#10 大逆

 ――時は少しさかのぼる。



 姉妹の魔力鑑定が終了し、このラウルが皆に従って再び教皇の応接室へ戻った頃。



「それで? 私が『聖女』ということは間違い無いのでしょうか?」



 紅茶のカップをテーブルに戻して、テルサが問う。



「実際に瘴気の浄化が可能と証明されるまでは、まだ断定できませんが……あの素晴らしい光の魔力からして確かでしょう。何せ初代『聖女』様の記録と全く同じですからな」

「そうですか」



 ラモン教皇の言葉に満足したようで、テルサが微笑んだ。

 もう緊張の色は無く、安堵と自信のオーラが漂っている。



 それとは対照的に、隣に座るカグヤは望まれた『聖女』が自分ではなく、それどころか魔力自体が全く無いと判定されたためか、何やら居心地が悪そうで、最初にこの部屋に居た時よりも表情がかげっていた。



「最初にお話ししました通り、我々にはテルサ様の御力がどうしても必要なのです」

「瘴気を浄化して『邪神の息吹』を鎮め、この国を救う、ということでしたね」

「然様でございます。同意も無くこの世界に突然お呼び立てした上に、こちらの都合を押し付けてしまうことについては、お詫びの言葉もございません。しかし、今こうしている間にも多くの者が塗炭とたんの苦しみを味わい、命を落としている以上、我々としても手段を選んではいられないのです。どうかお引き受け頂けないでしょうか?」



 ラモン教皇とサファース枢機卿が揃って頭を下げ、ゼルレーク聖騎士団長とザッキス、このラウルも倣う。



「分かりました。ただし――返答の前に、まずお願いしたいことがあります」

「何でしょう?」



 ラモン教皇が訊き返した次の瞬間、それまで春の日差しのように穏やかだったテルサの眼差しが一変、猛毒が塗られた短剣のように鋭くなり、隣に腰掛けるカグヤをキッと斬り付ける。



「――私、人殺しと一緒の空間になんて居たくありません。それも実の両親やお世話になった人を残酷に殺した悪魔と同じ空気を吸うなんて、私には耐えられません」



 人殺し。

 悪魔。



 予想外の物騒な言葉に、その場に居た誰もがギョッと顔を引きらせた。



「カグヤを下がらせて下さい。返答はそれからにさせて頂きます」



 今までの雰囲気とはまるで異なる、有無を言わせない口調だった。



「あ、あの、私は……」

「何? 事実でしょう? 今更自分は無実だとでも言い張るの!? それとも異世界に来たから全部チャラになったとでも!?」



 何か言おうとカグヤが口籠るが、テルサの剣幕に気圧けおされて萎縮、顔を背けて視線も落としてしまった。



 身なりや雰囲気から感じ取れる生活環境の違いや、ここに至るまでまともなコミュニケーションを取る場面が無かったことから、別居状態で仲はあまり良くないのではと見当付けてはいたが、想像以上に二人の関係は険悪――と言うよりも、どうやらテルサが一方的にカグヤに敵意を向け、嫌悪しているようだ。



「ゼルレーク団長、カグヤ様をどこか適当な部屋にお連れせよ」

「御意」



 カグヤの同意を得ることも無く、ラモン教皇が命じた。

『聖女』であるテルサの言葉の前では、『聖女』に非ざるカグヤの意思など問うに値しない、ということだろうか。

 何やら冷淡な気もするが、カグヤを退室させるまで返答は保留と言われた以上、教皇としては仕方の無いことだろう。



 父がカグヤを別室に連れて行き、一分もしない内に戻って来た。



「待合室にご案内致しました」

「ご苦労。ではテルサ様、改めてお伺いしますが……」

「ええ。勿論、お引き受けします。あなた方に全面的に協力しましょう」



 実にあっさりと、テルサは承諾の言葉を口にした。



「おお、本当ですかな?」

「多くの人々が危険に晒されて、私以外にそれを解決できる人が居ないんでしょう? そんな話を聞かされてノーと言えるほど、私は臆病でも薄情でもないつもりです。むしろこちらから協力させて頂きたいとさえ思っています」



 にこやかな表情と前向きな言葉。

 カグヤを睨み、強い口調で責め立てていた先程の態度とのギャップに少し面食らってしまった。



「何と慈悲深く、そして勇敢なお言葉。栄耀教会を代表して感謝申し上げます」



 教皇に続いて、他の者も深々と頭を下げる。



「ところで、一つお尋ねしたいのですが……」

「カグヤが人殺し、という話でしょうか?」



 テルサの顔から笑みが消え、真顔に戻る。



「はい。それは事実なのですか……?」

「勿論、正真正銘の事実です」



 きっぱりとテルサは断言した。



「宜しければ、お聞かせ頂けないでしょうか? 勿論、無理にとは申しませんが……」

「構いません。むしろ聞いて頂かなくては困る話ですから」



 そうして彼女は語り始めた。

 姉の罪を。



「カグヤは両親と、私たち一家が長年お世話になっていた教団の教主様の、計三人を包丁で滅多刺しにして殺害したのです。そして今日こうして召喚されるその直前まで、拘置所という罪人を収容しておく施設に入れられていました」

「何と……」



 宗教の指導者を惨殺。

 我々のように神に奉仕する者たちにとって、それは考え得る限り究極の大罪と言っていい。



 異世界の宗教事情など我々には知る由も無いが、サウル教に於いては、神の従僕である聖職者の命は一般人のそれより重く扱われ、正当な理由無く聖職者を殺害した者は間違い無く、それも多大な苦痛を伴う残酷な方法で処刑される。



 まして栄耀教会の最高指導者たる教皇を殺めようものなら、本人は言わずもがな、その一族郎党も最大級の苦しみを味わわされて処刑され、遺体は串刺しにされて晒され、最後はこのサウレリオン大聖堂の地下にある『冥獄墓所』に葬られるだろう。

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