第28話 特化型、とは

「根音には前にも言ったな。何かに特化している奴は、別の何かが不得手だと。火野屋はそういう典型例の見本市みたいな奴なんだ」


 教室に戻り制服に着替えると、珍しく座学が行われた。教卓の上に座った栗枝先生が、あめの特性について淡々と語る。


「火野屋は爆発させたり炎を発生させたりするのは得意なんだが……逆に言えば、それ以外は不得手。いや、むしろできないと言っても過言ではないな」


「あ、もしかして……」


 先生の話を聞いて、私はあることを思い出した。


「ん? 何か気づいたことでもあるのか?」


「はい。ゴールデンウィーク最終日に、私と未琉とあめの三人で出掛けたんです。その時に魔法の話もしたんですけど、あめが〝努力してもどうにもならない部分もある〟って言ってて……。そういうこと、だったんですね」


 もしかしたら体育以外の授業をサボっている理由も、それに関係するのかもしれない。それなのにあめの特性のことを知らないからと、好き勝手に言ってしまった。


「ああ。あいつもあいつなりに努力したんだろうが、それでも無理だったんだろうな。たまにいるんだよ、得意分野以外全くできない奴。そういう奴のためにも、このⅡ科が存在するんだ」


 先生の話を聞きながら、私は思いを巡らせた。もし私が能力はこのままで魔法界出身だったら、と。何かを操る魔法は得意でも、それ以外はまるで駄目。広く浅く魔法の勉強に励む普通科しかなかったら、果たしてこの学校に入学できていただろうか。初池でなく、他の魔法学校であったとしても、不合格だったかもしれない。もしそうなっていたら、きっと私は落ちぶれてしまうだろう。魔法使いの進路のことは全然知らないが、魔法が使えないとバイトもできないと言っていた。そうなると就職も無理だろう。特化型の魔法使いの受け皿となる特別学科やその後の進路先がなければ、この先の人生真っ暗闇のどん底コース間違いなしだ。


「これも前に言ったよな、協調性が大切だと。Ⅱ科の奴らは何かしらの能力に特化してはいるが、他はからっきしなことが多い。Ⅰ科の奴らの方が一通りのことはできるな。だからⅡ科の奴らには、お互いの向き不向きを理解して——特性の短所を指摘するんじゃなく——課題に挑戦する必要があるんだ。将来のためにもな。……ああ、将来とか言っても根音ねおとはわかんねぇか、魔法使いの進路なんて」


「はい。全くわかりません」


「だろうな」


 即答したら、先生が大きくゆっくりと頷いた。


「わかりやすくこのクラスで例えると、まぁ言わずもがなだが龍神たつかみは神社の跡継ぎだな」


「ええ」


 さっきから頬杖をついてそっぽを向いている彗が小さく頷いた。


薬袋みないみたいに魔法薬作りが得意な奴は、魔法薬を製造している会社に就職したりとか、どこかの研究所に入って新薬の開発をしたりとか、そんな感じだな」


『一般企業に就職するのは嫌。好きに実験できなくなる』


「あー、つまり薬袋は後者のタイプってわけだ」


「なるほど……」


 その辺りは一般社会とあまり変わらないのかもしれない。


「で、問題はお前や火野屋みたいな奴だな。お前らはある種、戦闘特化型とも言える」


「戦闘、ですか」


 話が急角度で物騒な方向に変化した。


「戦闘っつっても、なにも人間同士で戦争をしろってわけじゃねぇ。妖怪とか妖精とかいった魔物や、魔法使いが悪さしたとする。そういう時に、戦闘特化型の奴らが必要になるんだ。『魔害対策隊』っつー専門の組織が全国各地に存在する。これは魔法界出身の奴らだけで構成される組織もあれば、一般社会出身の魔法使いやそれに準ずる奴らも入れる組織もある。簡単に言えば警察みたいな組織だから、意外と需要はあるんだよ。んで、火野屋はそうした組織に入るのが夢だそうだ」


 先生が溜息をついて、続きを話した。


「だから私はあいつをこう説得したんだよ。『魔害対策隊に入った時の練習だと思って、体育の授業で同じクラスの奴らを悪さをした魔物と仮定して追いかけ回してくれ』ってな」


「「『何で勝手に魔物扱いしてるんですか』」」


「それであいつがやる気になったんだからいいだろ!」


 全然よくない。


「まぁそれはさておき、鬼ごっこの鬼役をあいつ一人に任せた私も悪かったな。ああいった組織は、基本的に一人で行動することはない。最低でも二人一組で行動する。だから魔隊に入りたいって奴のためにも、今の内から協調性を学ばせることは大切なんだよ。特にⅡ科B組は一匹狼が多いからな。……はあ。こればっかりは私のミスだ。試験の時に協力できれば大丈夫だろうと考えていた」


 やれやれ、といったように先生は頭を振った。先生も先生なりに、最善を尽くそうと色々と考えているのだろう。ただ今回はそれが裏目に出てしまっただけで、誰が悪いとか、そういうのは――いや、強く言い過ぎなことに関して彗は悪いだろうが——ないはずだ。


「とにかく、試験は三週間後に迫っている。試験内容を簡単に説明すると、魔隊がやっていることの簡易版だな。魔物を捕獲する。生徒の安全性を考慮した魔物が用意されるが、気を抜けば怪我をする。不合格ならお前らは全員退学だ。……手を抜くなよ」


 それだけ言い残して、先生は教卓から下り教室からも出ていった。タイミングよく授業終了のチャイムが鳴り、取り残された私と未琉は互いに顔を見合わせ、残りの午前の授業を実験室で過ごそうと話し合った。私達が教室を出る時も、彗はまだ一人で窓の外を眺めていた。

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