散れ

「は?」

よめいって、余る命だよな。

「信用している人でも、気を遣わせるからって。」

心臓に穴があいたかのように、背筋が凍ったかのように。

俺の体調はみるみる悪くなった。

下瞼が、擽ったい濡れ方をした。

「勘違いした、申し訳ない。頭を冷やす。」

本田の横を通ると、汗の匂いがした。

「待て。」

本田の近くを行った手が、掴まれた。

「申し訳ないよ。」

許されるとは、思ってない。

こんな事情があったのに、下劣だと言い。

詰問をした。

「違う。謝れって言いたいわけではなくて、一緒に帰るぞ。って。」

嗚呼。

「帰るぞ。」

自然に口に出たのが、この言葉なのは性格が悪いのだろうか。

「上からかよ。」

まあ。

目の前の顔が笑顔だから、許してほしい。

俺らは階段を下った。

「……本当に申し訳ないと。」

思っている。

口に、柔らかい指が当たった。

「もういいの。むしろ、私たちの仲なのに隠していた方がいけなかった。」

どうせ嘘なのに、俯いた顔が偽物には見えない。

どうせなら、余命のことも嘘であってほしい。

佐川は、どうしようもない奴だけど。

未だに、苦手なところもあるけど。

あいつには、俺に芋っぽい顔を見せてほしい。

しかも、お前らの幸せを途切れさせないでほしい。

罪だよな。

この空間で幸せを見つけさせて、間もなく殺すなんてさ。

そんな世界に人を産むことも、幸せなことなのだろうか。

そもそも、自分が幸せを見つけること自体が幸せなのだろうか。

「本田……?」

呼ばれても、足だけを止める本田。

黒髪で、ロングヘア。

声が丸い。

こいつが。

「愛華さん、何の用?」

まだ不確実なのに、名前を呼んでしまった。

野暮だったかもしれない。

「……なんで、私の名前を知っているの?」

私の名前。

名前があっていれば、あの愛華だろう。

怖がっている様子。

よく分からない。

怖がるような性格の人が、あんな怖いことをしないだろうに。

「愛華さ、脅されていたの。」

意味不明。

「脅されていたって、どういうこと?」

全く、本田の言う通りだ。

「本田と付き合っていた時にね、いじめっ子に『悪戯で好きな振りをしてたってことにして、その内容を本田に告白しろ。』って言われて。いじめっ子に言い返せなくて、本田にそんなこと言っちゃった。」

話の途中に疑ってしまったが、彼女も彼女の顔を持っている。

「ねえ、本田。私たちさ、やり直さない?」

強引。

彼女なりの考えはあるんだろうけど、本田の幸せを壊していい理由にはならない。

「無理だ。」

本田、ありがとう。

期待通りだ。

「なんで?」

愛華の目のハイライトが、消えた。

「なんで、私より。そんな女がいいの。その女、直に死ぬんだよ。見た目も中身も特別感はない。私の方が客観的に見て、いい女だろ!」

ヒステリックを起こした、俺より性格の悪い女。

「いい加減にしろ、性悪な女が!」

口が、勝手に動いた。

「お前みたいな、人のことを尊ぶことも出来ない人間がいい女?」

なんの涙か、分からない。

「ふざけるな、佐川はいい女だろうが。人に気につかうことができて、自分の心に正直で。それでいて『散れ。』って言ったら、散ることのできる人間。お前はむしろ、どこがこいつに勝ってるんだよ!」

萎縮してやがる。

肝っ玉は、座ってないんだな。

「私だって、空気読める。勘違いしないで!」

金切り声で、耳が痛い。

「空気読めるって言ったな。じゃあ、散れ!」

喉も痛めた、煩わしい。

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