巻き込まれ召喚者の異世界生活記 〜最愛の姉妹と共に異世界に召喚された俺、のんびり憧れの世界を観光したい!〜

朽木貴士

01話 日常の終わり

 薄暗く広い部屋の中央に置かれた1本の巻藁。

 深く腰を落とし、床を強く踏みしめ、前傾姿勢のままに駆け出し、斬る。

 

 ガラガラ。


 予想と反した音が背後から届く。

 暗かった部屋に光が射しこんでくる。


「あっ、やっぱりここにいた! そろそろ朝ご飯だから、戻ってきてってお姉ちゃんが言ってたよ。お兄ちゃん」


 音の正体に気付き、一気に集中が切れ軽くため息をつきたい気分になったが、自身を戒め再び気を引き締め直す。

 目を閉じ、深く息を吐き、刀を鞘に納める。

 そして目を開き後ろへ振り返り、軽く文句を言ってやる。


「ったく、タイミング悪すぎだぞ。雪」

「あっはは~、ごめんねお兄ちゃん。悪気はなかったの! だから許して?」 

「元より怒ってはいないさ。むしろ意図してやってたら凄いぞ。完璧に俺の行動を読んでいるということだからな。まぁ、それはともかく先に戻っていろ雪」

「え、なんで?」

「お前は俺が道着のまま飯を食うと思っているのか? まぁ、別に着替えが見たいなら居ても構わないがな」

「そ、そんな訳ないでしょ!? っもう、じゃあ先に戻るよ!」

「あぁ。折角来てもらったのに悪いな!」

「ううん、良いの! 私、剣振ってる時のお兄ちゃん大好きだから!」


 そうして、雪は道場を出ていった。


「ふっ、こりゃ来月の試合は負けらんねぇな」


 最高の激励に決意を新たにした俺は、これ以上待たせる訳にも行かないから着替えを始めたが、今日の練習メニューを倍にすることを密かに決めたのだった。 






◇◇◇






「待たせちまったようで悪いな。姉さん。雪」

「別に良いわよ。颯斗は頑張ってるだけなんだから。むしろ、颯斗の剣道にケチ付けたら私が許さないわ……!」

「お姉ちゃん堪えて堪えて。でも、私もちょっと許せないかな。というか今でも許してないんだけどさ」

「ふんっ、あんな奴らどうでも良いのよ。私達を放って消えるし、帰ってきたと思ったら金寄こせ? 金がないなら颯斗の剣道を辞めさせればいい? ふざけるのも大概にしろって話なのよ」

「もう過ぎた話だろ。あの人達はもう、家族じゃない。俺達をここまで育ててくれたのは姉さんじゃないか。そういう意味じゃ、俺と雪の母親は姉さんだな」 

「うん! あっ、じゃあこれからはお姉ちゃんじゃなくてママって呼ぼうかな?」

 

 空気を変えるために言った軽い冗談に乗ってきた雪。

 これで、少しは気分転換になってくれれば良いのだが。


「ありがとう、颯斗。雪。でも、流石に……」


 微かに頬が赤く染まり口角が上がっている。

 それに目敏く気付いたのか、

   

「ねぇママ? 早くご飯食べようよ」


 雪がもう一度呼びかけた。

 ここは一つ、俺も乗ってやることにしよう。

 そもそも姉さん=母親説を提唱したのは俺だしな。 

 

「そうだぞ? 母さん。過ぎた話をぶり返すものじゃないさ」

「うふ、うふふ……。そ、そうね! 先に食べててちょうだい! お母さんもう一品作ってくるから! 今日は豪勢に行きましょう!!」


 思った以上の効果があったらしい。

 姉さんのテンションが、もはや天元突破してるんじゃないかというくらいに高くなってしまった。


「今度から姉さんの機嫌が悪くなったら、母さんコールしよう」

「ふふっ……。そうだね! ちょっと予想以上だったけどね。でも、実際そう呼んでも可笑しくない程度には、迷惑かけちゃったよね」

「……そうだな。家を出たのは確か、俺が小5で雪が小3だった時か?」

「うん。学校の宿題とかで両親のことを書きましょうとかあるけど、私お兄ちゃんとお姉ちゃんのこと書くもん」


 その言葉に、少し引っかかりを覚える。

 『両親のことを書きましょう』というお題で、俺と姉さんのことを書く。

 ということはつまり、もしや雪の教師には俺と姉さんが、夫婦だと思われているのか!? 一瞬動揺するがそれはないと気付く。

 家庭訪問の時にしっかりと説明したし、遅生まれな俺と早生まれな雪では学年は2つ離れていても年齢は1つしか変わらない。

 そんな勘違いは起こる余地がないのだ。


「って……俺は何を考えてんだ。アホか」

「どうしたの? お兄ちゃん」

「いっ、いや、なんでもないぞ。気にするな雪。さぁ、折角姉さんが作ってくれた料理が冷めちまう。さっさと食っちまおう」

「ん~? まぁ、いっか。うん! いただきま~す!」

「いただきます」


 そうして今日も、俺達は変わらぬ日常を過ごすのだ。




 ――と、思っていた。




 夜になって仕事から帰ってくる姉さんを、二人で駅まで迎えに行った時、唐突に異変が起きたのだ。

 駅前広場の地面に、巨大な幾何学的な模様が描かれた陣が輝き出したのだ。

 巨大すぎて何が何だか分からなかったが嫌な予感がした俺は、戸惑う姉さんと雪を両脇に抱えてその場を逃げ出した。

 しかし……範囲は予想よりも遥かに大きく、努力も虚しく俺達は閃光に包まれやがて気を失ってしまうのだった。


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