出ろ

「ねえ、私たち。別れよう。」

本田の自室。

密度の高い空気を吸わされているようで、気分が悪かった。

「は?」

空気のせいで、その言葉に違和感が乗らなかった。

「愛華も言っていたけど、私は長くない。別に愛華と付き合ってほしいわけではないけどさ。私とのお別れは、直に来るんだよ。」

帰り道で聞いた話だと、高校生という称号を手にしているのも奇跡だそう。

「確かに、佐川との別れの辛さは計り知れないよ。」

気持ちは分かる。

いや、分かった気でいるのはよくないか。

「失うことは、貰ったことの嬉しさを超える絶望になる。」

時計の針の音が、鮮明に聞こえる。

「でも、そんなこと気にしてたらさ。何も貰えなくなる。だから、少しくらい。先のことがわかる天才の思考から出よう。」

佐川の手が、本田の背中に絡まる。

「戯れないでよ、ヒーローが見てるよ。」

愛華の件でヒーローって呼ぶの、もういいだろう。

「違う、涙を拭くものがなかっただけ。」

目元、何にも覆われてないぞ。

なんて突っ込みを入れるのは、デリカシーがないだろうか。

「俺の服で拭こうとするなよ。」

恋愛経験が豊富でない俺でも、分かる。

この状況が、恋人との状況なんだということが。

正直、恋愛関係って。

友達関係では抑えられなくなった、汚らわしい感情のぶつけあいを欲する者たちの称号。

そんなものだと思っていた。

だから、本田に恋人ができること自体。

正直、嫌だった。

だけど、気づいたことがある。

友達という軽薄な称号では物足りない、お互いへの尊敬。

それが結晶化した戯れ合いは、むしろ。

崇高なものである。

短い間かもだけれど、心の中を甘く満たして。

先の不幸より、一瞬の幸せを見てください。

むしろ、それを推奨しないなら。

死ぬ時に辛くなるから、幸せになるな。

って言っているようなものじゃないですか。

もし。

あなたたちが、どんなに天才でも。

人生を誇れるだけの天才になるくらいなら、頭を殴って。

人生を楽しめるだけの馬鹿になりましょう。

生きろ、楽しい今を。

楽しむ為の体なんて、現世にしかないです。

しかも、人生のことは人生以外で語れません。

めで見て。

よく、自分を愛せ。

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