改札恋人理論〜改札の作法は手繋ぎの作法?〜

ムタムッタ

あなたの通り方は?


「改札の作法が人によって異なるのは知っているかい?」


 今ではそれが無い場所が珍しいほどに普及したICカード専用改札。無論ボクも出かけるときには利用している。


「作法って……また大袈裟な」


 わざわざ大仰な言い方をするのはボクの先輩だ。

 彼女はたまに……というか大体いつも変なことを話題に切り出す。特に意味はない。


「大袈裟ではないとも。改札の通り方を誤ればエラーで通行止め、君が5秒止められれば後ろに並んでいた人間は全員が5秒待つことになる。足し算されることはないが、割を食うという意味では間違いない」

「たかが5秒、されど5秒ですか」

「そう。だから改札の作法というのは大事なんだよ」


 そう言いながら先輩はパスケースをポケットから取り出し、軽くタッチ。「ピッ」と鳴った瞬間にはするりとポケットへ収めた。ボクもそれに倣って手早く通過。


「普通にみんなやりません?」

「ん~君は人間観察が足りないねぇ。人物の描写は現実のものを見ると参考になる時があるよぉ」


 他人が改札通る時なんてあんまり注目して見ないからなぁ。

 

「じゃぁ、駅に着いたら観察してみるかい?」



 ◇ ◇ ◇



「人が改札から出てくる時の様子をよく見るといい」


 本来買い物の予定だったけど、先輩の提案で人間観察に変わってしまった。改札の出入り口付近、邪魔にならないよう壁際を陣取る。


 ちょうど次の電車が到着したようで利用客がゾロゾロやって来た。


 先頭はサラリーマンであろう中年男性。流れるようにサッとICカードでタッチして通過。長年の洗練された動きが染み付いている。


 お次は大学生だろうか、気だるそうにタッチ。しかしなかなかカードを離さず改札を出るまで後ろ手で待っていた。


「あ」

「違うだろう?」


 次はボクらと同じ高校生。部活かな?

 慌ただしく、けれど強めにタッチして素早く通過。


 間隔が空いておっとりした感じの女性。

 ゆっくりと、でももたつかない早さでタッチ、そしてカードの離れ方もゆったりしつつ後を引かない。


 今度はカップル。男性の方はぬるっと、ゆっくりタッチしてゆっくり改札を通り抜ける。対照的に女性の方は即タッチ即通過である。


「へぇ……こんなに違うものなんですね」

「老若男女問わずね、個性が出ると思うよ」


 たいやきの食べ方みたいなものかな?


 さて、お次はスーツのビシッと決まったビジネスマン。握ったカードを強く押し付け、音が鳴ると余韻長め、されど勢いよく後ろ手を収めた。


 その次はパンツスーツのお姉さん。

 改札前でICカードを探すところから始まり、タッチするも改札に阻まれる。


「この場合はどう考えれば?」

「事前確認をしよう、かな。全てが観察に該当するわけでもないよ」


 それはそう。

 ボクもたまに探してしまうから人のことは言えないんだけどね。


「私はふと考えたんだよ。改札から出る仕草、あれは手を繋いだ後、どう離すかとリンクしてるんじゃぁないかとね」

「なんですかその理論」

「改札恋人理論と言ってくれたまえ」


 そんな理論はない。

 が、この意味不明な説を聞いてみたくもある。

 

「まぁ話は買い物が終わってからだね。行こうか」


 そう言うと先輩はスッとボクの手を取り歩き始めた。

 


 ◇ ◇ ◇



「いやぁ、今回もいい本が買えたよ」


 先輩お目当ての品は見つけられたようで上機嫌。その後もぶらぶらしていればはや夕方。


「良かったですね。それはそうと、さっきの話教えてくださいよ」

「さっきの?」

「改札恋人理論ってやつです」

「あぁ、あれね」


 道ゆくなか、先輩の握力がほんの少し強まる。


「改札を恋人に置き換えると、ちょっと面白いと思ってね」

「改札を……恋人?」

「例えばさっき観察したカップルで例えようか。男性の方はどちらもゆっくりと、女性の方はスパッとだった。これを手を繋ぐ、離すという動作に当てはめてみたまえ」


 あの男性はゆっくり繋ぎ、ゆっくり離す。あの女性はスパッと繋ぎ、スパッと離す。


「こう考えるとあの女性の方がドライに思えるねぇ」

「そんな馬鹿な。じゃその前のおっとりした人はゆっくり繋いで離すタイプってことですか?」

「かもね」

「まさかゆっくり派同士の方が相性が良いなんて言いませんよね?」

「まさか……根拠もなければ、ただ1回の動作だけで決めつけるなんて血液型による性格イメージくらい暴論だよ。それならスパッと派は何事にもドライという評価になってしまう」


 それはそう。

 実はさっきの女性の方が普段はゆっくりしている可能性もある。


「まぁでも、その1回が相手の印象を決定づける事になる可能性だってある。それが改札恋人理論さ。カップルの後に来たビジネスマンを例にしてみよう」


 えーと確か……強くタッチして、手離れは遅く、でも離すスピードは早くだったかな?


「強引な手繋ぎから離れる時もやや強引。なにより物への対応は普段の生活が滲み出るものだよ」

「……それも暴論では?」

「主観だからね、暴論にもなるさ。『強引』なんて表現も、言い換えれば『積極的』だからね」


 物は言いよう、である。

 グイグイ押せ押せタイプとすれば、恋に仕事に積極的な社会人! と表現出来なくもない。そもそもあの人のことは何も知らないけど。


「さっきの人達ではいなかったけど、ねっとり手を離す人がいたとしたらどうだい?」

「言い方に悪意ないですか?」

「わざと言ってるからね」


 妖しい笑い方が余計に悪どさを3割り増しにしてるかもしれない。


「束縛強そう、とか……」

「独占欲系だねぇ」

「何言っても揚げ足取りそう」

「あはは、そう拗ねないでくれたまえ。イメージは千差万別だ」


 駅に着き、話題の改札の前で先輩は手を離した。


「さ、帰ろうか」


 ポケットからパスケースを取り出し、軽くタッチ。実に手早く、そして無駄がない。

 これは……手の繋ぎ方も簡単で、離すのも特に余韻なく……みたいな?


「早速観察かな?」

「あれだけ説明されたら意識しますよ」


 予め出したパスケースを改札にそっと接触させる。そして入る前と同じく優しく手を引き通過した。


「おや?」

「……なにか?」


 なにやら先輩は眉を上げて見開いていた。


「そうか、そっちが君の答えか」

「考えすぎですよ」


 改札を通り過ぎると、後ろからは個性豊かな改札との触れ合いが見られた。ゆっくり触れる、サッと触れる、叩くように、撫でるように、

 ゆるりと離し、スッと離し、乱暴に引き、ねっとり離し、


 もしかしたら、この人たちは恋人にその通りに触れるのかもしれない。


「少しは観察が楽しくなったかな?」


 先輩はまたするっとボクの手を握る。心臓は慣れないようで、心拍が上がった。


「これからは油断しないように気をつけますよ」

「しかし困るねぇ……私がこうやって掴んでばかりだ。君の手からは、いつ私に触れるんだい?」

「……善処します」


 からかうように、先輩はボクの手を何度も握る。それは改札の通り方とは対照的のような。


「楽しみにしてるよ」


 ボクが改札を通るように先輩へ触れるのは、まだまだ先のお話。

 

 

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