異世界の名探偵は助手に甘い
藤 大樹
第1話 牢獄の花
”不可能なことがらを消去していくと、よしんばいかにあり得そうになくても、残ったものこそが真実である、とそう仮定するところから推理は出発します。”
―――シャーロック・ホームズ
投獄から二日目の朝、私はこの世界のことをよく知ろうと思い、粗末な木の棚に置かれた本を手に取った。
冷たい石の壁に囲まれた独房の中、粗末な藁布団が一枚。
鉄格子のついた小さな窓からは、文字が読めるだけの薄明かりが差し込んでいる。
私はあずき色の表紙についたほこりを手で払った。
タイトルは見覚えのない言語であり、誰かが読んでいたらしくいくつかページの角が折られて湿気でしわくちゃになっていた。
目次の文字は読めなかったが、全部で10章あり、翼の生えた虎や牛の悪魔、槍をもった猿など異形の動物の挿絵が描かれていた。
文字は擦り切れて、あちこち破り取られたページもあった。
最後の章に王冠を被った3人の剣士に刺された竜の挿絵があったので、この本は悪魔を倒した勇者たちの冒険譚であることが分かった。
湿った空気、カビ臭い藁の匂い、遠くで聞こえる鉄の軋む音、その静寂を破ったのは足音だった。
私は独房の隅に移動して腰を下ろした。
右手の届くところに水差しがあり、近くには食事に出された黒いパンのかけらが転がっている。
きのうの看守が食事を運んできたのであろうと想像がついた。
ガチャリと音を立てて、牢の扉が開いた。
看守の後に、見慣れない女性が立っていた。
すらりと背の高い女性。明るい金髪を後ろで一つに束ね、深い青色の瞳が鋭く光っている。口元に知的な雰囲気を漂わせる。
その姿は、まるでこの薄汚れた牢獄とは不釣り合いなほどに、輝いて見えた。
「どちら様でしょうか」私は言った。
「もしかしたら読書の邪魔したかな、私の名前はミレーユ。探偵さ」
ミレーユと名乗る女性は腰元まで伸びた長髪を耳にかけ、私の持っている本を指さした。
「その本には、君がここに来た理由を知る手がかりがあるかもしれない。だが、真偽のほどは確かではない」
私はミレーユに向かって身を乗り出し、看守の右手にさげた灯りの前に顔を出した。
鉄格子には、蜘蛛の巣が出来ていた。
「探偵さん」私は言った。
「私は、こことは違う国で生まれたので、事件とは何も関係がない。あなたは私の証言を手がかりに、何かの謎を解明して、真犯人を見つけるためにきた。そういうわけですね」
「いや、君じゃない」ミレーユは笑いながら言った。
看守はミレーユに一瞥をくれた。何かを言いたげな様子だったが、ミレーユが軽く頷くと、看守は何も言わずに牢獄を出ていった。
「ちょっとした妙な事故だ。日に数万枚の契約書と人間が一つの国土で取り交わされていればよくある事さ。ましてや人間と魔物との衝突によって、どんな複雑な組み合わせでも、可能性があることは実現してしまう。そこから、故意ではないが、驚くほど不思議な事件でも発生しうるはずだ」
「それなら」私は言った。「私に疑いがかけられている宝石強盗も、私がこの世界にやってきた理由もあなたには説明ができるっていうんですか」
「確かにその通りだ。まあ、今回の出来事は、誰の罪というわけでもないと思う。ギルドの酒場で仕事をしている料理長のピーターを知っているか?」
「ああ、私の捕まった調理場に入ってきた男がそう呼ばれていた」
「これは彼の置き土産だ」ミレーユはそう言って白い帽子を取り出した。
「彼の帽子ですか」
「君も私の助手らしく、これをただのコック帽としてではなく、未解決事件の一つとして見てもらえないか。まず最初に、君がここにやって来た事情を説明しよう」
ミレーユは、私の隣に腰を下ろした。
その瞬間、彼女の髪から、ほのかに甘い香りが漂ってきた。
私は、思わずドキリとした。
(なんて、いい匂いなんだ…。)
ミレーユは、私の反応に気づいたのか、少し微笑んだ。
「さて、鈴木ケント君。君の話、じっくり聞かせてもらいますよ」
彼女の言葉に、私は、なぜか緊張してしまった。
心臓がバクバクと音を立てているのが、自分でもわかる。
私はミレーユの顔を見ないように、視線を落とし、手元の本をぎゅっと握りしめた。
不安と期待が入り混じった気持ちで、私はこれまでのいきさつを振り返った。
11月15日の朝、たしかに、私は自宅のベッドで目を覚ました。
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異世界の名探偵は助手に甘い 藤 大樹 @daikiito_ai
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