4月1日

まりも

女1


彼の好きな所は、顔と手と声と風邪をひかない所。


彼の嫌いな所は、字が汚い所と変な寝言が多い所。



大学卒業と同時に付き合い出した私たち。

同棲を始めたのはお互い24歳を過ぎた寒い冬。

一人暮らしをしていた彼の部屋に通っているうちに気付いたら私も住んでいた。



一緒に住むようになってから、好きな所も嫌いな所も増えた気がする。



「ねぇ…、別れよ」


付き合って5年になる彼にそう告げたのは、桜の蕾が震える夜の事。


私の言葉に動きを止めた彼はこちらをチラリと見る事もなく私に背を向けると


「……んー…だな、そーすっかぁ…」


実にそっけない口振りで台所へと歩いて行った。



「……」


5年も付き合ってこれか。

付き合うってこんなもんか。

別れるってこんなもんなのか。


5年も一緒にいるうちに彼もきっと、私のイヤな面をたくさん見付けてしまったのだろう。



…お互い様、か。



「とりあえずさ」


台所から戻ってきた彼の手には私のマグカップ。


「今日は寝てけば」


差し出されたマグカップからは私の大好きなココアの香り。



ベッドの中。


こんな風に彼と寝るのも今日が最後。


そう思うとなんだか泣けてきた。

最後に彼と…なんて少し思ったけれど、あっさり別れを受け入れた彼にそんな気があるわけもなく。


だって…


同じベッドに寝ているのに何もしてこない。


「……」


この部屋、こんなに静かだったっけ。

この部屋、こんなに広かったっけ。

この部屋、こんなに暗かったっけ。


たくさん抱き合ったこのベッドも今は背中を向け合ってる。


このベッド、こんなに大きかったっけ…。


壁に掛かった時計の秒針の音が、重たい暗闇の中でやけに大きく響いてなかなか眠りにつく事ができない。


いつまでも冷たいベッドの中で、背中の彼がモソモソと動きはじめた。


「…よしっ」


彼は小声でそう言うと私の身体を抱き寄せた。


「…日付、変わりましたが」


「…良かったぁ~気付いてくれて」


「リアルすぎて震えました」


「私も」


「年々パワーアップしてますな」


「脚本・主演、私」


「助演男優賞、俺」


「付き合ってくれてありがと」



ムチャぶりしてもノッてくれる彼が好き。

彫りの深い個性的な顔が好き。耳元で響く彼の低い声が好き。細いけど優しく包み込んでくれる長い腕が好き。


そんな彼に思い切り抱きついた。

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