精霊の誘い
無月ルル
第1話 はじまり
真っ暗な洞窟の中で少女が1人、手足に鎖が繋がれ、声が出せないように声帯に傷を付けられていた。
傷だらけで痛む身体からは感覚が無くなり始め、ただ冷たく、ゴツゴツとした地面の感触も少しずつ失っていく。偶然なのか口元に落ちてくる水滴を頼りに喉の乾きを潤していた。
きっと、生きて此処から出られると信じて。
とある国のある森で、人が殺された。いや、正確には『殺された』のではなく、『殺されていた』が正しいのだろう。死因は大量出血とされているが、殺された人間が『男なのか女なのか』が分からない程に、無惨にもズタボロの状態であり、まるでポイ捨てされた紙屑の様にあったらしい。頭部全損、胸部や腹部といった胴体からも肉が大きく抉り取られたように無くなっており、下半身に関しては引きちぎられた様に無くなっていた。
死体の発見場所の付近では、ギネスに記録されそうな程に巨大な熊が生息している。初めは皆、その熊のせいだと思っていたが、季節は『冬』。巨大な熊といえど、冬眠に入っている時期だった。
『身体が巨大なせいで、冬眠をすることが出来なかったのでは?』
そういった言葉も出たが、冬に入る少し前から姿が見えなくなったこと。その熊は決まった巣穴を持っており、毎年その巣穴で冬眠する習性があることで有名だった。
「熊でも無い。他の肉食獣でも無いとなると、何が正体か…。」
「過去に肉食獣に襲われ、人が亡くなった事件は過去にも多くありました。しかし、ここまで酷い状態は今回が初めてです。」
警察達が机の上に並べられた複数の写真を睨むように確認しながら、少しでも多くの情報を得ようとする。
「これは一度、詳しく調査をしてみるのが一番なのでは?」
1人の警官が口にした。
「いくらあの『巨大熊』が冬眠しているからといって、安全と決まったわけではない。容易に入り込むのは危険でしか無い。」
「ですが、このまま写真を見るだけでは情報が少なすぎます。少数でも探索を行わなければ、雨や雪で情報が無くなっていきます。」
警官達は少しでも情報が欲しく、事件の原因となった存在を早く駆除したかった。
「……分かった。探索チームの許可を上に確認しよう。」
事件が起きて数日後、無事に探索チームが正式に許可された。
ただし条件として、生物学者を1人チームに入れる事が条件とされていた。理由としては至極簡単な事だった。『最もあの森について詳しい人物が必要だから』だった。
「あの…、よろしくお願いします…。」
配属されてきた生物学者は女性で、背丈は少女の様に小柄であり、不安そうな様子だった。
「貴女が、あの有名なアビニオン先生ですか?」
警官が1人、問いかける。
「ゆ、有名なんかじゃないですよ…。あと…あまり本名が好きでは無いので、アビーと呼んでください…。」
「分かりました。それでは今回の件、よろしくお願いします。アビーさん。」
探索チームの警官達は、アビーと共に探索へと向かった。
死体が見つかった場所は、隣の街との間にある大きな森の真ん中だ。その森は異常な程に広く、自然の生き物も多く生息していた。
その頂点が『巨大熊』である。縄張りが大きく、不用意に入ろうものなら無事では済まない。
車で移動中、アビーが警官達に恐る恐る小さく手を上げながら問いかける。
「えと、皆さんは…、あの森に入った経験はありますか…?」
アビーの問いに警官たちは、少し考えて素直に答える。
「自分は入ったことねーっす。」
「……私も同じだ。」
先に答えたのは、若い男性警官と強面の警官の2人だった
「私も無いな。何か私のお婆ちゃんが、『あの森には恐ろしいものが居るから絶対に近寄るな』って言ってて、近寄ることも駄目だった。隣の街まで車で移動する時も、この森を通る間は絶対に目を閉じたまま、伏せるような状態で通り過ぎるのを待たされてた。」
「あぁー、アタシのとこもそうだったなー。あれって結局何でなのか教えて貰えなかったんだよね。」
2人の女性警官も、昔のことを思い出しながら答える。
「あ、えっと、ぼ、ボクも昔、祖母に言われてました…。」
アビーが皆が答えた後に、恐る恐る答える。
「え?でも、アビーさんの研究ってあの森に入らないと出来ないんじゃ…。」
「は、はい…。祖母には『決して入るな』と言われてましたが、あることがキッカケで、祖母や親に反対されながらも、生物学者になったんです…。」
「へー、どんなキッカケ?アタシ気になるー。」
「えっと、本当に大した事じゃないんですけど、偶然、鳥のヒナを見つけたんです。」
「鳥の…ヒナ?俺たちが住んでる街に、鳥が巣を作れるような場所があったんすねー。」
「あの頃は…今ほど建物もそんなに多くなかったですし…。小さな公園もあって、そこの木に巣があったりしたんです。それで…」
アビーが話を続けようとすると、強面の警官が窓の外を見る。
「……森に入るぞ。そろそろ準備を整えろ。」
強面の警官の言葉に他の警官達は「了解」と、短い返事だけをして簡単な準備を始めてしまった。
「……アビーさん、話を遮って申し訳なかった。今回の件が終わったら、続きを教えてほしい。……私の息子も生物学者になりたいみたいで、私も貴女のキッカケが気になるんだ。」
「分かりました。す、すぐに終わるか分かりませんが、無事に終わったら、息子さんにもキッカケを、教えますね。」
強面の警官は優しく微笑むと、すぐに準備を始めた。
事件現場に到着し、若い男性警官が無線で本部に連絡を送り、本格的な調査が始まった。
「それで、まずはやっぱり遺体のあった周辺から調査っすか?」
「……そうだな。まずは、遺体があった場所を細かく調査しつつ、その周辺を少しずつ範囲を広げながら探索するぞ。」
「「「了解。」」」
警官達は連携の取れた様子だったが、アビーはそんな様子に気付いておらず、自前のカメラで森の様子を写していく。
「アビーさん、すでに行動してくれて助かります。何か様子がおかしい場所があれば、すぐに教えてください。」
「わ、分かりました。じゃ、じゃあ、あそこなんですけど…。」
「え、もうですか?!皆を呼ぶので、ちょっと待ってください!」
「は、はい…。」
アビーは女性警官の1人と会話をした後、普段と様子の違う森の様子に、心の何処かで不安を感じていた。
少し経ち、他のメンバーが急ぎ足で集まってくる。
「お待たせしました。それで、気になる所は何処ですか?」
「あ、えっと…。皆さんが目視だけで分かるか分かりませんが、あそこなんですけど……。」
アビーは指を差し、近くの斜面の先にある川を指差す。
「川…ですか?特に変わった様子も無いように見えますが……。」
警官達は皆、目を凝らしながら観察する。
「えと、結構重要なんですけど、この森って冬になると雪の影響で、道路は凍って滑りやすくなるし、雪が積もってない場所でも、濡れてて滑りやすくなるんです。」
アビーはもう一度、指で川と自分達の居る場所の間を指差す。
「この森で二足歩行で歩こうとすると、滑りやすくて…、とても危険なので、慣れているボクでも不用意に歩き回りません。…でも、あそこには人間が裸足で歩き回った様な跡が残っているんです。」
警官達は双眼鏡を出し、確認する。
「……アビーさん。この森で二足歩行で歩くことのできる動物は、何が居ますか?」
「ボク達と『彼女』、…『巨大熊』を除けば、居ません。」
「なら、やっぱり『巨大熊』の可能性が……?」
その言葉にアビーが反応した。
「違います。彼女じゃありません!『彼女』は今年もいつもの巣穴に入って冬眠しました!!」
警官達は少し驚いたが、1つの疑問ができた。
「アビーさん。『彼女』とは…あの『巨大熊』のことですか?」
アビーは、はっとした顔で我に返ると、どう説明するべきか迷った後、少しずつ説明を始めた。
「『彼女』…、『巨大熊』は、この森の主であって、守り神みたいな存在なんです…。」
「守り神…?」
「はい…。初めて出会った時、ボクは死を覚悟しました…。でも『彼女』は人間を恐れず、人間に危害を加えることは一度もありませんでした。」
「もしかして、アビーさんがこの森で自由に動ける様になっているのって……。」
「はい…。『彼女』と仲が良いからです…。始めは誰にも信じてもらえませんでしたけど、『彼女』は木の実や魚を主に食べてて、肉を全くと言っていい程に食べないんです。…。」
「……熊といえば、雑食と聞いたことがありますが、そんな事が可能なのですか?」
「……ボクが『彼女』と出会って約5年になりますが、1度もありません。それにボクが森に入るといつも出迎えてくれて、一緒に動いてくれて、森の中を案内してくれてるんです……。」
「……にわかに信じられないっすけど、アビーさんの『巨大熊』の生態についてとかこの森に生息してる生き物の生態についての功績を考えると、嘘だと思えないっすね…。」
「…ありがとう、ございます。でも、『彼女』が二足歩行できるのは、数歩が限界なんです。」
それを聞いた警官達は、改めて足跡の方を向き、近くで確認出来るか、アビーに相談する。
「アビーさん。あの足跡が誰のものか、念の為に記録を残したいのですが…。」
「……あの場所は、『彼女』があまり近寄らない場所なんです。川の幅が大きくて、魚も多い筈なのに、ボクが行こうとしても止めに入るぐらいなので、何かあるんだと思います。」
警官達は顔を見合わせ、考える。
『巨大熊』が入りたがらない場所。それだけで、何かある可能性が高くなる。だが逆に、森に入り慣れているアビーでも知らない場所でもあり、何があるか分からない場所だ。
「……アビーさん。我々は調査のためにあの足跡を調べたいのだが、貴女の意見を聞きたい。」
強面の警官が、真剣な目でアビーに問いかける。
「ぼ、ボクは…、できれば『彼女』が拒んでいる場所には行きたくは、ないんですけど。ボクも『彼女』が何を隠してるのか、知りたいです…。」
「アビーさん、ありがとうございます。」
「あと、ごめんなさい…。先導はボクが、します。冬の森という事で、皆さんが思っている以上に足元が危険ですので…。」
「分かりました。」
アビーを先頭に警官達が後ろに続く。アビーは落ちていた木の棒を拾い上げ、進む先の草木に突き刺しながら進んでいく。
「…アビーさん。その木の棒って何の意味があるんですか?」
「あ、これですか…?葉の上に雪が積もってて、足元が安全か分からないので、こうやって…、地面を確認しながら進んでるんです…。知ってる山道でも、『彼女』が居ない時はこうやって歩いてるんです。」
アビーは慎重に地面を確認しながら前へと進み、その後ろを警官達が濡れて滑りやすくなっている地面に気を付けながら進む。
「……これは。」
濡れて滑りやすい斜面を下り終わり、上の方から確認した足跡を直接目の当たりにする。
アビーの言う通り、『巨大熊』の足跡ではなく、人間の足跡だった。と言ってしまえば、そうなのかもしれない。人間の足跡にしては細長く、大きさも平均的なサイズの約1,3倍も大きかった。
「……人間の足跡にしては、大きすぎる。…それに指の長さも普通じゃないぐらい長い。」
「と、とりあえず、写真で記録を残していきます!」
警官達は記録として写真を撮り始める。
アビーは普段近寄らない場所のせいか、心の何処かで不安を強く感じていた。
人間のようで人間のものじゃ無いような足跡…。森の主の『巨大熊』が近寄らない場所…。
(『彼女』が近寄らない場所…。人工物があるわけでもないし、餌となる魚も豊富…。水からも異臭がする訳でもない…。)
アビーは警官達から出来るだけ離れないようにしながら、周囲の情報を得ようとする。
「アビーさん!この足跡っていつ頃に出来たとかって分かりますか?」
「…え?あ、はい。すぐ確認します。」
アビーは急ぎ足で戻り、足跡を確認する。
「……、えっと、この足跡。雪解けの影響も全く無いですし、比較的新しいものですね。」
「新しいものって事は、結構良い状態のままで写真撮れたってことっすね。」
「…はい。ですが、危険でもあります。新しいという事は、その個体が近くに居る可能性が高くなります。」
「それって…。」
警官達の顔が一瞬にして強張る。
「…あくまでも、可能性の話です。一度車に戻って、無線で連絡をお願いします。」
「…分かりました。一度本部に連絡をして、出来るだけ人手を増やしてもらえるようにした方が良いかもしれない。戻りましょう。」
アビー達は急いで車へと戻った。濡れて滑りやすくなった斜面のせいで、なかなか思うように登れない。それでも無事に若い男性警官が先に登りきり、車に置いていた本部への連絡用無線に手を伸ばす。
「…!!。待ってください!そのまま動かないで!!」
無線に手を伸ばした若い男性警官に、アビーが静止するように言う。若い男性警官は、その言葉に疑問を持つ前に動きを止める。いや、止めざるを得なかった。
「アビーさん?!一体どうし…て…。」
アビーの後から少し遅れてやってきた警官達が、アビーの視線の先に存在しているものを見るなり、硬直する。
視線の先には今にも倒れそうな程、傷だらけになった『巨大熊』が、アビー達と道路を挟んだ反対側からこちらを見ている。『巨大熊』はアビーを見つけると、フラフラと歩み寄る。その姿にアビーは慌てた様子で駆け寄り、道の真ん中で倒れ込む『巨大熊』に触れる。
「くーちゃん!どうしたのその傷!?今年もいつもの洞窟で冬眠してたじゃない!何でこんな……。」
『巨大熊』の身体は、まるで鋭い刃物で何度も傷付けられたような傷が無数にあり、頭部の半分は何かに引き千切られたかのように、顔半分の毛皮が顔からぶら下がるように垂れている。最も損傷の大きいのは腹部で、熊の分厚い毛皮が引き裂かれ、その巨体の中に収まっていた筈の内臓が夥しい量の鮮血と一緒に地面に溢れている。
アビーと『巨大熊』の様子を見た警官達は、本能的に身の危険を感じた。警官達は周囲の警戒と『巨大熊』が出てきたであろう方向に視線を向ける。
「……アビーさん。その熊が心配なのは分かりますが、見ての通りその傷は、何かに襲われて出来た傷です。それも人間や普通の生物ではつけることの出来ない傷です。」
「……そうっすよ、普通じゃないっすよ。この森に、その熊に勝てる何かが居るって事は自分たち、かなり危険な状態っすよ。」
緊迫した空気の中、『巨大熊』は涙が止まらない様子のアビーを見るなり、立ち上がり、アビーに背を向けて来た道を戻り始める。
「くーちゃん!待って、行かないで!!」
「ちょっ、アビーさん!落ち着いて!!あの子の気持ちを無駄にしちゃ駄目だよ!!」
『巨大熊』はフラフラと内蔵を引きずりながらアビーから離れると、横目でアビーを見る。そして『巨大熊』は何か覚悟を決めたかのように雄叫びを上げると、来た道を走って戻っていく。
「…くーちゃん。……今までありがと。」
アビーは『巨大熊』の後ろ姿を見送ると、ゆっくりと立ち上がる。
「アビーさん…。アタシと先に車に乗っておこう…?」
「……はい。」
女性警官の1人はアビーと一緒に車に乗り込むと、他の警官達も順番に警戒しながら車に乗り込む。
その日の調査は、ここまでが限界だった。その後、アビーを家に送り届けた警官達は、アビーの持参していたカメラと一緒に写真の現像を行っていた。
「……結局あの熊をあんな風にした奴、出てこなくて良かったっすね。」
「……確かにな。もし遭遇してしまっていたら、全員無事ではすまなかっただろう。」
若い男性警官と強面の警官は現像が終わった写真を並べながら、その日の事を振り返っていた。
「自分らが撮った写真で、あの熊の傷と事件のことで関係がありそうなのは、足跡だけっすね。」
「……そうだな。そういえば、アビーさんも写真を撮っていたんだろ。現像は出来ていないのか?」
「アビーさんのは、……『車の周辺の写真』と『足跡が見つかった場所の川の向こう側の写真』ばかりですね。あとは……。」
若い男性警官が1枚の写真を見つけ、言葉を詰まらせる。
「……どうした?」
「いえ、『アビーさんとあの熊の写真』があったみたいで…。本当に、仲が良かったんすね…。」
その写真には、調査中ずっと不安そうな顔だったアビーとは違う、満面の笑みを浮かべたアビーと、まるで笑っているような表情の『巨大熊』が顔をくっつけ合っている姿が写っていた。
「……あの『巨大熊』が最期に会いたがったのは、アビーさんで。犬や猫みたいな動物は、大好きな人の目の前では強く『死んだ姿を見せたくない』って、思う子が多いみたいですよ。」
若い男性警官と強面の警官の会話を聞いていた、傷だらけの『巨大熊』を泣きながら追いかけようとしたアビーを引き止めた女性警官が話に入る。
「…それって、何でですか?」
「『好きだから。愛しているから。だから最期に見たその人の顔が、自分のせいで泣いている姿ではなく、自分と共に過ごした日々と同じ、笑顔で居てほしいから。』って。昔、幼い頃に飼っていた犬が歳をとって、いつ死んでしまうか分からない時に、アタシのお母さんが教えてくれたの。」
「……そうだな。それにきっと、あの熊はもしかしたら『まだ近くに自分を傷付けた存在が近くに居て、それから逃げている途中に偶然、アビーさんに出会ってしまった。』という可能性もある。だからきっと、最期の雄叫びはアビーさんを守ると覚悟を決めたものだろう。」
3人は話しているうちに、アビーの事が心配になってきた。もし、1人で森に向かっていたら。『巨大熊』という『大好きな親友』の後追いをしようとしていたら。考え始めると、どんどん不安になってゆく。
「……自分、この写真をアビーさんに渡してきます。」
若い男性警官が写真を片手に取り、言葉に出す。
「気持ちは分かるけど、今は仕事に集中しましょう…。今回の件が終わったら、すぐに渡しに行けば良い。……この写真も、重要な証拠になるかもしれない。」
3人は複数の写真に目を向き直ると、1枚1枚、見落としが無いように確認していく。そんな時、ドアがノックされ、開かれる。
「ごめんなさい、遅くなりました。アビーさんの写真が1枚だけ、まだ現像出来てなかったみたいだったから、取りに行ってきたの。」
一緒に探索へ行った女性警官が遅れてやってきた。
「今ここにある写真には、どれにも新しい情報が得られなかったので、助かりました。」
新しく現像された写真を取り出し、4人で写真を見る。
その写真は偶然、アビーが傷だらけになった『大好きな親友』に駆け寄る際に意図せずに撮られたものだった。どのようなタイミングで、どのようにシャッターが押されたのか分からないが、アビーの手がボロボロの『大好きな親友』に伸ばされていた姿が写っている。
「……アビーさんは、こんな視線で見えてたんすかね。」
そんな言葉を溢しながら、写真に写る『巨大熊』の後方の木に不気味な姿が写り込んでいることに全員が気が付く。
それは人間のような姿で、周りの草木と比べなくとも分かるぐらい背が高く、肌が青白い。そして異様なほど伸びた腕に鋭利な指先。その腕からは、肘あたりから指先まで鮮血で真っ赤になっており、その顔は『子どもが玩具で無邪気に遊んでいるかのような笑み』を浮かべていた。鼻と耳は無く、巨大な眼に耳元まで裂けているかのような口。その口元は腕と同様に、鮮血が赤く染め上げていた。
捜索チームの警官4名と生物学者のアビーは、元凶と出会わなかったのではなく、『出会っていた』。ただ、目の前の惨状に気を取られすぎ、気付かなかったのだ。その場に居た全員が、傷だらけとなった『巨大熊』の存在に混乱し、視野が狭くなってしまっていた。
「……アビーさんがもし、あのまま追いかけてしまっていたら…。」
1人がボソッと口に出す。それだけで、全員の背筋は凍りつくような感覚を覚え、血の気が引いてゆく。
この『巨大熊の最期の姿』が写された写真と、『人間の様な存在の足跡』の写真から、街と街の間に存在する森への立ち入りは禁止された。
如何なる理由があっても、立ち入っては行けない場所となった。例え好奇心で森へと入り込み、行方不明となってしまった場合であっても、捜索は不可能となった。
街と街を繋ぐ道は完全に封鎖され、街同士の物資運送は他の街を経由することとなり、不便ではあるが、人間の安全を最優先として時が流れた。
これで悲劇が終われば、誰も悲しまなくて良かったのかもしれない。些細なことで、また彼女は森へと誘われる。
喜劇と悲劇は、いつも隣り合わせだ。
精霊の誘い 無月ルル @kinudouhu
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