トイレなき異世界に生きたいか?

大洲やっとこ

第1話 スキル【給排水工事】


「水橋、給排水工事ってお前……」

「父ちゃんが水道屋だっけ? うちの便所工事に来てたわ」

「ちょーウケるぅ!」


 大盛り上がりだった。

 クラス全員、少し前までの不安や不満を忘れたように大笑い。

 僕のステータスカードを見て、そのスキル欄に。


【給排水工事】


 他の皆が【長剣:レベル7】【ファイアランス:レベル5】【探知:レベル4】なんてものが数個並ぶのに、僕のスキル欄はたったひとつ【給排水工事】とだけ。

 皆でスキルやステータスを確認し合っていた中、お前はどうなんだよ水橋、と覗き込まれた。



「この世界を滅びから救っていただくために呼び出したのですが、これでは……」


 この世界を滅びから救ってください。

 僕たちを召喚した女神が、僕のスキルを見て鎮痛な面持ちで首を振った。

 役に立たない。無能。ゴミ。

 そんな顔で、手にヤバそうな光を輝かせて僕に向ける。


「不要な者を生かしておけるほど、この世界は――」

「誰が不要な者だって?」


 白井友志がその女神様の手を掴み、黒木屋瑠宇が僕の体を引き寄せた。


「水橋がいねーんだったらあーしそっち行かねーから」

「黒木屋さんの言う通りね」


 クラス委員の真間塔子も続けて僕と女神様の間に立ち、銀縁の眼鏡をくいっと上げる。

 続けて他のクラスメイト達も頷き、


「こいつ抜きでやんのはマジ無理だろ」

「ほんとだよぉ。中世世界なんてほんとあり得ないし」

「電気までは言わないけどせめて水道だけはね」

「何を言って……」

「女神サマ、あったま悪いんじゃない」


 一応は中くらいより上の進学校だ。

 見た目は黒ギャルの黒木屋瑠宇だって委員長と同じくらい成績がいい。仲は悪い。


「トイレも水道もなしで生活できるわけないじゃん」

「こっちは十代の少年少女なんでね」

「中世世界の衛生観念は悲惨だというのは常識ですから」


 異世界召喚。

 その最大の懸念事項を解決できる鍵が僕、水橋ケンだった。



  ◆   ◇   ◆



「友志くん! どうしてこんな……っ」

「いいんだ、ケン……お前が無事で……」


 僕を庇って致命傷を負った友志が、口の端から血を流しながら笑う。

 夕日に照らされた彼を抱き、僕は何も言えなかった。


「楽しかったなぁ……最初の村でトイレ作って、浄水場から肥料を作るって塔子が言い出して……」

「……」

「病気も減って収穫量も増えた……すっげえ喜んでお祭りしてくれて、さ……楽しかったな」


 この世界に来た初めの頃のこと。もう何年も昔の。

 戦闘力のない僕をクラスの皆が守ってくれた。もう、何人か欠けてしまったけど。

 一番強くて頼もしかった白井友志が死ぬなんて、そんな。


「最前線まで水路が引ければ、きっとこの戦いも終わる……お前がいれば……お前ならできるさ、ケン」

「ゆう、し……」


 どくどくと腹から溢れていた血は、もうほとんど止まっていた。

 流れるだけのものが残っていない。



「ひとつだけ、頼む……」

「なん……なんだって、聞くよ」

「塔子を、頼む」


 クラス委員の真間塔子。

 水路を守る為に今は別のところで戦っているはず。友志と並んで僕たちの中心的な存在だった。

 お似合いの二人だと。


「お前が瑠宇に惚れてんのはわかってる。けど、な……」

「……」

「塔子も……あいつは瑠宇みたいに素直じゃない、んだ……」

「友志……」

「とっくにフラれてるんだよ、俺は……」


 は、は。

 力なく笑って、血塗れの拳を僕の胸に押し当てた。



「かっこわりい、な……」

「そんなことない」


 血に濡れた友志の拳を握り。強く首を振る。


「カッコいいよ……友志はいつだって、最高にカッコいい」

「そう……だろ」


 泣き笑い。

 友志の想いを掴んで頷くと、彼も笑って小さく頷き返した。


「頼む、ぜ」

「……皆を、必ず」

「あぁ……」


 親友の手から力が抜け落ちるのを肌で感じて、僕の腹から慟哭が溢れ出すまで、世界はただ静かだった。



  ◆   ◇   ◆



「終わった、ね」


 最後の魔王と、連合の代表を務めるルイーズ姫――今は女王か――が握手を交わし、見上げる群衆に向けて手をあげた。


「上にいなくてよかったの? ケン君」

「柄じゃないし、僕じゃ役者不足だよ」


 塔子の問いに首を振る。お世辞にも見栄えする背格好ではない。

 華やかな場所に立っても場違いな印象しかないだろう。

 友志なら、偉大な騎士のように群衆を沸かせることもできただろうけど。


「あーしはカッコいいケンも見たかったけど」

「どこにいたって変わらないって」

「うんうん、どこでもケンはカッコいーし。ちょー好きぃ」


 にひっと笑って僕の左にくっついてくる瑠宇と、ちょっと唇を尖らせて右の肩に頭を乗せてくる塔子。



「魔族領の水問題も解決。鉱石も取引協定を結びました。諸悪の根源の女神ももういない」

「あの女神っち、ちょー性悪だったし。もっかいぶっ潰したい」

「焦熱地獄の火山の底でまだ生きてると思いますよ。行きたいのならお一人でどうぞ」

「あんたも沈めてくればよかったかもぉ」

「平和になったんだから喧嘩はやめてくれ」


 僕を挟んで舌戦を交わす二人をたしなめる。

 こんな日に喧嘩なんてやめてほしい。

 僕たちを騙して、友志を死に追いやった女神は劫火の底に永遠に沈めた。もう全て終わった。



「それで……どうしますか?」

「どうって?」

「今なら、元の世界にも帰れます」

「ケンが帰るならあーしも帰るよ。いいんちょーは残れば?」

「あなただけ帰して私はケン君とここで暮らしましょうか」

「一緒がいい、二人とも……駄目かな?」


 もうお別れはたくさんだ。

 大切な人たちと、殺したり殺されたりしない世界で暮らしたい。


「友志と……みんなで守ったこの世界でこれからも生きていくよ。二人にも一緒にいてほしい。瑠宇さん、塔子さん」

「もち、そのつもりだしぃ」

「ケン君が望むなら、私も同じです」



 見上げればいつも空に開いていた黒い穴。次元の穴。

 魔王と女王。見かけは美少女の二人が手をかざして、その穴を塞ぐ。

 式典の予定とは違うはずなのだが。


「あちらは元の世界に帰すつもりなんてなかったみたいですね、ケン君」

「きゃははっ、あいつらちょー自己中ぅ♪ だけどぉ」


 人類と魔族の共存の証として作った町。その水源として引っ張ってきた運河に、ヨットを浮かべて乗り込んだ。

 ヨットの帆に塔子が風魔法を当てて、後ろに向かって瑠宇があっかんべーと挨拶を残した。


「ケンはウチのダーリンだしぃ」

「私の、ですよ」


 魔王軍、連合軍の追っ手の声を置き去りに、新しい世界へと漕ぎだした。

 大好きな黒ギャルと委員長と一緒に。



  ◆   ◇   ◆

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