするかは各自に任せる」
はい、解散。と言って先生は教室を出ていった。未琉もすぐに立ち上がり後に続いた。早速魔法薬の大量生産に取り掛かるのだろう。
「舞理さん、本日もみっちり魔法の練習をしましょうね」
隣で彗が圧の強い笑顔を見せてきた。一瞬断ろうかという考えがよぎったが、「お前が一番の不安材料なんだよ」と言わんばかりの鋭い眼光を放ってくるので黙って頷く以外の選択肢が存在しなかった。
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