(人面)太子
@SBTmoya
(人面)太子
カチカチカチカチ……
蛍光灯は切れかかっているのか、電球の接触が悪いのか、照明がやかましく点滅している。
一畳ほどの、自分以外誰もいない詰所。
茶色いタバコのヤニまみれの、薄汚く、ヤニ臭い壁紙の剥がれた壁。
机と椅子以外何もないが、お世辞にも綺麗とは言えない薄暗い詰所。
夜食を食おうと、ビニールから真っ赤な明太子とビールを。
辛子で味付けされており、真っ赤な細長い袋から声が聞こえる。
その声は、一人や二人なんて物じゃなく、或る街から人間を根こそぎ袋に詰めましたと言わんばかりの人数だ。
よって声の一つ一つに耳を傾けられない。
切羽詰まった泣き声と、切羽詰まった叫び声が、袋の中から『こもって』聞こえてくる。
「……てくれ!!」
「食べ……!!」
などと聞こえている。
気にせず、明太子の袋を箸で破る。
どろ……と、内容物が袋から皿にこぼれる。傷んでいるからだろうか。鉄っぽい酸っぱい匂いが立ち込める。
袋から出てきた分、声ははっきりと聞こえ、音量が10倍にも20倍にも聞こえ、
耳からミシン針で突かれてるようなキーーンとする不快な音が聞こえる。
内容物の声がはっきり聞こえてくる。
「食べないでくれ!!」
「死にたくない!!」
「誰か助けてくれ!!」
「やめてえ!!」
あまりにうるさいので、ステレオから音楽をかけた。
ビバルディのヴァイオリン協奏曲『四季』、爆音で高い音が潰れて聞こえる。
ようやく幾分か食欲が湧いた。
黙々と、割り箸で裂けた袋の片方をつまみ上げる。
声の音量が一層大きくなる。
口に近づければ近づけるほど、
やかましい合唱が大きくなる。
心の中で耳を塞ぎ、口に頬張り、咀嚼する。
口の中で叫び声が反響する。
黙らせようと、歯で押しつぶす。
ゴリ。ゴリ。
箸からこぼれた往生際の悪い内容物を、箸で拾い上げ、
くちゃあと唾液の音の響く口内に放り込む。
鼻を抜けるような辛みと酸味。そして臭み。
少し鉄っぽいのは、やはり傷んでいるからだろうか。
辛みとは、正確に言えば味覚ではなく、痛覚であるという。
内容物の最後の抵抗だろうか。
嚥下の助けにビールを。
内容物がビールの濁流に押し流されて、喉を伝わっていく。
やはり傷んでいるようだ。
もう片方は、ティッシュに包んで捨てた。
ご馳走様も言わねえで、
ご馳走様も言わねえで、
口直しにタバコに火をつけた。
そして胃が消化活動を始めた工程で、眠くなってしまった。
……めが覚めたら赤い「袋」の中にいた。
やかましい叫び声に、人熱、辛子臭い隣の奴。
全身が揉まれるような痛みに目をさませばそこは、
満員電車などという物じゃない。
幾千、幾万という人間が同じ袋に詰められていた。
この袋のことを知っていた自分は次の瞬間、絶望感を声でかき消した。
「たすけて!! 食べないで!!」
(人面)太子 @SBTmoya
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