#9 吸血鬼ダスク

「あれから……あれから、何年、たった……?」



 彼が私の肩を掴む。



「今は、何年だ……?」

「わ、分かりません……」



 あれから、というのは、彼が死んでからという意味だろう。

 残念ながら私はこの世界の暦も、彼の没年も全く知らないため、首を横に振ることしかできない。



「あの、あなたは、どなたですか……?」

「ダスク、だ。カルディス王弟殿下に仕える騎士、だった……」



 彼は――ダスクはそう言った。

 この世界に来てまだ二十四時間も経っていない私には、彼の素性にも、彼の主君の名にも心当たりなど全く無い。



 自分が出て来た場所まで戻り、ダスクが私を手招きする。



「字は、読めるか?」

「いえ……何と書いてあるのですか?」



 這い出て来た扉のプレートを彼が示す。



「【ダスク 二十五歳 ヴルエール暦一二六一年十一月二十日 国家反逆罪で処刑】――と書かれている」



 国家反逆罪で処刑、ということは、つまり彼は罪人。

 そう、私と同じだ。



「もしかして、ここにある遺体は全て、あなたのように処刑された人たちなのですか……?」

「そうだ。多分ここは……サウレリオン大聖堂の地下にある『冥獄墓所めいごくぼしょ』だ」



 口の硬直が解けてきたのか、ダスクの言葉が流暢りゅうちょうになってきた。



「冥獄墓所、とは?」

「サウル教では、死後に遺体を火葬することで、霊魂は肉体から解き放たれ、サウル神が住まう天国へ旅立てると信じられている。そのため極罪人の遺体は火葬されず、こうして太陽の光が届かない地下の闇へ封じられ、魂は肉体に永劫閉じ込められる」

「『天国』ですか……」



 太陽神を信仰するサウル教に於いては、太陽の下に出られないことが究極の罰という宗教観らしい。



「だからこそ、冥獄墓所に葬られる遺体は全て、アンデッド化しないよう聖水で入念に清められた上、首を切断されるはず。……何故俺はヴァンパイアになった? 君の仕業か?」



 確かめるように首の切断痕に触れながらダスクが問う。



「わ、分かりません……」

「蘇ったのは俺だけか……?」

「私が知る限りでは、ですが……」



 他に破壊された扉は見当たらないから、間違ってはいないはずだ。



「隣は……グローム。共に処刑された弟だ」



 字は読めないが、ダスクのプレートと書かれている文字が、名前と年齢の部分以外全く同じということだけは分かる。



「国家反逆罪、ですか……。何故あなたたちは反逆を?」



 気になって尋ねてみたが、答えたくないのか、彼は黙ってしまった。

 まだ会ったばかりで彼のことは何も知らないが、こうして会話した限りでは、ダスクからはそのような大罪を犯す邪悪な雰囲気を感じない。



 否、それを言えば私も同じだ。

 悪人ではなくとも、時と場合によっては誰でも罪を犯してしまう。



 その時、またしても後方で音がした。

 ゴゴゴゴゴ、と重い音の発生源は、この冥獄墓所への出入口。



「あれは……」



 あの白亜の甲冑は間違い無い。

 聖騎士だ。

 私がここに居ることを知って、追って来たのだろうか。



「おい、貴様らは何者だ……!! ここで何をしている! どうやって入った!?」



 聖騎士の数は三人。

 私を襲ったザッキスやラウル、ゼルレーク聖騎士団長の姿は見当たらない。



 今度こそどうしたものか、と私が考えを巡らせようとするその横を、一陣の風が通り過ぎる。

 ダスクだ。



「き、貴様、止ま――」



 まさに一瞬の出来事だった。



 私が気付いた時には、先頭に立っていた聖騎士の体が一直線に吹き飛んでおり、この冥獄墓所の壁面に叩き付けられていた。

 兜は着けていたが衝撃までは殺し切れなかったようで、倒れてピクリとも動かない聖騎士の首は、異常な角度にひん曲がっていた。

 二人目の聖騎士はダスクの貫手によって、甲冑ごと心臓にトンネルを開通させられて即死。



 ヴァンパイアの身体能力、恐るべし。



「ひ、ひえええええええあああああああああ……ッ!!」



 仲間二人が何もできず瞬殺されたことで、三人目の聖騎士が泡を食って逃走する。



 そんな彼の背中を狙って、ダスクが遺体から剣を拾い上げて投擲。

 射放たれた矢の如く、聖騎士の背中に命中した剣は、彼を一瞬で串刺しにした。

 その姿はさながら、心臓を杭で貫かれた吸血鬼。



 聖騎士三人が絶命し、墓所に再び静寂が戻る。

 元の世界で三人を手に掛けた私だが、実は死体を見るのは――人が殺される場面を見るのは、実はこれが初めてだ。



 ダスクを非難する気は無い。

 私も殺人者なのだから他人のことを言える資格など無く、あのままでは相手はこちらに襲い掛かってきただろうから、この場合は正当防衛になるはずだ。



「せっかくだ。有り難く頂戴するとしよう」



 ダスクが指を突き刺すと、空気が抜けてしぼんでいく浮き輪のように、聖騎士の遺体が徐々に干からびていくのが見て取れた。

 どうやら経口摂取に限らず、指先からでも吸血は行えるようだ。



 三人の遺体から補給を終えると、今度は遺体から剥ぎ取った装備を身に着けていく。



「どうするのですか?」

「決まっている。脱出だ」



 出入口が開いた以上、いつまでもここに留まる意味は無く、待っていれば新手が来るのは確実だ。



「君はどうする? ここに居たいと言うのなら止めないが」

「……いえ、行きます。ただ、私には戦う術も身を護るすべもありません。足手纏いになりますが、付いて行っても宜しいでしょうか?」



 ダスクのことをまだ信用していいのか分からず、人にあらざるヴァンパイアという点も怖いが、今の私が頼れるのは彼だけだ。



「いいだろう。俺としても、まだ訊きたいことがあるからな」



 支度を終えたダスクと共に、私は冥獄墓所を出た。

 出た先も真っ暗だったが、今度は一人ではない。



 戦士の背中だけを見て、私は駆け出した。


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